25 お夜会へ行きますわ!⑤
キャロラインがぎゃんぎゃん泣いたあと、ハーバート夫妻は休憩室で身なりを整え直した。
公爵家の従者たちに抜かりはない。どんな緊急事態にも対応できるように、常に控室でスタンバイをしているのだ。
といっても、常に完璧な公爵には必要のない準備なのだが……今夜は違った。
「……!」
従者たちは絶句する。ハーバート夫妻はどんよりと気まずそうにしていた。
キャロラインの体液でぐちょぐちょのハロルド。彼女も涙で化粧が剥がれ落ちて、なんか……胸元あたりもぐちゃぐちゃしていた。
「済まないな。これからキャロラインとダンスを踊りたいのだが……」
「ごめんなさいですわ……」
数拍の沈黙のあと、プロフェッショナルたちは動いた。
「問題ございません。すぐに新しい衣装をご用意いたしましょう」
「奥様はこちらへ。まずはお化粧のお直しから始めましょう」
彼らはスピーティーに、且つ丁寧に仕上げていく。二人はこの大修羅場の中で、借りてきた猫みたいに身を任せていた。
そして二十分後、
「うわぁ〜! 素敵ですわぁっ!」
「ありがとう。さすがだ」
二人は衣装を一新。髪やメイクも整えて、王宮のパーティーに参加するに相応しい格好に戻った。
入場時は白と基調にハロルドのアイスブルーの瞳に合わせた服装だったが、今回は黒を基調にキャロラインの金色の瞳に合わせた格好だ。
ガラリとイメージチェンジした姿は、格調高くも夜会の華々しさにマッチした美しさだった。
「見て! ハーバート夫妻よ」
「あら……素敵ね」
「やっぱりお似合いの二人じゃない?」
キャロラインとハロルドが再び会場に戻ると、またもや貴族たちの注目の的になった。
到着時と対照的な黒い衣装は、金糸の刺繍がシャンデリアに映えて発光しているようだった。
夫妻は一度足を止めると、ハーバートがキャロラインの手の甲に軽くキスをした。
「キャロライン。私とダンスを踊っていただけませんか?」
「はい! 喜んで!」
視線を交わして頷き合って、ダンスホールの中央へ進む。そして身体を密着して踊り始めた。まずは緩やかなワルツだ。
「うわあぁ……!」
ダンスを囲っている貴族たちから、上品な歓声が湧く。
これまでに一度もダンスを踊ったことのない、ド下手くそと噂されているあのキャロラインが優雅に舞ってみせたのだ。
彼らは驚きを隠せず、また夫人のしなやかな動きに目を奪われた。
「あの噂って、嘘だったの……?」
「公爵家で猛練習したということかしら?」
いろんな憶測が囁かれる。令嬢時代は悪い噂ばかりで、キャロラインのことをあまり良く思っていない者たちも多かった。
でも、さっきの謝罪といい、噂と全然違うじゃないか。
「いや……。短期間でここまで仕上がることはない」
一人の貴族がぽつりと呟いた。
「公爵夫人が元からダンスが得意だったとしたら……」
周囲の貴族たちは、その先の言葉を想像して息を呑んだ。
もし、キャロラインが令嬢時代からダンスが得意としていたのだったら、王太子が彼女の邪魔をしていたということだ。
不穏な予感を孕んだ空気は、じわじわと社交界を侵食していく……。
「ここまでは問題ないな」
ハロルドはニッと口の両端を上げた。自分たちを取り囲む貴族たちの空気が変わったのを感じる。
それはキャロラインへの不名誉な噂が、好意的なものに転換したということだ。
鈍感なキャロラインは、そんな周囲の変化など気付かずに「えっへん!」とドヤ顔とする。
「わたくしに踊れないダンスはございませんわぁ〜!」
調子に乗った彼女が、ムーンウォークをしようと一歩後退りをしたところ、
――スッ!
