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31 お子たちを助けますわ!

「キャロラインは!?」


 緊急の知らせを受けて、仕事をなげうって王都に到着したハロルドは、開口一番妻の所在を尋ねた。

 護衛は渋い顔で首を振って、


「それが……ドラゴンと一緒に、いつの間にかどこかへ行ってしまいまして……」


「やはりか……」


 ハロルドは右手を額にあてて、嘆くように天を仰いぐ。ここで単独行動を起こしたら、余計にややこしくなるだけなのに。


 だが、妻の気持ちも痛いほどよく分かる。

 今の自分も、怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだったのだ。


「とにかく、現段階で判明している情報を渡せ」


 ドクドクと脈が強く打っている。子供たちのことを考えると、頭がどうにかなりそうだった。







 ロレッタの帽子がぽつんと寂しげに落ちている。双子に何が起こったのか、嫌でも想像できた。


 キャロラインはすぐさまハロルドと屋敷に連絡。タッくんにも応援に来てもらった。彼を見られるリスクはあるが、この緊急事態の中では仕方がない。


 それからは、必死で周囲を捜索した。

 と言っても、公爵家の子女が行方不明だと(おおやけ)に知られてしまえば、二次被害も及ぶかもしれない。なので、ひっそりと迅速に動いていた。


(どうしましょう……。わたくしが、ちゃんと見ていないばっかりに……)


 罪悪感と後悔が、キャロラインの胸をジクジクと突き刺していく。

 あの時こうしていれば……と、もはや意味のない例え話だけが虚しく頭の中を駆け巡っていた。



「あの……」


 その時、さっきキャロラインにスリをしようとしていた少年が、彼女に声をかけてきた。


「あら、どうしたの?」


 不安を悟られないように、彼女は無理に笑みを作る。

 彼はちょっと目を泳がせたあと、意を決したようにしっかりと公爵夫人の目を見つめた。


「実は、オレ、ある人に頼まれて――……」







「いたっ!」


「レックス!」


 もう何度目かも分からない鞭の鋭い音が響く。レックスはロレッタを(かば)って、自発的に前へ出て攻撃を受けていた。


 父親と約束をしたのだ。

 騎士たるもの、か弱き女性を守らなければならないと。


 彼は満身創痍になりながらも、継母たちに届くと信じて、助けを求め続けた。

 叩かれても、叩かれても、声を張り上げる。


「全く……。前から頭の悪いガキと思っていたけど、まさかここまで馬鹿だとはねぇ」


 叫び声の本当の理由を知らないバーバラは、不快感をあらわにしてレックスを見下ろした。意味のない雄叫びを続けている子供が、哀れにさえ思った。


「いいかい? ここは、王都から馬車で半刻は離れているんだよ。いくら叫んでも、見つかりっこない」


「そんなことないやいっ!」


「やれやれ……。もう面倒だから黙って貰おうかねぇ……」


 バーバラが鞭ではなく、ぐっと固く拳を握った折も折。


 ――ドッゴォォンッ!!


「そんなことありませんわぁっ!!」


 耳をつんざくような爆音が鳴り響く。

 双子たちの背後の壁を突き破って、ドラゴンの頭と、それを伝って地上に舞い降りた――……、


 キャロラインがやって来たのだ!


「……」


 あまりの常識外の破壊力に、その場にいる全員が大きく目を見開いて口をぱくぱくさせている。

 少しして、最初に声を上げたのは……。


()()()()()っ!!」


 姉の、ロレッタだった。


「お……おかあさまぁっ!!」


 弟のレックスも大声で継母の名前を呼ぶ。緊張の糸がはらりと落ちて、彼の瞳からもついに涙が滲み出した。


「「わあぁぁぁぁんっ!!」」


 二人とも号泣しながらキャロラインに抱きつく。


「よしよし。お継母様(おかあさま)が来たからにはもう大丈夫ですよ」


 継母は子供たちの頭をそっと撫でる。そのとき二人の傷付いた身体に気付いて、カッと怒りが湧いてきた。


 眼前の(バーバラ)をきっと睨み付ける。


「やっぱり、犯人はあなただったのですわね! 絶対に許しませんことよ!」


 彼女は街で出会ったスリの少年からの話を頼りに、タッくんと一緒に双子を捜索した。

 しばらくして、ドラゴンが声を拾ったのだ。レックスの悲痛な叫び声を。


「許さない、だって……?」


 バーバラの影がゆらりと動いたかと思ったら、


 ――バチンッ!


