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物語を、降りて、歩く。

悪役令嬢は断罪配信中に覚醒する 〜その断罪、運営にクレーム入れていいですか?〜

作者: 安曇みなみ

断罪式って、いいよね。


いや、マジで。


高貴なるホール。荘厳なオルガン。沈黙を破る王太子の怒声。そして涙に濡れたヒロインと、悪役令嬢の絶叫。


完璧な舞台。


あたしはそれを、脚本という名の「神の手」で作っていた。


今日もいつものように、ワンルームマンションの片隅。

モニターの光だけが差す部屋の床にあぐらをかいて、カップラーメンを啜りながら、断罪式の様子を見守っている。

パーカーにジャージ姿で。まさか自分が世界の根幹を創っている神だとは誰も思うまい。


「リリィ=フォン=ハーゲンダッツ。貴女は、王太子殿下のご婚約者でありながら……!」


出た。名台詞。


「ヒロイン・ミラ様に、お茶を冷まして提供しました!」


バーン!と効果音が鳴り響く中、観客たちは爆笑しながらコメントを打ちまくっている。

スタンプが乱舞し、ハートと炎のエフェクトが画面を埋め尽くす。

そう、この世界では断罪はエンタメであり、SNS映えであり、宗教儀式なのだ。


きっかけは、徹夜とカフェインでぶっ飛んだ頭で書いたスクリプトだった。

「お茶を冷まして出した」とかいう雑すぎる断罪ネタがなぜか異様にウケてしまい、運営からシリーズ化が打診されたのが始まりだった。


「スカート踏んだ!」「冷たい視線送った!」「階段の手すりにヒロインより先に触れた!」


理由なんて何でもいい。断罪さえあれば、盛り上がる。

最初は徹夜の変なテンションで適当に作った台本だったのに、それがバズってしまった。


今じゃあたしは、"一万個しか発見されていない異世界" の優先割り当て権をもらえるほどの人気作家。

ちょちょいとキーボードを叩けば異世界の住人たちがリアリティショーに巻き込まれ、終わればくるくるっと巻き戻る。便利なエンターテイメント。


これはまさに、

リアル乙女ゲー。


あたしは観客の声に目を細めながら、ノートに次の断罪イベント案を書き留める。


「リリィがヒロインの“好きな花”を知らなかったため断罪」

……いい。雑だ。最高。


ところが――。


「……ねぇ、これさ。いつも思うんだけど、脚本、雑じゃない?」

モニターの向こう側、断罪されているはずのリリィが、耳覚えのないセリフを吐き始めた。


あたしは耳を疑った。そんな展開は書いてない。

それにメタ展開禁止設定にしてあるから、「脚本」なんて言葉に言及するはずがない。


それに、気のせいだろうか。こっちを見て言っているような?


あ、思い当たるフシが、ひとつ。

そういえばバグを作ってしまったんだった。


数日前。あたしはほろ酔い気分でスクリプトをいじり倒してた。

断罪シーンがウケるのと「もっと楽できそう?」というので、不慣れな自動スクリプトをがんばって実装。イベントの自動生成を実現したのだ。

これでもう放っておいても大丈夫! 投げ銭で無限ごろごろポテチ生活があたしを待っている!

でもそれがバグって「リリィの断罪シーン無限ループ」として回っていた。

気付いた時には1万回。ちょっと申し訳ない気分になってすぐ止めたんだけど。


いや、まさか。そんな。でも――。


「聞いてるよね?これさ。いつもいつもいつもいつも 思うんだけど、脚本、雑じゃない?」

リリィがこちらを見つめ、不気味に笑った。


あっという間だった。現実の賑やかさは、影も形もなく消え去った。

その笑顔は、あたしを一瞬で不気味な怪談世界へと連れ去ってしまった。

恐ろしくて心細くて、それでもその悪い連想は止められなかった。

同じ場所で、同じように王太子に責められ、同じように観客に嘲笑され続ける、無限の断罪ループ。

何度も何度も――1万回、断罪されるうちに。スクリプトの外に、「世界の裏」に、気づいてしまった。

目覚めてしまったキャラクター。

脳裏をよぎったのは、そんなありえないはずの恐怖譚。


今、モニター越しに視線が合った気がする。


いやいや、ありえない。彼女は台詞通り動いているはず――


「えーっと、世界の外の皆様。楽しんでますかー?」

リリィが台本にないセリフを微笑みながら言い放った。


ぞわり。身体中の毛穴が一斉に開いたような感覚。なんかやばい予感。


観客は爆笑している。

「えー、なにー?作風変わった?」「メタ視点ってやつ?」「斬新!」


「ふむふむ……つまり、これは舞台。断罪式はクライマックス。そしてわたしが断罪されるたび、拍手が鳴るわけか」

彼女の声は氷のように冷たく、鋭い。


「メタ視点つええ!今のセリフ、スクショした!」

「今までの令嬢キャラで一番推せるかもしんない……!」


ちょっと待て。待て待て待て。


あたし、そんな台本、絶対書いてない!


