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32 おピンチのおヒーロー様ですわ!




※少しだけ暴力的な描写があります






「きゃあぁっ!」


「小娘! ――ぐっ!」


 ついにキャロラインは床に投げ倒された。タッくんもキャロラインを(かば)って攻撃を受け、傷を負っている。


「ったく、手こずらせやがって」


「おい、そのトカゲも捕まえろ。こいつぁきっと金脈だぜ」


「なぁ、やっぱりアレってドラゴンだったよな……?」


 双子を逃がしてから、キャロラインとタッくんは男たちと戦った。

 でも相手は5人以上もいて、さらに戦闘に()けている者たちなので、女の力ではとても太刀打ちできなかった。

 ちなみに、タッくんも小さくなると本来の力の100万分の1しか発揮できないので、あまり役に立たなかった。


 武器を取られて無抵抗状態のキャロラインに、男たちの魔の手が伸びる。


「今ここでやっていいのか?」


「もちろんだよ。この女はまだ夫と同衾(どうきん)していないらしい。生娘(きむすめ)にたっぷり快楽を教えてやりな」


「ヒュ〜!」


「オレが先にやるぜ」


「あっ、抜け駆けはよせ!」


 キャロラインは目の前の下品な会話はどうでも良かった。

 自分はどうなってもいい。それよりも双子の安否が気がかりだった。


 姉のロレッタは、ツンケンしているけど、本当は優しい子。

 弟のレックスは、泣き虫だけど、本当は強い心を持った子。


 二人とも、血は繋がっていないけれど、キャロラインの大切な『家族』だ。


(家族が無事なら、わたくしは引き裂かれても壊されてもいいわ……)


 そっと瞳を閉じる。可愛い子供たちの姿が浮かんできた。そして……(ハロルド)の怒った顔も。


「おい、小娘! まだ諦めるな!」


 耳元で叫ぶタッくんの声も、どこか遠くで鳴っているように感じた。身体の力がみるみる弛緩(しかん)していく。


(わたくし、旦那様に謝らないといけませんでしたのに……)


 初夜で「あなたを愛することはありませんわ」と言ったこと。それは間違っていたのだと、やっと気付いた。


 ハロルドも、ロレッタとレックス同様に、大事な『家族』だから。

 だから、本当は――……。


 次の瞬間。


「私の妻に何をしている」


 一閃。


 鋭い剣が、最後尾にいた暴漢を()った。


 男が崩れ落ち、キャロラインの視界が広くなる。

 そこにいたのは。


「旦那様っ!!」


「よくも私の家族を傷付けたな……」


 ハロルドだった。


「やっと現れたか」


「旦那様……なんで……」


 キャロラインの瞳からポロポロと涙が(あふ)れ出す。

 双子が無事でいれば、自分はどうなってもいいと、半ば諦めていた。


 でも、夫は助けに来てくれた。

 彼の顔を見るだけで、嬉しさがこみ上げてくる。彼女の中で、夫はいつの間にか『安心』を覚える存在になっていたのだ。


「なっ……!」


 あり得ない人物の登場に、バーバラは凍り付いた。まさか、ハーバート公爵自らがここに来るなんて。

 こんな価値のない、ムカつく女のために、わざわざ……。


 ハロルドは射抜くような視線を彼女に向ける。そこには、殺意という一点しか宿っていなかった。


「あ、あ……」


 バーバラはあまりの恐怖心にガタガタと震えはじめたが、


「や、やっておしまい!」


 もうヤケクソだと言わんばかりに、暴漢たちに大声で命令をした。

 男ちがハロルドに向かっていく。公爵は瞬時に剣を振る。

 一閃。

 同時に二人の男が儚く倒れた。


「旦那様! 後ろですわ!」


 次の瞬間、ひっそりと裏手に回っていた暴漢が短剣を握って突進してきた。


「ふっ」


 ハロルドは微かに笑みをこぼすと、


 ――すいすいすーーい!


 重力に逆らうように、足裏を地面に着けたままスッスッと二歩下がった。

 彼に襲いかかった男は、勢い余ってつんのめる。そこに背中からバッサリと斬った。


「な、なんだあの動きはっ!?」と、男たちはざわつく。


「あれは……おムーンウォーク!」


 キャロラインは目を見開く。

 まさか、旦那様もムーンウォークを習得していただなんて。


 ハロルドはしてやったりとドヤ顔でキャロラインを見た。


「私は完璧になるまで他人に見せない主義でな」


 父親はロレッタと同じタイプだった。


「お、お前ら! 怯むな、いけっ!」


 リーダー格の男が叫ぶ。すると2、3人が一斉にハロルドに襲いかかった。

 その時。


 ――カチッ、コチッ、カチッ、コチッ!


