26 タッくん、危機一髪ですわ!①
王宮に伝説のドラゴンが出現したという噂は、瞬く間に広がった。
貴族たちはもちろん、平民も大騒ぎで、王都中がドラゴンの話題で持ち切りだった。
伝説では、ドラゴンは火、水、土、風、光、闇、時――それぞれの属性を持つ各個体があり、この世界の創造者であると言われている。
彼らは基本的には人間の前に姿を現すことはないが、数百年あるいは数千年に一度、突如顕現して、選ばれた人間と契約を結ぶ。
その瞬間から契約者は特別な力を宿し、世界の破滅から人々を救うだろう。
……そんな神話だった。
国王はすぐにドラゴン捕獲命令を出した。
ここで自ら……または息子がドラゴンと契約すれば、王家の権威はこの先ずっと安泰。継承に関するゴタゴタも解決へと進むだろう。
他国が情報を得て動き出す前に、なんとしでもグローヴァー王国がドラゴンを独占するのだ。
契約者となると、指一つで国土を焼き尽くせる能力を得るらしい。この力があれば、他国も簡単に支配できる。
ドラゴン捕獲作戦は、軍の総司令であるハロルドに勅命された。
彼の任務は、伝説のドラゴンを生きたまま国王のもとへ連れて来ることだった。
◇
伝説のドラゴンの大ニュースは、もちろんハーバート公爵家にも伝わっていた。
「良いですかぁ〜? リピートアフタミー?」
「「「はい、奥様!」」」
「『我々は、ドラゴンなんて知りません』! はいっ!」
「「「我々は、ドラゴンなんて知りません!」
「グゥ〜ッド! 『公爵家にはドラゴンはおりません』! はいっ!」
「「「公爵家にはドラゴンはおりません!」
「グ、グ、グゥ〜ッド! ザッツライト! センキュー!」
「バカじゃないの」
ロレッタの凍えるような冷たい声が響いた。使用人たちは笑いをこらえている。
ハロルドは屋敷の従者たちに箝口令を出した。
タッくんのことが露呈したら、大騒ぎになるのは必至。なのでハーバート家で団結して、何が何でも彼を守らなければいけなかった。
従者たちも、既にマスコット的存在になっている可愛いタッくんを、見世物にはしたくなかった。国王の政治の道具なんかには絶対にさせない。
今日はキャロラインが『緊急時の対応の説明会』と称して、屋敷中の使用人たちを一箇所に集めていた。
そこで、『もしドラゴンのことを聞かれたらどう答えるのかシミュレーション』をしていたのである。
大人たちが一斉に同じセリフを復唱しているのは滑稽なものがあった。更には5歳の子供に冷静に突っ込まれているのが面白くて、彼らはこの状況を楽しんでいた。
ただ一人、キャロラインだけは大真面目であった。彼女は常に全力疾走なのである。
「ノン、ノン! 日頃から訓練しておくことで、緊急時に対応できるというもの。――さぁっ、もう一度いきますわよぉ〜! リピートアフタミー?」
「お前ーっ! 今度は何やってんだ!!」
毎度おなじみのハロルドの怒号が響いた。
「あら? 旦那様、もうお帰りで?」
軍隊はドラゴン捜索のため休みなく任務にあたっていた。なので総司令である彼は、城に泊まり込みで指揮をとっていたのだ。
「お前がまた何かやらかすのではないかと監視しにきたのだ」
半分嘘である。彼は妻と双子に会いたかったのだ。
ちなみに、もう半分は本当だ。この妻はいつトラブルを起こすか分からない超トラブルメーカーなので、屋敷のことが純粋に心配だった。緊急時だし。
「問題ございませんわぁっ! わたくし、女主人としてしっかりとお屋敷を守っておりますので!」
「嘘つけ! 現に今もまた訳のわからぬ妙な真似しているだろうが!」
「……」
キャロラインはじっと夫を見つめてから、
「『旦那様は、すぐ怒ります』! はいっ!」
「「「旦那様は、すぐ怒ります!」」」
「うるせー!」
ハロルドに急激な疲労が襲ってきた。
ここ最近ほぼ徹夜でただでさえ疲れているのに、キャロラインの意味不明な行動に更に疲れた。
早くふかふかのベッドに横になりたい。できればタッくんを抱きしめて、ひんやりした感触に癒やされたい……。
「だんなさまは、すぐおこります! だんなさまは、すぐおこります!」
その時、レックスがきゃっきゃと楽しそうに言いながら、大好きな父親のもとにやってきた。彼は使用人たちの列に混じって一緒に復唱をしていたのだ。
「レックス〜……」
ハロルドは残念そうに眉を下げる。そしてひょいと息子を抱き上げた。
「駄目だぞ。お母様の真似をしたら」
「でも、おとうさまは、『おかあさまのいうことを、ききなさい』って、いつもいってるよ!」
「それとこれとは話が別だ」
「?」
「はぁ……」
ハロルドは深くため息をつく。教育とはなんと難しいのもだと頭を抱えた。
「旦那様、大丈夫ですかぁ〜?」
「誰のせいだと思っている」
「さぁ?」
「はぁ……」
またぞろ大きなため息。夫婦関係というものも、実に難しきものかな。
「いいか、お前たち。ドラゴンの件は私が何とかする。だから、騒動が収まるまでは徹底的に彼を隠してくれ。『我々は、タッくんを全力で守ります』! はいっ!」
「「「我々は、タッくんを全力で守ります!」」」
「よろしい」
捜索隊は今日も稼働している。だがドラゴンは現れない。きっと時間が解決してくれるはずだ。
もし国王が執着するようなら、巨大動物を捕まえて、城の照明によってドラゴンが飛んでいるように錯覚したと、結論付けよう――と、彼は考えていた。
しかし、ハロルドの計画は虚しく消え失せてしまう。
「ぼくの、おやしきには、ドラゴンがいるんだい!」
レックスが、喋っちゃったのだ。