ハロルドが長い脚を突き出して、妻の細い足首をはらった。
「ぎゃあっ!」
バランスを崩して後ろに倒れそうになる。
すかさずハロルドが抱きかかえる。
大きく身体を仰け反った大胆なダンスに周囲は沸き立った。
「今、ムーンウォークをしようとしたろ?」
彼の圧迫感あふれる声が彼女の耳元で囁く。
「わ、わたくしはそんなことしてませんー!」
彼女は否定するが、夫の鋭い視線がレーザービームみたいに彼女の心臓を貫いた。
「絶対に駄目だからな」
「分かってますわよ」
キャロラインは不服そうにむむーっと頬を膨らませたが、ふとアイデアが閃いてニヤリと笑った。
次の瞬間、
「どりゃあっ!」
彼女はリズムに乗って近付いてくるハロルドの反動を利用して、思い切り突き飛ばす。
「っ……!」
彼はぐるぐると回転しながら、2メートルほど移動した。
そのあいだ彼女は両手を伸ばしてポーズを作る。まるで相手を切実に求めているかのような、あるいは戦いを挑んでいるかのような刺激的な姿勢だ。
初めて見るダンスの形に、貴族たちはどよめく。たちまちダンスホールは、ハーバート夫妻のワンマンショーになった。
ハロルドはキレのいい回転をしながら元の位置に戻って、再び二人は密着する。
「おい! なにやってんだ!」
「旦那様、おムーンウォークだけがわたくしの持ち技じゃありませんことよぉ〜!」
二人に合わせてか、曲のテンポが速くなった。キャロラインがリードするように動き、運動神経の良いハロルドもすぐに妻の動きに追いついた。
「な、なんだ、この動きは……!?」
「パソドブレですわぁ〜! わたくし、ダンス全般が大☆得☆意ですの!」
――タン、タンッ!
リズムを弾くような、シャープな動きが続く。
キビっと動いて、ターン。
さっと素早く左に顔を向けて、バッと腕を伸ばす。
(説明しましょう! パソドブレとは闘牛をイメージしたおダンスですわ〜!)
ハロルドは最初はキャロラインに付いていくのが精一杯だったが、慣れたら今度は彼がリードしはじめた。
くるくると妻を回転させて、動かしていく。戦場で敵と剣を交える、命を賭けたダンスだった。
うねるような官能的な動きと、燃えるような激しいステップ。
社交のたおやかなワルツとは違って、情熱的な動きは見る者たちを圧倒させる。
音楽家たちも二人の世界に負けないように、勢いを上げていった。
「オ・レッ!!」
最後はドレスと礼服を見せ付けるカッコイイ決めポーズと、キャロラインの謎の掛け声。
しばらくの沈黙のあと、
「「「わあぁぁぁぁぁっ!!」」」
大歓声と拍手の波。
会場は最高潮に盛り上がった。
それは、今夜新しい『社交界の華』が誕生した瞬間だった。
主役は王太子の婚約者ではなく、ハーバート公爵夫人だ。
◇
「うわぁ〜! おとうさまとおかあさま、すっごい!」
「きれい……」
両親のきらめくダンスの様子を、レックスとロレッタがこっそりと窓の外から見ていた。
「ね、おかあさま、きれいだね! おねえさまも、そうおもうでしょう?」
「べ、べつに! あたしはパーティーかいじょうがきれいっていってるの!」
「ぼくも、おとうさまみたいに、かっこよくおどるんだ!」
「あたしだってまけないわ! フォレットこうしゃくれいじょうみたいに――ゴッホン、ゴッホン!」
二人がパーティーの様子を見下ろしながらきゃいきゃいと騒いでると、
――ぽんっ!
二人が乗っているドラゴンが猫サイズに戻ってしまった。
「小さき者たちよ、時間だ。帰るぞ」
「えぇー! ぼく、もっとみたい!」
「まだ、おうぞくをみていないわ!」
双子は王宮のパーティーを見たいと駄々をこねて、馬車で城までやって来たのだ。
さすがに会場内には入れなかったのだが、こっそり連れてきていたタッくんの上に乗って城の上から見物していた。
「我は1分しか元の姿に戻れぬ。さ、もう遅い。帰って休むぞ」
タッくんは双子の服をよいしょと咥えて持ち上げ、パタパタと馬車まで飛んでいった。
「ド、ドラゴン……!?」
「嘘だろ……?」
その夜に警備にあたっていた城の兵士たちが、伝説のドラゴンを目撃したと騒ぎ出したのは翌朝のことだった。




