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スキルの習得と弾丸の調達

「……ふぁ」


私は体を起こし、新しい朝のルーティンとなった『ステータス』を頭の中で起動する。

Lv.9。昨日と変わりなし。


以前の私ならスマホでニュースをチェックしていただろう時間。今の私は自分の生存確率を数字で確認するのだ。なんとも殺伐とした話である。



朝食は贅沢に、カセットコンロで温めたレトルトの中華粥にした。

ごま油の香ばしい匂いが静かな館内にふわりと広がる。ずずっとスプーンで啜れば、鶏の出汁が効いた優しい味が空っぽの胃に染み渡っていく。


「ああ……文明の味がする……」



食料が潤沢にあるというだけで、こんなにも心に余裕が生まれるなんて。

私は食後のコーヒー(これも戦利品だ)を飲みながら、カウンターに広げた地図を眺め、今日の計画を最終確認する。



目的地はホームセンター。

武器と道具のアップデートが目的だ。

あそこはスーパーより広く構造も複雑。ホブゴブリン級あるいはそれ以上のヤバい奴がいてもおかしくない。


「少しでも生き残る確率を上げておきたいよな……」


そこで私は昨日思いついた計画を実行することにした。

書架から一冊の本を手に取る。

『図解・応急手当ハンドブック』。


「スキル、本当に覚えられるのかな」



半信半疑のまま私はページをめくり始めた。

ただ読むんじゃない。「熟読」が条件だ。

スキル取得は幸運の数値に左右されるらしいが、ただ雑に流し読みするだけじゃダメだろう。


幸い私は文章を読み込み、その内容を頭に叩き込むことに関してはプロだった。作家としてのスキルがこんなところで役に立つなんて。

包帯の巻き方、骨折時の添え木の当て方、止血の仕方。図解入りのページを食い入るように見つめ、その内容を暗記していく。



どれくらいそうしていただろうか。

本を一冊ほぼ暗記するほど読み終えた、その時だった。



【繰り返し熟読することで、条件を満たしました】

【スキル『応急手当 Lv.1』を取得しました】


「……本当に、来た」


私はすぐに自分のスキル一覧を確認する。

そこには『マインド・バレット』『鑑定』に並んで、新しいスキルが追加されていた。


【応急手当 Lv.1】

【効果:軽度の傷を治療し、少量のHPを回復する。消費MP50】


地味だ。地味だけど今の私にとっては、とんでもなく価値のあるスキルだ。

HPが減ってもこれで自力で回復できる。生存率が格段に上がった。


「よし」


私は本を棚に戻し、すっくと立ち上がる。

新たな力を手に入れ準備は万端。

私は相棒の鉄パイプを手に取り、通用口の扉へと向かった。

今日の私は昨日よりも確実に強い。



***



図書館の外は今日も静かだった。

私は自転車に跨り、地図で確認したルートを通ってホームセンターへと向かう。

スーパーへ向かった昨日よりも心なしかペダルを漕ぐ足が軽い。レベルアップによる身体能力の向上は伊達じゃないらしい。


道中いくつかのモンスターの姿を見かけた。

電柱の上でカラスが変異したらしい嘴の鋭い黒い鳥がこちらを睨んでいたり、ゴミ捨て場を漁る巨大なネズミの群れがいたり。

でも幸い向こうからこちらに気づいて襲ってくる様子はない。

この世界のモンスターにも縄張りみたいなものがあるんだろうか。


「……まあ、ケンカは売らないに越したことはない」


私は極力物音を立てないように彼らのテリトリーをそっと迂回する。

そうして十分ほど自転車を走らせた頃。

目の前に巨大な見慣れた建物が見えてきた。

『ホームセンター U-DIY』。

私の本日の目的地だ。


「……うわ、これはまた、派手だな」


私は建物の手前で自転車を止め、その光景に思わず呟いた。

建物の正面、ガラス張りだったはずの自動ドアは見る影もない。

巨大な緑色のツタがまるで生き物のように壁や屋根を覆い尽くしているのだ。そのツタは時折脈動するかのようにうねり、動いている。

正面からの突入はどう考えても自殺行為だ。



私は建物の裏手へと回る。


園芸用品や植物の苗を売っている屋外のガーデニングエリア。

そこは金属製のフェンスで囲まれているだけで、正面よりはずっと侵入しやすそうだった。



私はフェンスの破れた箇所からエリア内へと静かに足を踏み入れる。

色とりどりの花が咲き乱れハーブのいい匂いがする。……なんて平和な光景はそこにはなかった。

多くの植物は枯れ果て、代わりに見たこともない不気味な植物があちこちで繁殖している。



地面を這う蛇のようにうねる黒いツタ。

人の頭くらいの大きさがある真っ赤なキノコ。



そして私の足元。

