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9 お茶会へ行きますわ!②

 お茶会会場には、10歳以下の小さな貴族の子供たちで溢れ返っていた。


 この国の貴族の子女は、16歳で公式に社交界デビューをする。でもその前に、社交に慣らすために子供たちにも集まる機会を多く設けていた。まさに小さな社交界だ。


 ただし本場の社交界とは少し違って、ここには打算や思惑などの物騒なものは存在していない。ただ、子供たちが気の合う仲間とわちゃわちゃと遊ぶだけだった。


 それでも、ままごとだと馬鹿にできない場だ。幼い頃に身分関係なく遊んでいた相手が、実は上級貴族の跡取りだったということもままある。それに、ここで仲良くなった異性と婚姻に結び付く場合もあるのだ。


 だから貴族の両親にとっては、子供が人脈を作る大切な場なのだが――、


「ねぇ、あっちにマカロンがあるわ。たべにいかない?」


「あのデブのきゅうじにイタズラしようぜ!」


「あぁっ! 僕のカップケーキ取らないで!」


 当の子供たちにとっては、同年代のお友達と遊べる楽しい場所であった。

 そこには、もちろん身分など関係なく――、


「こいつ、まだオドオドしてるぜ!」


「それでもハーバートこうしゃくけの、ちょうなんなのかよ!」


「だっせー。うじうじして、女みてぇー」


 気弱なレックスは、毎度のように他の貴族の男の子たちからいじめられていた。


「う……うぅ……。ぼくは……」


 言い返そうにも、身体が震えてしまって口が開かない。いつもと同じく、ただビクビクと身体を縮こませるだけだった。


(せっかく、おとうさまと、おなじおようふくにしたのに……)


 今日の服装は、新しい母親と相談して決めたものだ。

 いつもは乳母のバーバラに用意されて服を、何も考えずに着ていた。でも、この服は自分自身で決めたのだ。お父様みたいに、かっこいい男になりたくて!


 レックスは俯いて、ぎゅっと上着の裾を掴む。上辺だけで、結局は何も変わっていない自分が、悔しくて、情けなかった。


(やっぱり、こわいよ……)




「あんたたち、このあたしより下のみぶんのくせに、なにさまのつもり!?」


 ロレッタが、バシャリと勢いよく紅茶をぶっかけた。


「きゃっ!」


「あついっ!」


 茶色い液体は、目の前の小さな二人の令嬢に容赦なく降り注ぐ。


「いいこと? こんどまたナメたくちをきいたら、ただじゃおかないから! ハーバートこうしゃくけを、てきにまわすとおもいなさい!」


「ごっ、ごめんなさいっ!」


「ふえーん。あたらしいドレスがぁ〜っ!」


 二人の令嬢はメソメソと泣きながら、それぞれ乳母のもとへと帰って行く。その惨めったらしい姿を、勝ち誇ったようにロレッタが眺めていた。


 令嬢たちは、ロレッタの悪口を言っていた。それをたまたま耳にしたロレッタが、()()したのだ。




 双子は、問題児だった。

 姉はいじめっ子で、弟はいじめられっ子。


 意地悪な姉と、弱っちい弟は、貴族の子供たちの間で既に腫れ物扱いになっていた。

 なので、小さな社交界では二人はいつも浮いた存在だったのだ。


「なんてつまんないパーティーなのかしら!」


 ロレッタはプンスカと怒りながら一人でお菓子をぱくついている。


「おねえさまぁ……」


 そこに、涙目のレックスがとぼとぼとやって来た。


「どうしたの、そのかおは! またバカたちにやられたの?」


「うぅうぅ〜……」


 弟は姉の肩に頭を押し付けて、静かに泣き始める。これも、いつもの光景だった。


「どこのだれよ!? あたしが、しかえしをやってやるわ!」


 これも、いつものこと。

 レックスをいじめた貴族の男の子を、ロレッタがやり返していた。

 そして「女なんかに守られてだっせー」と、次のお茶会でレックスがまたいじめられる……と、何度も繰り返している。


 二人とも、社交界が嫌いだった。





「お子たち〜! お茶会は楽しんでいますかぁ〜っ!?」


 その時、もう慣れ親しんでしまった甲高い声が、にわかに二人の頭上に響いた。


「おかあさま!」


 すると、たちまちレックスの顔が綻んで、


「げっ! フォレットこうしゃくれいじょう!」


 ロレッタの顔がくしゃりと歪んだ。



「お友達とは楽しく遊んでいますの? ――あら?」


 キャロラインはレックスの涙のあとに気が付く。すかさずハンカチを出して、優しく拭った。


「おかあさまぁ〜!」


 レックスは安堵と嬉しさのあまり継母にしがみつく。キャロラインは「もう大丈夫よ」と彼の頭を撫でた。


「あんた! なにしにきたのよ!」


「お二人を見守りに来たのですわぁ〜!」


「はぁっ!? そんなの、いらないわっ! かえりなさいっ!」


「あらぁ〜、お継母様(おかあさま)が来て嬉しいのね〜」


「なっ、なにいってんの!? バッカじゃないの!?」


 キャロラインはぐるりと周囲を見回して、一瞬で今の状況を把握する。


 賑やかな場所から遠ざかり孤立した双子、イライラと怒っている姉と、さっきまで泣いていた弟。

 乳母は遠くから女主人のことを憎々しげに睨み付けている。

 そして好奇心を隠せずに、遠巻きにこちらを見ている貴族の子供たち。


(可哀想に……。この子たちは、コミュニケーションのやり方をまだ知らないだけなのよね)


 貴族に社交は付きものだ。それは屋敷という小さなコミュニティーから始まって、少しずつ世界を広げていく。子供たちは、自身の経験を重ねて社交界での振る舞い方を覚えていく。


 でも、一人の力だけでは限界がある。そこをサポートするのが、両親であり、乳母や家庭教師であった。


 ハーバート公爵は多忙で、双子の実の母親はこの世にいない。となると、二人を教育すべき一番の人物は――乳母のバーバラだ。


 しかし屋敷内や今日の様子を見るに、バーバラには全くその気がないようだ。

 ……いや、教育というより支配しようとする努力は見られるが。




「あれがハーバート公爵夫人? とんでもない悪女らしいわ」


「つい先日まで王太子殿下に夢中だったのにね」


「継子たちをいびっているって、さっきバーバラ夫人が言っていたわ」


「パーティー荒らしが来たぞ! 全員、フォーメーション特A!!」


 この場にいるはずのないキャロライン・ハーバート夫人の姿をみとめて、会場はざわざわと急激に騒がしくなった。特に大人たちは、穏やかではない雰囲気だ。


 そんな中、キャロラインは周囲の騒音など気にも留めず、にこやかに双子と会話を続ける。


「お子たち〜! お継母様が面白いものを見せてあげましょう〜! ――ほら、皆もいらっしゃい!」


 キャロラインが手招きすると、チラチラとこちらを見ていた貴族の子供たちが遠慮がちに近付いて来た。

「なにがはじまるんだろう?」


 いつの間にかレックスの涙も乾いて、興味津々に継母を見上げている。


「ふんっ。どうせつまらないことよ? ばかばかしい!」


 ロレッタはそう言いつつも、少しだけ顔をきらめかせていた。

 今日は、いつものお茶会と明らかに違う。

 キラキラな予感がする。


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