27 タッくん、危機一髪ですわ!②
それは、双子が同世代の伯爵令息の屋敷にお呼ばれしたのがきっかけだった。
東方から非常に希少なホワイトタイガーを手に入れたので、お披露目を兼ねたお茶会が開かれたのだ。
そして話の流れで『自分の家のペット自慢大会』になり、それぞれが可愛いペットの自慢話を熱弁していた。
レックスの番になって何も喋れないでいると、「ハーバート公爵家はデカいくせになにも飼っていないのかよ」と数人の令息たちにからかわれたのである。
売り言葉に買い言葉。自分みんなの中で一番大きくてスッゴイ生き物を飼っているのに、馬鹿にされるのが悔しくて、つい……言っちゃったのである。
「ぼくの、おやしきには、ドラゴンがいるんだい!」
◇
「――と、いう訳ですわ。旦那様」
「っつ…………」
ハロルドは頭を抱えた。とてつもないストレスで、脳が爆発しそうだった。
まさか子供が口を滑らせるとは……。
「人に見つかったらタッくんとお別れすることになるぞ」と、あんなに口を酸っぱくして言い聞かせたのに。
「ロレッタ〜……。なんでレックスを見ていなかったんだ」
「し、しらないわよ! あたしは、はくしゃくふじんに、さそわれて、おにわでバラをみていたんですもの!」
「旦那様、ロレッタは関係ありませんわ。怒るなんて筋違いです!」
「そうだよな……。はぁ……私が悪かった……」
ハロルドは意気消沈してがっくりと肩を落とした。胃がキリキリして、胸がムカムカする。
闇夜よりも暗〜い空気が彼を中心に広がっていく。
レックスは父に怒られてまだぐずぐずと泣いていて、ロレッタは父に見当違いのことで八つ当たりされてムッと頬を膨らませてご機嫌ななめ。
キャロラインは双子を抱きしめながらおろおろと夫を見つめていた。
「はぁ……」
もう何度目か分からないハロルドのため息が響く。
ハーバート公爵家にドラゴンがいるという噂は、既に王宮にまで届いていた。
ハロルドは直ぐに国王に呼び出され、説明を求められた。彼は幼い息子の喧嘩の末の出任せだと主張したが、欲深い王は納得せず……。
「明日、騎士団が屋敷に調査に来ることになった……」
「「「えっ!?」」」
「王命だ……。仕方あるまい」
「あらぁ……」
にわかに夫妻の空気がずんと沈んでいく。
国王命令で騎士団が来るということは、屋敷内を徹底的に調査されるということだ。
まだ事情を知らない双子も、両親の悲痛な表情に不安を募らせていた。
「問題ない」
その時、タッくんが沈黙を破った。
「我が騎士団とやらを全員焼き払ってやろう」
「いや、一番駄目なやつだろ、それ」とハロルド。
「目撃者は皆殺しだ」
「私が処刑になるんだが」
「冗談だ」
「笑えねぇ……」
タッくんはコホンと咳払いをして、
「回避する方法がないわけではない」
「なにか良い方法がありますの?」
「なんでも言ってくれ。私もできうる限りの協力をしよう」
「我の力で時を戻すのだ。少年が我の存在を口にする前に」
「「「「えぇぇっ!?」」」」
衝撃のあまり、全員が目を剥いた。時間も巻き戻すなんて、常識ではあり得ない。
誰もが思考が追いつかずに、唖然として目の前のドラゴンを見つめていた。
タッくんは得意げに話を続ける。
「忘れたのか? 我は時空を司るドラゴンだぞ。時を操作するなど容易いことよ」
彼らが思考を整理している少しの静寂のあと、
「すごぉ〜い!」
「あたし、みてみたい!」
先に受け入れたのは双子たちだった。まだ幼い二人はキラキラと瞳を輝かせている。夢と現実がごちゃまぜになっている年頃なのだ。
「本当……なのか……?」
「本当にできますの?」
一方、ハロルドとキャロラインは困惑を隠しきれなかった。大人になるということは、いろんな夢を諦めるということなのだ。
「無論だ。ただし、条件がある」
「条件?」
「見ての通り、我はまだ完全に力が戻っていない。なので、時を戻すには別の力が必要だ」
タッくんはピッとキャロラインを指差す。
「そこで、小娘だ」
「わたくしっ……ですかぁ!?」
「そうだ。とある事故によって我と小娘は契約状態にある。よって、お前の力を貰えば可能になるのだ。その条件は、お前の命――10年分だ」
「なるほどぉっ! そういうことですの――」
「駄目だっ!!」
「ダメぇっ!」
「ダメにきまってるじゃない!」
次の瞬間、父子が同時に叫んだ。あまりの剣幕にキャロラインはビクリと肩を揺らす。
彼女は、眉を釣り上げている三人に、おそるおそる声をかけた。