 今日で一番大きな鞭の音が鳴り響いた。


「許さないのはこっちの台詞さ! お前のせいで、私は全てを奪われたんだ! お前のせいでお前のせいでお前のせいでっ!!」


「それは自業自得ですわ! 子供を食い物にして、わたくしは怒っているのです!」


「我が消し炭にしてやろう」


 タッくんが雄叫びを上げる。人をすっぽりと包み込めるくらいの大きな口。地鳴りのように部屋中が揺れて、バーバラたちは総毛立った。


「な、なんだい、この生物は……!」


「まさか、ドラゴンか!?」


 タッくんの大きな口の奥から光が漏れた丁度その時、


 ――ぽんっ!


 彼はたちまち猫くらいの大きさに戻った。


「1分経った。時間(ゲームオーバー)だ」


「あら、もうそんな時間ですの? 早すぎますわ」


「……」


「……」


 バーバラたちはしばらく唖然としていたが、


「お前たち、この女をやっちまいな!」


 バーバラが叫ぶと、後ろに控えていた男たちが下卑た笑みを浮かべて前へ出てきた。

 キャロラインは懐から短剣を取り出して、タッくんも爪と尻尾に力を入れて臨戦態勢になる。


「この女は公爵夫人よ。仕込んでやったら高く売れるわ」


「ほう……いいじゃねぇか」


「なかなかの上玉だ」


 じりじりと男たちが近付いてくた。双子は(すく)み上がり、緊張の糸が再びピンと張っていく。


「二人とも……」


 その時、キャロラインが小声で双子に話しかけた。


「ここは、わたくしたちで戦うわ。そこの穴から逃げなさい」


「で、でもっ!」


「おかあさまは?」


「わたくしは、タッくんがいるから大丈夫。ね?」


「無論だ」


「……」


「……」


 双子は少しおろおろと視線を揺らしたあと、


「いこう!」


 レックスがロレッタの手をぎゅっと掴んだ。


「公爵の声が聞こえる。近くにいるはずなので、助けを求めるがよい」


「わかった。ぼく、おとうさまを、よんでくる。――おねえさま、いくよ!」


「で、でも……」ロレッタは涙目で答える。「あ、あしが、ふるえて、うごけなくて……」


 見ると、彼女の細い脚はガタガタと震えて、一歩踏み出すのも困難のようだった。


「のって!」


 にわかにレックスがしゃがみ込む。


「ぼくが、おんぶをする!」


 まだ小刻みに震えているロレッタを、タッくんが(くわ)えてレックスの背中に乗せた。


「何をごちゃごちゃ言ってるんだい? お前たちは、全員売られるんだよ」


「さぁ、急いで!」


 レックスは深く頷いて、姉を背負って夜の闇の中へ溶けていった。


「おい、逃げたぞ。いいのか?」


「まだ子供だよ。すぐに見つかるはずさ。まずはこの女を手籠めにしちまいな!」


 バーバラの言葉が合図かのように、男たちがキャロラインに飛びかかった。







「はぁっ……はぁっ……」


 レックスは暗闇の中を走っていた。

 太陽はすっかり落ちて、今は微かな月明かりが頼りだった。


「うぅ……ぐすっ……」


 背中で姉が泣いている。彼自身も泣きたい気持ちでいっぱいだったが、不思議と涙は出なかった。

 肉体は限界に近かったが、彼の心の中は燃えたぎっていたのだ。


 彼は前を向いて、走り続ける。


(ぼくは、こうしゃくけの、ちゃくなんなんだ! ぼくが、おねえさまと、おかあさまを、まもるんだい!!)


 



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