土の中から何かが半分だけ顔を出していた。

それはまるで赤ん坊のような奇妙な形をした植物の根っこだった。



【名称:マンドラゴラ(幼体)】

【レベル:3】

【状態:休眠中】

【備考:強い衝撃を与えると、周囲の生物の動きを鈍らせる、強力な奇声を発する】


「……地雷じゃん、これ」


危ない危ない。うっかり踏みつけでもしたら大惨事になるところだった。

しかもよく見るとこのマンドラゴラ、一匹だけじゃない。地面のあちこちに同じような頭がいくつも潜んでいる。



さらに頭上。

エリアを覆う日除け用のネットからは、緑色のツタが何本も鞭のように垂れ下がっていた。



【名称:捕食ヅタ】

【レベル:6】

【備考:動くものに反応し、巻き付いてくる。先端は鋭い】


「…………」


なるほど。

ここは植物園か。

私は静かに息を呑んだ。

正面から突っ込んできたホブゴブリンの方がまだマシだったかもしれない。



頭上には鞭のように垂れ下がる「捕食ヅタ」。

足元には地雷のように潜む「マンドラゴラ」。

……どうすんだよこれ。完全に詰んでないか?



いや。

落ち着け。

こういう時こそ頭を使わないと。

私は一度フェンスの外まで後退し、改めてガーデニングエリアの全体を観察する。



敵は動かない。あるいは動きが遅い。

それが最大のポイントだ。

つまり射程距離の外から一方的に攻撃できれば、勝てる。


「弾丸は……と」


私の視線がエリアの入り口近くに置かれた園芸用品の棚に止まった。

移植ごて。園芸バサミ。除草用の小さなカマ。

鉄パイプほど重くも硬くもない。でも先端はどれも鋭利だ。

ツタを切断するにはむしろこっちの方が向いているかもしれない。



よし。

計画は決まった。


私はまず棚から一番切れ味の良さそうな剪定バサミを一つ手に取る。

そして息を殺しながら捕食ヅタの攻撃範囲に入らないギリギリの距離まで近づいた。

狙いは頭上で一番近くに垂れ下がっている一本のツタ。


『マインド・バレット』!


私の意思に応え、剪定バサミが宙に浮く。

Lv.2になったスキルは驚くほど私のイメージ通りに動いてくれた。

ハサミは空中でその刃をカチリと開く。

そしてそのまま高速でツタの根元へと突っ込んでいった。



――スパッ!



音もなく。

まるで熱したナイフでバターを切るように。

捕食ヅタはあっさりとその体を両断された。

切断されたツタは力なく地面にぱたりと落ちる。

動かない。ただの植物の残骸になったらしい。


「……いける!」


私は確かな手応えを感じた。

同じ要領で私は頭上のツタを一本また一本と確実に処理していく。

スキルレベルが上がったおかげかMPの消費も以前より少ない気がした。

ほんの数分で頭上の脅威は完全に沈黙した。



問題は足元だ。

マンドラゴラ。

こいつらは下手に攻撃すると奇声で私の動きを止めてくる。

一度動きを止められたら、その隙にまだ残っているかもしれないツタに捕まるかもしれない。

リスクが高い。



どうする?

答えはシンプルだった。

奇声が届かないくらい遠くから、一撃で仕留めればいい。



私はエリアの外から手頃な大きさの石をいくつか拾い集める。

そして一番手前にいるマンドラゴラの地面から覗く頭のてっぺんを狙った。

距離は二十メートル以上。

以前の私なら当てる自信はなかった。

でも今のスキルLv.2の私なら。


「――そこ」


私の集中力が高まる。

射出された石は放物線を描きながら、正確にマンドラゴラの頭頂部へと吸い込まれていった。

ゴンッ! という鈍い音。

奇声を発する間もなくマンドラゴラは土の中で沈黙した。



よし!

私は同じ方法で見える範囲のマンドラゴラを全て処理していく。


【経験値を獲得しました】

【経験値を獲得しました】

……


静かな一方的な駆除作業。

全ての脅威を排除し終えた私はようやくガーデニングエリアへと堂々と足を踏み入れた。



目の前にはホームセンター本館へと続くガラスの引き戸がある。

鍵は……かかっている。

でも問題ない。



私はさっき使った石の中で一番大きくて硬いやつをもう一度浮かび上がらせる。

そしてドアめがけて射出した。


ガッシャアアアン!!


派手な音を立ててガラスが砕け散る。



私は砕けたガラスの破片をスニーカーの底で踏みしめながら、暗いホームセンターの店内へとその一歩を踏み出した。

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拠点に使えそうな植物達!
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