ハロー異世界
私はどこにでもいる普通のSEだ。
特に目立った実績もない。金曜日になれば同僚と軽く飲みに行き、土日は好きなゲームをたしなむ。テレビゲームもカードゲームも、TRPGも。どれも浅く広く、だ。
若い頃はロボットアニメが好きだった。博士になりたいと本気で思い、理系科目を必死に勉強した。大学ではプログラム関連の単位をほとんど取り尽くした。
だが、勉強すればするほど思い知らされた。
自分の手でロボットを作り、研究者として最前線に立てる人間がどれほど特別かということを。
それでも夢を完全には捨てきれず、私は家電開発を受託している会社に就職した。
今日は金曜日。
リテイクの入ったプログラムの改修に追われ、心身ともに疲れ切っていた。だから、いつもより少しだけ酒の量が多かったのかもしれない。
信号待ちをしていると、向かい側から千鳥足の女性が横断歩道へとふらりと踏み出した。
危ない。
そう思った瞬間、私は反射的に横断歩道へ駆け出していた。
女性のもとへたどり着いた、そのとき――視界の端にヘッドライトが迫るのが見えた。
確認を怠ったのは、酒のせいか。
それとも焦りのせいか。
私は女性を突き飛ばした――そこまでしか、覚えていない。
ぼんやりとした意識の底から、激しい頭痛とまばゆい光が私を引きずり上げた。
痛い。
頭が割れるように痛む。
泣くことしかできない。声にならない嗚咽だけが、かすれた喉から漏れた。
そのとき、誰かに抱き上げられた。
涙を流す女性だった。
頬を濡らしながら、私を胸に抱き寄せ、優しげな声でささやく。
「よく頑張りましたね」
そして、そっと額に口づけを落とした。
やがて若い男性が現れ、続いて初老の男女も顔をのぞかせる。
皆、安堵と涙を浮かべながら、口々にねぎらいの言葉をかけていった。
泣き疲れ、再び意識が沈んでいく。
そうか。私は、生まれ変わったのだ。
なぜかは分からない。
だが、ぼんやりと、確信めいた感覚だけがあった。
転生してから五年が経った。
私の名は、レオポルド・フォン・ザントメーア。
ビルディット王国辺境、砂の海と呼ばれる地――ザントメーア領を治める家の嫡男である。
父は二代目領主、ヘルツ・フォン・ザントメーア。
常に優しい表情を浮かべており、領民からの信頼が厚い。
母はフリッツ・フォン・ザントメーア。
砂漠のように過酷なこの地で、家と領民を支える芯の強い女性だ。
妹のミロはまだ赤子だが、母によく似た顔立ちで、将来の美貌は約束されている。
そして先代領主――父方の祖父バイスナー・フォン・ザントメーア。
現在は隠居の身でありながら、父の右腕として将軍を務めている。
祖母ロネンは常に穏やかな笑みを絶やさない。
だが、ひとたび叱咤すれば、その迫力は敵将が脱兎のごとく逃げ出すほどだ。
母方の祖父母は別の領地で侯爵を務めており、遠方に住んでいるため会うのは年に何度かに限られる。
このザントメーア領は、見渡す限り砂漠しかない不毛の地である。
だが、その広さはビルディット王国随一を誇る。
かつてこの地は、魔物の支配する死の砂海だった。
それを切り拓いたのが祖父だ。
魔物を討ち、交易路を通し、砦を築き、ついには砂海を人の住む地へと変えた。
その偉業を認められ、男爵に過ぎなかった我が家は辺境伯へと叙されるとともに、国王陛下より“ザントメーア”の家名を賜った。
祖父は、この砂漠そのものを征服した英雄なのだ。