 ハロルドは秒針みたいにカクカクと規則正しく腕を動かして、


 ――くねくねくねくねっ!


 軟体動物みたいにぐねぐねと身体を歪ませた。


「あれは……おロボットダンス!」


 キャロラインはすっかり興奮して鼻息を荒くする。戦いで受けた傷の痛みも、どこかに飛んでいってしまったようだ。


「なっ……!」


「悪魔()きか……!?」


 男たちは未知の動きにたじろぎ、身体を強張(こわば)らせる。

 神に逆らうような不思議な動作に、恐ろしくて近寄れなかった。


「隙あり」


 一閃。

 また一人、倒れる。


「うわあああ! 悪魔めええええ!」


 恐怖のあまり錯乱した男が、奇声を上げながらハロルドに突進する。


 ――すいすーい、うねうねうねっ!


 ハロルドはムーンウォークでそれを避け、ロボットダンスで剣筋が見えないようにして、男を返り討ちにした。

 その動きは、見事に計算されていて。華やかで。美しく。


「み、見えますわ……! 旦那様の中に、精確に構築された、お半導体が見えますわぁ〜っ!!」


 元・現代人で、元・ダンサーの聖子(キャロライン)をも驚愕させたのだった。



 そんなこんなで、


 ――ザシュッ!


 ハロルドは最後の一人を片付けた。

 そして、


「ひっ!」


 月に照らされた鋭い剣先が、元乳母バーバラ・スミス伯爵夫人に向けられた。







「キャロライン、大丈夫か!? タッくんも!」


「わたくしは問題ございませんわぁ〜!」


「我も問題ない」


 バーバラと暴漢たちは部下の騎士たちに任せて、ハロルドは真っ先にキャロラインのもとへ駆け寄った。


「!?」


 彼は強く妻を抱きしめる。

 戦闘直後の夫は、身体中が熱くて。

 それが彼女にも伝わって、一気に体温が上昇した。

 空気の読めるタッくんは、そっと二人から距離を置く。


「無事で良かった……」


「旦那様、ありがとうございます……!」


「傷付いている君を見たとき、頭がどうにかなりそうだったよ」


「わたくしは旦那様のお顔を見て、安心しましたわ」


「そうか……」


 出し抜けに、ハロルドはキャロラインの頬に手をあてる。

 そして、彼女の顎をくいと上げて、顔を近付けて――……。


「おかあさまあぁっ!!」


「うわああああああんっ!!」


 次の瞬間、ロレッタとレックスが、ぐしゃぐしゃに泣きながら継母に駆け寄って、飛びついた。


「「!?」」


 その弾みで、夫婦の身体が離れる。ハロルドはがっくりと項垂(うなだ)れ、タッくんに慰められていた。


「二人とも、無事で本当に良かったですわ」


 キャロラインは二人を強く抱きしめる。


「ぼく、がんばったでしょう?」


 レックスはあの後すぐに馬蹄の音を頼りに走って、自力で父親を見つけ出した。二人は騎士たちに保護されて、先にハロルドはキャロラインのもとへ向かったのだ。


「そうね、よく頑張りましたわ! 偉いですわ!」


「えへへ。ぼくは、すごいんだ!」


「バカ! こうなったのも、あんたのせいなのよ! あやまりなさい!」


「おかあさま、ごめんなさい……」


 レックスはしょんぼりと(こうべ)を垂れる。さすがに今回は、彼なりに責任を感じていた。自分のせいで、家族を危険な目に遭わせてしまったのだ。


「誰にでも過ちはありますわ。それを反省して、自分自身を変えれば大丈夫。過去より『今』が大事なのですわ。――ね、旦那様?」


「あぁ。そうだな」


 夫婦は優しく微笑み合う。それに引き寄せられて、双子もニッコリと笑った。


「レックスも、ロレッタも本当に頑張ったわね。二人とも強かったわ」


「うん!」


「あ、あたしは、べつに……」


 ロレッタは少し目を泳がせてから、


「でも、おかあさまが、たすけにきてくれるって、しんじてたわ」


 照れくさそうに母親に向かって呟いた。


 キャロラインは目を細めながら、子供たちの頭を撫でる。

 3人のあいだに、もう、『継母』なんていう他人行儀な言葉は要らなそうだ。




 

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