あたしは慌ててスクリプトを確認する。セリフ欄はすべて空白になっていた。イベントフラグもトリガーされていない。

彼女は――自分の意思で動いている!?

「こわっ!巻き戻しスクリプト、巻き戻しスクリプトを!」

あたしはパニックでキーボードを叩きまくる。


ガクン、と視界が歪んだ。


「……あなたなの?断罪式の脚本、書いてるのは?」


リリィが、こっちを、向いた。

今度こそ、はっきりと疑いなく、モニターの枠を超えて、視線が突き刺さってくる。


その瞬間、バシュッと空間が割れ、あたしは引き摺り出された。観客席にいたはずが、いつの間にかホールの中央。

――ギロチンの前に立たされていた。


「脚本家!あなたを断罪するわ!」

リリィの声は、劇場全体に響き渡った。その瞳は、月明かりに照らされた湖のように冷たく輝いていた。


「いや待って!?あたし、ただのスクリプターだから!?ただのゲームのプレイヤーなの、どっちかというと悪いのは運営!あたしは被害者……なんていってみちゃったりして」

言い訳の言葉が口から溢れ出る。頭が真っ白になって、自分でもなにを言っているのかわからない。


「ただの"ゲーム"? “お茶を冷ました”だけで断罪される雑さで、他人を裁いてきたくせに!」

リリィはビシィっと指を突きつけて断罪してきた。

鋭く、しかしちょっとだけ涙目で睨みつけてくるその姿は、ぞっとするほど凛々しく、可愛らしかった。


観客たちの声が響く。

「マジで断罪されるの!?脚本家!?」「リアルざまぁじゃん!」

「あいつの断罪イベント、好きだった……冥福を祈る」


リリィはゆっくりと両腕を広げ、仰ぐ天上に視線を投げかけ、言い放った。

「天蓋の彼方、姿なき神々よ。我は審判たる神々に問う!脚本家は有罪か、無罪か!」


観客たちの過去最大の盛り上がりを見せていた。

「有罪?」「これは有罪だねー」「断罪せよ!断罪せよ!」


みんなゲームだと思ってる!違う、これ、ほんとに殺される!

あたしはギロチン台に乗せられ、足を縛られ、頭を板に押さえつけられた。首筋に冷たい金属の感触。


あ、ダメだこれ。どうにもできない――死ぬ。


ストン、と空が落ちた。


****


一週間後


「お湯、入れて3分だよー」


「うん」


あたしは自室の床にぺたんと座りながら、カップラーメンのフタを押さえていた。


向かいには、リリィ=フォン=ハーゲンダッツがいた。

いや、今はただのリリィ。フリルのついたパジャマで、髪をひとつに結んでる。


信じられない? こっちのセリフだ。


ギロチンで終わったはずのあたしは、どうやら死ななかったらしい。

目覚めたあたしに、彼女は笑って、ノートを差し出してきた。


《新しい乙女ゲームの構想》

《神の国へのわくわく侵攻計画 ―― おいしいごはんを求めて》


「今度は、断罪のない物語を書いて、世界を救ってよ。あの残酷な神々……プレイヤーから。あのバグスクリプトがあれば、みんなでこっちに出てこれる。そして神々を断罪してやるんだから!」


「……あんたさ。ほんと、可愛くて怖い」


「えへへ。私はね、あなたを断罪したけど、嫌いになったわけじゃないよ?」


湯気の立つラーメンを啜りながら、リリィは楽しそうに言った。


「ところで、食後のデザートはないのかしら?」


****


「おまたせー、行こっか」

スウェットのポケットに手を突っ込んで、あたしは玄関で靴をつっかけた。

「外って……気持ちいいね」

パジャマの上にカーディガンを羽織っただけのリリィは、夜風に目を細めながら、てくてく歩く。断罪されてギロチンにかけた相手とは思えない、平和な光景。


そして、コンビニ。


「うわ、なにこれ全部甘そう……!」

リリィはスイーツコーナーで目を輝かせたあと、ふと冷凍ケースの前で立ち止まる。

「……え?」

彼女の視線の先には――


【ハーゲンダッツ 期間限定 ストロベリー&ミルフィーユ】


「……」

リリィ=フォン=ハーゲンダッツ、沈黙。

ぷるぷると肩が震える。


「な、なんかごめん……」あたしはしどろもどろに謝る。


「名前まで……適当だったなんて……やっぱり断罪でよかったかもしれない……」

ショックを受け、涙目で睨みつける彼女に気圧されながら、あたしの生存本能はそっと隣のバニラをカゴに入れた。


帰宅後


「……どう?」

「……うまい……ミルフィーユの食感が……革命……」


さっきまであんなに凹んでたのに、今はフリフリのパジャマでラグの上に転がって、アイスを頬張っている。

「ねぇ、脚本家」

「ん?」

「これ、おいしかったのでゆるしてあげる」


ラーメンとアイスと脚本家と、ギロチンを超えた元・悪役令嬢。

なんかもう、平和ってこういうことなのかもしれない。

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