ある日の朝
ある日の朝食の席で、祖父バイスナーが口元を整えてから静かに切り出した。
「レオも五歳になった。そろそろ基本座学だけでなく、魔法学も学ばせてもよいのではないか?」
祖父は私を“レオ”の愛称で呼び、期待を込めた眼差しを向けてくる。
「父上、普通の子は十歳頃から学び始め、十五歳でアカデミアへ入学します。さすがに早すぎるのではありませんか?」
父ヘルツの言うとおりだ。
基本座学は、前世で言うところの国語や算数。
魔法学はそれに加え、より高度な理科や数学、そして魔素の制御を扱う専門科目である。
五歳で触れるには、確かに早い。
「あなた。レオは物覚えが早くて、先生が教え甲斐がないとおっしゃっていましたよ。魔力のコントロールくらいなら、早すぎることもないと思います」
そう言ったのは母フリッツだ。
腕の中で眠る妹ミロに微笑みながら、穏やかに続ける。
私の物覚えの良さには理由がある。
この世界の言語は日本語だ。固有名詞こそ奇妙に混ざり合っているが、文法や語彙はほぼ同じ。前世の知識がそのまま使えるのだから、習得に苦労するはずがない。
「あなたたちが盛り上がってどうするのです。本人にやる気がなければ意味がないでしょう」
少し呆れたように言ったのは祖母ロネンだ。
「それもそうだな。レオ、お前はどうしたい?」
祖父に問われ、私は背筋を伸ばした。
「私は、早く魔法を覚えて父上たちと共にこの領地を守れるようになりたいです」
「よし、善は急げだ。ヘルツ、シュタインベルク家に魔法学の講師を依頼できるか?」
「かしこまりました、父上。すでに私のゴーレムを向かわせております。あちらの都合にもよりますが、七日ほどで到着するかと」
祖父と父はゴーレム使いだ。
最強は祖父らしいが、父はどれほど遠くにいても操作できるという。
「シュタインベルク家は、父上に今も昔も恩義を感じておられます。お頼みすれば、すぐ動いてくださるでしょう」
「わしはもうよいと言っておるのにな。あくまで貴族として接してほしいのだが」
祖父はこそばゆそうに笑った。
「ではレオ。魔法学を学ぶのであれば、体力もつけねばなりません。これからは私が剣術の稽古をつけましょう」
祖母ロネンの一言で、場の空気が凍った。
祖父が慌てて立ち上がる。
「まだ早くはないかの? こんなに小さいのだぞ」
「何を言っているのです。魔法の操作には精神力と体力の両方が必要です。剣術はその鍛錬に最適でしょう」
「ではワシが教えよう」
祖父が言い切る前に、祖母が静かに遮る。
「剣と盾の扱いで、私に勝る者がこの領内におりますか?」
祖父は黙った。
私はこれから始まるであろう地獄を想像しないよう、話題を変えることにした。
「……話は変わりますが、父上はゴーレムを通して会話もできるのですか?」
父は小さく首を振る。
「いや、会話はできない。筆談なら可能だ。向こうに紙と筆を用意してもらえばな」
なるほど、と内心で頷く。
声は届かない。
だが、操作はできる。
私はまだ、本格的な操作を見せてもらったことがない。
それが、なぜか少しだけ引っかかっていた。




