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6 お子たちと仲良くなりたいのですわ!

 翌日から、ロレッタによるキャロラインへの嫌がらせが始まった。


 二階からバケツの中の水をぶっかけたり、物置に閉じ込めたり、ドレスを引き裂いたり……。五歳の彼女が思い付く限りの、ありとあらゆる嫌がらせを毎日繰り広げていた。


(これであの女は、なきながらこうしゃくけを、でていくわ!)


 ――と、彼女は乳母と一緒にほくそ笑んでいたのだが……。


「あらぁ〜っ! ロレッタはお継母様(おかあさま)とお友達になりたいのね!? わたくしもですわ! さぁ、一緒に遊びましょう〜!」


 一方キャロラインは、継子の陰湿な嫌がらせなどものともせずに、毎日毎日、飽きずに可愛い子供たちにちょっかいを出し続けていた。





「そうそう、その調子ですわ。体重を前にかけると、もっと安定しますわよ!」


「うるっさい! わかってるわよ!」


「おかあさま、ぼくもうはやく、はしれるよ」


「ゆっくりですわよ、ゆっくり!」


 今日は乗馬のお稽古だ。

 まだフラフラと不安定に乗っている双子に、キャロラインは熱心にアドバイスをしてた。レックスは喜んで練習をして、ロレッタは最初はぶーぶーと文句を言っていた。

 でも、継母の言う通りに身体を動かすと不思議と上達していくので、今は渋々従っている。


(ほとんどの授業が遅れているから心配だったけど、この調子だと大丈夫そうですわね)


 一生懸命に乗馬の練習をする子供たちの姿に、キャロラインは自然と目を細める。

 双子は公爵家の子息にしては、勉強があまり進んでいないことが気がかりだった。


 二人に何か問題でもあるのかと心配していたが、ただ単にサボったり、サボったり、サボってばかりで遅れているだけのようだった。


 そこで、前世で教師を目指していた彼女はカリキュラムを見直した。基本的にはそれぞれの性格に合わせて作成して、時間があれば彼女自身も授業に付き合った。


 純真でまっさらな子供は、何でもぐんぐんと吸収する。二人ともこの一ヶ月で、見違えるほどに逞しくなった。


「二人とも頑張って! 授業が終わったら、わたくしからプレゼントがありますわよ〜」


 抜け目がない双子は、プレゼントという単語に瞳を輝かせた。


「なぁに? なぁに? チョコレート?」


「チョコレートケーキならもらってやってもいいわ」


「ふふふ。それは後でのお楽しみですわ。着替えたらわたくしのお部屋へいらっしゃい」


「はぁ〜いっ!」


「いま、わたしなさいよ!」







「うわぁ〜っ!」


「キラキラだわ……」


 レックスもロレッタも、初めて見る光景に目を丸くする。


 キャロラインの部屋には、多くの子供用のドレスやスーツ、美しい布、ピカピカの靴……。

 他にもテーブルにはチョコレート菓子がたくさん並んで、夢のような空間だった。

 二人はその鮮やかな景色に、一瞬で心を奪われた。


「これ、ぜんぶたべていいの?」


「もちろんですわ! いつも頑張ってるご褒美よ! でも、晩餐が食べられなくなっちゃうから、少しずつよ? 」


「わーい! ありがとう、おかあさま!」


「ドレスも……?」


 それまでじっと黙り込んで、惚れ惚れと部屋の中を見つめていたロレッタが、囁くように言った。

 キャロラインはにっこりと微笑んで、


「あななたち、来週はお茶会があるでしょう? 今日は服を仕立てましょう。お継母様からのプレゼントよ!」


「っ……!」


 ロレッタの顔がきらめいた。でも、それを周囲に悟られないように我慢して、妙ちくりんな表情になってしまっていた。


(やっぱり、オシャレが好きなのよね。女の子ですもの)


 可愛い娘を眺めながら、キャロラインは口元を緩めた。

 昔の幼い自分もそうだったから解る。女の子は、いつだってお姫様みたいなキラキラに憧憬を抱いているのだ。


「おっほん!」


 その時、和やかな空気を裂くように、乳母のバーバラが大きく咳払いした。そして険しい顔つきでキャロラインを見やる。


「なんですの?」


 公爵夫人は、いつもより低音で答えた。途端に剣呑な雰囲気が醸し出てくる。その微妙な揺れに子供たちは反応して、ビクリと肩を揺らした。


「お嬢様もお坊ちゃまも、決められた予算がございます。いくら奥様でも、それを勝手に使われると――」


「あら? 今日はわたくしからのプレゼントですわ! 当然、わたくし……()()()()()()()から支払いますわぁ〜っ!」


「っ……」


「ですので、予算はご心配なく! 旦那様からじゅう〜〜〜んたくな、資金をいただいていますから!」


「……左様でございますか」


 バーバラは何か言いたげにキャロラインを見るが、新しい女主人公の見えない威圧感に口を閉ざした。


「ロレッタとレックスも、わたくしの予算の消費を手伝ってくださる? このままですと、お金が余りまくって旦那様に叱られますわぁ〜」


 双子は黙りこくってチラチラと探るように互いの顔を見つめていたが、


「ぼ、ぼく! おかあさまのおてつだいをする! おとうさまに、おこられるんでしょう?」


 先にレックスが口火を切った。


「ありがとう、レックス。あなたはどんなお洋服を着てみたいの?」


「ぼくは、おとうさまみたいな、カッコイイおようふくをきこなしたいんだ!」


 レックスは父のパリッと着こなした軍服姿に憧れていた。


「分かったわ。――じゃあ、あの青い生地はどうかしら?」


 キャロラインが控えていた職人に目配せすると、すぐにレックスの採寸が始まる。

 その様子を、羨ましそうに、でも少し拗ねたようにロレッタが見つめていた。


「ロレッタは、ピンクや水色の可愛いドレスが似合うんじゃないかしら? さぁ、お継母様と一緒に試着をしましょうー!」


 キャロラインは有無を言わさずにロレッタも採寸へと導く。


「し、しかたないわね! あたしも、てつだってあげるわ。ありがたくおもいなさいっ!」


 ロレッタは口ではそう言いつつも、楽しそうに服を選びはじめた。

 今日はいつもと違って、色とりどりのドレスがある。どれも眩しくて、喜びで胸が満たされていった。


(これで、ひとまず服の件は解決ね。今日でお茶会以外の服も全部仕立てちゃいましょう)


 キャロラインは初めて双子と出会った時から、不可解に感じることがあった。二人とも公爵家の子供にしては、みすぼらしい身なりをしていたのだ。


 もちろん最上級の生地と仕立てではあった。

 でも、着古してところどころ傷みがあるし、色も地味で、形も少し前の流行で野暮ったい。下級貴族ならまだしも、公爵家の子供には相応しい格好には見えなかった。


(旦那様はお忙しいから、お子たちと接する機会も少ない。それに……)


 それに、ハロルドとの晩餐の日は、もう少し()()な服装をしていた。だから、男親なら細かい点など気付かないだろう。


(わたくしは、見逃しませんことよ……)


 いつも笑顔を絶やさないキャロラインが、初めて瞳に怒りを宿した瞬間だった。



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