「でも……それでタッくんが守れるのなら、良いではありませんか?」
「それだけは絶対に駄目だ! 私は許さないぞ。そんなことをするくらいなら、私が処刑されに行く」
「おかあさま、しんじゃイヤぁぁっ! ふえぇぇぇんっ!」
「そうよ! あんたがいなくなったら、また、あたらしい『ははおや』がくるわ! ……あ、あたしは、べつにあんたのこと、しんぱいしてないけど」
それぞれが、思い思いの言葉で断固反対する。家族が本気で心配してくれるのを感じて、キャロラインは胸がじんと熱くなった。
「では、この計画はなしだな」
タッくんは満足そうに深く頷いた。彼としても多少は契約者のことを気にかけているらしい。
「当然だ」
「おかあさま、しなないよね? いなくならないよね?」
「大丈夫ですわよ。お継母様はレックスやロレッタと一緒ですよ〜」
「べ、べつに、あたしは、いっしょじゃなくても、いいから!」
とか言いつつも、ロレッタはレックスと一緒にキャロラインのドレスに貼り付いている。
「しかし……」
ハロルドが再び頭を抱えた。
「どうやって弁解するかを真剣に考えないとな。時間があれば、私が巨大な熊か鷹を狩ってこれるのだが……」
「旦那様、巨大生物がいれば良いのですか?」
「あぁ。やや強引だが、城の明かりに照らされてドラゴンと見間違えたのだろう……という結論にできる。あの日は王太子の婚約でお祝いムードで、密かに兵士にも酒が出回っていたらしいからな」
キャロラインは顎に手をあてて少し考え込む。
「巨大生物……そうですわっ!」
そして、顔を輝かせながら「ポンッ!」と大きく手を叩いた。
「名案が浮かびましたわぁ〜!」
「何か策があるのか?」
「はいっ! まぁわたくしに任せてください! ――みんな、可能な限り大量のオーガンジーの生地を集めてちょうだい! それと丈夫なロープがいるわ! あとは……バンブー! この国にはバンブーはありますの!?」
◇
翌日、王弟のルークがぞろぞろと騎士団を引き連れて、ハーバート家の屋敷にやってきた。
国王はドラゴンまたはもっともらしい理由が見つからなかった場合、公爵と弟がグルになって国家を欺いたと処罰するつもりだった。証人のため、騎士は全て国王の近衛団だ。
親友のハロルドは、渋い顔でルークを受け入れる。
「地獄の入口へようこそ」
「全く……俺まで巻き込むなよな〜」
ハロルドはルークたちを中庭に案内する。王弟は軍靴の音が葬送の音色に聞こえたが、親友は涼しい顔をしていたので不思議に思った。
「皆様ぁ〜! お待ちしておりましたわぁ〜!」
開けた空間には、乗馬服姿のキャロラインが満面の笑みで待ち受けていた。
「さぁさ、お立会い! これより我が家のおドラゴン様をご覧いただきますわぁ〜〜〜っ!!」
彼女はひょいと軽快に馬に乗る。手袋をはめた手にはしっかりと太いロープが握られていた。それは、馬の手綱ではなく……、
「なんだこれは!?」
ルークたちは目を白黒させる。ロープの先には、見たこともない無数の物体がぶら下がっていたのだ。
「イッツショータイム!」
――パチン!
キャロラインが指を鳴らすと、突如風が強くなった。隅っこの陰にこっそり隠れいてるタッくんが風を起こしたのである。
「はぁっ!」
キャロラインは馬を蹴り上げ、走り出す。
前へ進むにつれて、謎の物体の群れがだんだんと宙に持ち上がる。
そして、
「「「おおおおっ!!」」」
騎士たちの歓声が上がる。豪快な奥様に圧倒されて、口をぽかんと開いたままだった。
それは、凧が何十にも連なった光景だった。
凧はエイの形をして、長い尻尾が付いていた。
各大きさは大人が両手を広げたくらいで、風に揺られてバタバタとはためいている。
地面にできた影と重なって、まるでドラゴンの翼のようだった。
「これはカイトという、東方の遊びだ。夜会の日に子供たちが遊び足りないって、こっそり王城の近くの広場まで行ってたみたいなんだ」とハロルド。
「これは……確かにドラゴンだな」
ルークは感心したように頷く。
背後の騎士たちも、初めて見るダイナミックな光景に心を奪われていた。
こうして、『ハーバート家のドラゴン』は瞬く間に話題になり、キャロラインがいろんな場所へ度々披露しに行った。
その壮大な様子を数多くの貴族が目撃し、やがて噂は消えていった。
そしていつの間にか、王都の子供たちの遊びの一つとして定着していったのだった。
めでたし、めでたし。