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26 タッくん、危機一髪ですわ!①

 王宮に伝説のドラゴンが出現したという噂は、瞬く間に広がった。

 貴族たちはもちろん、平民も大騒ぎで、王都中がドラゴンの話題で持ち切りだった。


 伝説では、ドラゴンは火、水、土、風、光、闇、時――それぞれの属性を持つ各個体があり、この世界の創造者であると言われている。


 彼らは基本的には人間の前に姿を現すことはないが、数百年あるいは数千年に一度、突如顕現(けんげん)して、選ばれた人間と契約を結ぶ。


 その瞬間から契約者は特別な力を宿し、世界の破滅から人々を救うだろう。

 ……そんな神話だった。



 国王はすぐにドラゴン捕獲命令を出した。

 ここで自ら……または息子(スティーヴン)がドラゴンと契約すれば、王家の権威はこの先ずっと安泰。継承に関するゴタゴタも解決へと進むだろう。


 他国が情報を得て動き出す前に、なんとしでもグローヴァー王国がドラゴンを独占するのだ。

 契約者となると、指一つで国土を焼き尽くせる能力を得るらしい。この力があれば、他国も簡単に支配できる。


 ドラゴン捕獲作戦は、軍の総司令であるハロルドに勅命された。

 彼の任務は、伝説のドラゴンを生きたまま国王のもとへ連れて来ることだった。







 伝説のドラゴンの大ニュースは、もちろんハーバート公爵家にも伝わっていた。


「良いですかぁ〜? リピートアフタミー?」


「「「はい、奥様!」」」


「『我々は、ドラゴンなんて知りません』! はいっ!」


「「「我々は、ドラゴンなんて知りません!」


「グゥ〜ッド! 『公爵家にはドラゴンはおりません』! はいっ!」


「「「公爵家にはドラゴンはおりません!」


「グ、グ、グゥ〜ッド! ザッツライト! センキュー!」


「バカじゃないの」


 ロレッタの凍えるような冷たい声が響いた。使用人たちは笑いをこらえている。


 ハロルドは屋敷の従者たちに箝口令を出した。

 タッくんのことが露呈したら、大騒ぎになるのは必至。なのでハーバート家で団結して、何が何でも彼を守らなければいけなかった。


 従者たちも、既にマスコット的存在になっている可愛いタッくんを、見世物にはしたくなかった。国王の政治の道具なんかには絶対にさせない。


 今日はキャロラインが『緊急時の対応の説明会』と称して、屋敷中の使用人たちを一箇所に集めていた。

 そこで、『もしドラゴンのことを聞かれたらどう答えるのかシミュレーション』をしていたのである。


 大人たちが一斉に同じセリフを復唱しているのは滑稽(こっけい)なものがあった。更には5歳の子供に冷静に突っ込まれているのが面白くて、彼らはこの状況を楽しんでいた。


 ただ一人、キャロラインだけは大真面目であった。彼女は常に全力疾走なのである。


「ノン、ノン! 日頃から訓練しておくことで、緊急時に対応できるというもの。――さぁっ、もう一度いきますわよぉ〜! リピートアフタミー?」


「お前ーっ! 今度は何やってんだ!!」


 毎度おなじみのハロルドの怒号が響いた。


「あら? 旦那様、もうお帰りで?」


 軍隊はドラゴン捜索のため休みなく任務にあたっていた。なので総司令である彼は、城に泊まり込みで指揮をとっていたのだ。


「お前がまた何かやらかすのではないかと監視しにきたのだ」


 半分嘘である。彼は妻と双子に会いたかったのだ。


 ちなみに、もう半分は本当だ。この妻はいつトラブルを起こすか分からない超トラブルメーカーなので、屋敷のことが純粋に心配だった。緊急時だし。


「問題ございませんわぁっ! わたくし、女主人としてしっかりとお屋敷を守っておりますので!」


「嘘つけ! 現に今もまた訳のわからぬ妙な真似しているだろうが!」


「……」


 キャロラインはじっと夫を見つめてから、


「『旦那様は、すぐ怒ります』! はいっ!」


「「「旦那様は、すぐ怒ります!」」」


「うるせー!」


 ハロルドに急激な疲労が襲ってきた。

 ここ最近ほぼ徹夜でただでさえ疲れているのに、キャロラインの意味不明な行動に更に疲れた。


 早くふかふかのベッドに横になりたい。できればタッくんを抱きしめて、ひんやりした感触に癒やされたい……。


「だんなさまは、すぐおこります! だんなさまは、すぐおこります!」


 その時、レックスがきゃっきゃと楽しそうに言いながら、大好きな父親のもとにやってきた。彼は使用人たちの列に混じって一緒に復唱をしていたのだ。


「レックス〜……」


 ハロルドは残念そうに眉を下げる。そしてひょいと息子を抱き上げた。


「駄目だぞ。お母様の真似をしたら」


「でも、おとうさまは、『おかあさまのいうことを、ききなさい』って、いつもいってるよ!」


「それとこれとは話が別だ」


「?」


「はぁ……」


 ハロルドは深くため息をつく。教育とはなんと難しいのもだと頭を抱えた。


「旦那様、大丈夫ですかぁ〜?」


「誰のせいだと思っている」


「さぁ?」


「はぁ……」


 またぞろ大きなため息。夫婦関係というものも、()に難しきものかな。


「いいか、お前たち。ドラゴンの件は私が何とかする。だから、騒動が収まるまでは徹底的に彼を隠してくれ。『我々は、タッくんを全力で守ります』! はいっ!」


「「「我々は、タッくんを全力で守ります!」」」


「よろしい」


 捜索隊は今日も稼働している。だがドラゴンは現れない。きっと時間が解決してくれるはずだ。


 もし国王が執着するようなら、巨大動物を捕まえて、城の照明によってドラゴンが飛んでいるように錯覚したと、結論付けよう――と、彼は考えていた。



 しかし、ハロルドの計画は虚しく消え失せてしまう。


「ぼくの、おやしきには、ドラゴンがいるんだい!」


 レックスが、喋っちゃったのだ。



 

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