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5 父と子の楽しい食卓ですわ!

「おとうさまっ!! おかえりなさいませっ!!」


「……」


 ハロルドは若干顔を引きつらせながら、


「ただいま、レックス。きちんと挨拶ができて偉いが……少し声が大きすぎじゃないか?」


「え……。でも、おかあさまが『ごあいさつは声をおおきくハキハキと!』って言っていたよ」


「それは……大事なことだが……」


 ハロルドは一拍だけ言葉に詰まって、


(あの女、余計なことを教えやがって)


 と、心の中でキャロラインに毒づいた。


「いいか、レックス? 元気よく挨拶をするのは良いことだが、時と場合というものがあるんだよ」


「ときとばあい?」


「そう。こういった晩餐の席では大声はスマートじゃないな。今がどういう状況で、貴族としてどういう行動が望ましいのか。そういうことも学んでいこう」


「はいっ!! おとうさまっ!!」


「だから声が大きい……」


「ふんっ、バッカみたい! あんな女のいうことなんて、きかなくていいのよ」


 ロレッタがキャロラインへの嫌悪感を隠さずに吐き出す。


「でも、ぼくは、おかあさまのおかげで、剣がじょうたつしたんだ!」


「そうなのか?」


 ハロルドは目を丸くする。キャロラインはダンスや乗馬は人並みにできるようだが、剣術を習ったことがあるとは聞いていない。


「あのね、おかあさまは、剣がうまくなるために『たいかん』をきたえなさいって言ってるんだよ」


「ほう、体幹か」


 なるほどとハロルドは膝を打つ。

 たしかに体幹はどんな運動にも共通する基礎そのものだ。それを鍛えることによって肉体の動きが安定し、剣を振るのにも鋭さが生まれる。


「うん! いつも、おかあさまに、たいかんを見てもらってるの。そしたらね、剣のフォームがよくなったって、剣のせんせいに、ほめられたんだよ!」


「そうか。それは良かったな。これからも頑張りなさい」


「はいっ!」


 キャロラインの意外にも立派な母親ぶりに、ハロルドはちょっと感心した。


(初夜で宣言したように、貴族としての義務は怠っていないようだな)


 彼もフォレット侯爵令嬢のプライドの高さや、苛烈な性格は噂で聞いていた。再婚が決まったときは、子供たちに悪影響がないかが一番の心配事だった。


 でも実際は、声の大きな変な女だった。面倒くさい女ではあるが、噂通りの嫌な女ではない。

 ……と、思う。


「――ところで、キャロラインは?」


 食堂を見渡すが、彼女の姿はどこに見えなかった。ここにいるのは、いつもの三人の家族と、いつもの使用人だけだ。


 ハーバート公爵は多忙な日々を送っている。朝早く屋敷を出て夜も遅く帰るので、家族が顔を合わせる機会が中々なかった。

 だから、たまに早く帰宅した日は、こうやって家族でゆったりと夕食をとるのだ。


「あの女なら、おへやにいるわ」


 ロレッタが済まし顔で答える。


「家族の晩餐なのにか?」


「そうよ、おとうさま。あの女は、あたしたちといっしょに、食べたくないんですって! まったく、イヤな女よね!」


 ハロルドはみるみる困惑顔になる。貴族としての義務を果たすのか、果たさないのかよく分からない。

 執事長からは子供たちともよく関わっていると聞いているが、実はまだ打ち解け合っていないのだろうか。


「ちがうよ!」


 父の疑念を掻き消すように、レックスが大声で言った。


「おかあさまは、おねえさまに、おいだされたんだ!」


「ちょっと! チクらないでよ!」


「ロレッタ、なんだその令嬢らしくない言葉遣いは。しかも嘘をついたのか?」


「おねえさまは、おかあさまに、『家族じゃないからはいっちゃダメ』って言ってた」


「レックス!」


「おかあさまがウソはついちゃダメだって言っていたよ」


「あんたねぇっ!」


 激昂したロレッタが弟に掴みかかると、すかさずハロルドが二人を引き離した。


「ロレッタ、嘘はついちゃ駄目だぞ。それに、意地悪もしてはいけない」


「なによっ! おとうさまだって、このまえ一人だけチョコを食べてたのに『食べてない』って、あたしたちにウソついたじゃない!」


「なっ……!?」ハロルドは大きく目を見開く。「なぜ……それを……」


「あたし、知ってるんだから!」


「えぇ〜っ!! おとうさま、ずる〜い!」


 レックスもぷくぷくと頬を膨らませて抗議モードに入る。


「ちがっ……。あ、あれはだな、子供は食べたらいけないチョコだったんだ。アルコールが入っててな。お前たちには毒なんだよ」


 ハロルドはウイスキーボンボンが大好物だった。


「ずるーい! ぼくもチョコ食べたーい!」


 レックスもチョコレートが大好物だ。

 彼は父の周囲ぴょこぴょこと飛び跳ねながら抗議を続ける。ロレッタは上手く話がすり替わって、「うしし」とほくそ笑んでいた。


「チョコー! チョコー!」


「分かった、分かった。今度、王都の美味しいチョコを買ってきてやるから」


「やったー! あたしチョコレートケーキがいい!」


「ぜったいだよ! 男どうしのおやくそくだぞ!」


「よし、お父様が約束しよう」


 こうして話はまとまって、楽しい晩餐が始まった。食事中も、ロレッタは父親から説教をされ続けていたが。







「ほんっとうに、ムカつく!」


 寝室に戻ったロレッタは、クッションを思いっきり床に投げつけた。


「なんで、あたしがあの女なんかに、あやまらないといけないのよっ!!」


 晩餐のあと、ロレッタはハロルドに連れられてキャロラインの部屋へ行き、強制的に謝罪の言葉を言わされたのだ。それは彼女にとって、非常に非常に屈辱的だった。


「あの女、『ごめんなさいが言えて、えらいですわ!』だってさ! バカにしているの!?」


 ドスンと、2つ目のクッションが叩き付けられた。



 ロレッタはこの結婚を反対していた。

 いや、今回だけではない。前回も前々回も彼女は猛反対していたのだ。


 なのに、王命で公爵の結婚は毎回あっけなく決まってしまった。

 国王は息のかかった家門の令嬢を公爵に送ることによって、ハーバート家を抑え付けたかった。ハロルドとしても、国への忠誠心を見せるために渋々従うしかなかった。


 しかし、公爵の結婚は毎回悲惨な結果に終わった。新しい妻たちが次々に問題を起こして、離縁されていったのである。


「バーバラが言ってたわ。これまでの女たちは、おとうさまのざいさんをねらう、わるいヤツだって」


 それは、()()()()()()()が仕組んだことだった。


「きっと……ううん、ぜったいにあの女も、おかねめあてにちがいないの。だってバーバラが言ってたもん!」


 ロレッタは乳母に絶大なる信頼を寄せていた。自分たちを産んだ母親が死亡したあと、母親代わりにずっと育ててくれたのは彼女だったのだ。


「こんかいも、ぜったいに、あたしがおいだしてやるんだからっ!!」



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