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23 お夜会へ行きますわ!③

「妻は確かに謝罪をしました。――では、そちらも妻に謝罪していただきたい」


 再び緊迫した沈黙が流れる。

 公爵の唐突な強気の発言に、王太子も貴族たちも目を白黒させていた。


 しばらくの微妙な空気のあと、


「は?」


 スティーヴンは心底不快そうに顔を歪めながら、低い声で問いただした。


「なぜ、こちらが謝らなければならない? 我々はその女の被害者だぞ。むしろ、謝罪だけで済ませてもらったことに感謝すべきだろう」


「えぇ、キャロラインは頭を下げました。下の身分の者にたいして(いまし)めの範疇を超えたことは、彼女の落ち度です。ですが……」


 ナタリーはビクリを肩を揺らして、冷や汗の浮かんだ顔を伏せた。

 ハーバート公爵の射抜くような視線が、ひどく恐ろしかったのだ。


「そちらの男爵令嬢は、王族が後ろ盾なのを利用して数多くの社交界のタブーを犯しました。それはフォレット侯爵令嬢の名誉を傷付けるような行為も。


 本来、下級貴族や平民が上位の者に無礼を働くことは重罪です。だが寛容な妻は、それに対して何の処罰も与えませんでした」


「だからっ……。その女が、ナタリーに嫌がらせをするから……」


「嫌がらせ? それは高位貴族だけが立ち入りを許されている行事に、男爵令嬢が参加したのを咎めたことですか?

 また、身分を無視して男爵令嬢が高位貴族たちより常に上席にいるのを叱責したこと?」


「それは……」


 スティーヴンは口を(つぐ)む。

 これは脅しだ。公爵も過去の出来事を調査済みだということを、暗に示している。

 これ以上追求されたら、こちら側が不利になるかもしれない。


 ハロルドの瞳がギラリと鋭くなった。


「他にもございますよ。殿下のお時間がよろしければ、ここで全ての事柄について話し合いをしましょうか」


 スティーヴンの顔がみるみる青ざめていく。

 だが、ハロルドは攻撃を止めるつもりはない。カードはまだわんさかあるのだ。


「まさか()()()()()になるお方が、後ろ盾を使って他人を責めるだけ責めて、己の非は決して認めないなど……ございませんよね? 仮にもこの国の頂点に立とうという()()が」


「ぐっ……」


 スティーヴンは右手をぐっと強く握りしめた。この場に誰もいなければ、この屁理屈ばかりの男を殴り倒すところだった。


 悔しい。まさか公爵ごときにこうも言い負かされるとは。こいつのせいで今日の計画が台無しだ。


(なんとか形勢逆転しなければ……。っ……!)


 その時、彼はある()()を思い出す。

 それは公爵が今主張していることを、そのまま跳ね返す逆転の一手だった。


「公爵は、下の身分の者が上位の者に無礼を働くのは重罪だと言ったが……」


 王太子の口元が弧を描いて吊り上がった。


「今この瞬間の貴公がそうでないのか? 位の低い未熟な女性の()()()()()を必要以上にあげつらって、王族である私の名誉を貶めようとしている」


「……」


 ハロルドは黙り込む。腹の底で荒れ狂う怒りをなんとか沈めていた。

 泥で濁ったような空気が充満して、周囲に不穏な影を落としている。


 勝った……とスティーヴンは思った。だが、貴族たちの呆れを通り越した冷ややかな視線が、公爵ではなく自分たちに注がれているのに気付きもしなかった。



「おいおい。それは、暴君と変わらないんじゃないか?」


 少しして、沈黙を破ったのは王弟のルークだった。彼は騒ぎを聞きつけて、親友が心配になって戻ってきたのだ。


「叔父上!」


 普段は飄々とした彼は、珍しく真剣な顔をしていた。


「スティーヴン……。さっきから聞いてみれば、明らかにお前の言い分のほうが矛盾している。確かに王族に理論武装は必要だが、今のお前のは駄々っ子と変わらない」


 貴族たちから失笑が起こる。彼らから見ても、王太子の姿はただのワガママな子供だった。


「で、ですが、私は――」


「これ以上王族の権威が落ちる前に、公爵夫人に謝罪をしなさい。今すぐ」


「っ……!」


 圧迫してくるような双眸が、王太子を捉えた。にわかに血の気が引いて凍り付く。それは彼には未だ備わっていない()()()王族の威厳だった。


「ナタリー……」


 ぎこちない沈黙のあと、スティーヴンは(かす)れた声で恋人を呼ぶ。

 そしてヒソヒソと一言二言話したら、ナタリーはぶすっと不貞腐れた顔をしてキャロラインの前へ出た。


「……申し訳ございませんでした」


 礼儀として、深く頭を下げる。でもそれは一瞬だけで、すぐにプイと顔をそむけて王太子の後ろに隠れた。


 ――パンッ!


 淀んだ空気を浄化するように、ハロルドが大きく両手を叩く。きらびやかな夜会の再開の合図だ。


「過去のことを互いに謝罪して、これでわだかまりもなくなりましたな。我々の間には、もう何の問題もございません。――ですよね、殿下?」


「……あぁ」


 王太子は己の負けを認めたくなくて、足早にその場を去っていく。今宵の主役になるはずの男は、実に惨めな姿を晒していた。




「助かった。悪いな、ルーク」


「いいってことさ。ここらで止めないと、お前は王太子の王室費の不当な使い道まで追求するつもりだっただろ? あれは、もっと大事な時のためにとっておかないと」


 スティーヴンは国庫からの予算のかなりの額をピーチ男爵家に費やしていた。

 その他にも、恋人との婚約を結ぶために、他人の功績を男爵令嬢のものとしたりやりたい放題だったのだ。


「……全部、ぶちまけるつもりだった」


「やっぱり」彼は呆れたように肩をすくめる。「ま、それだけ夫人に本気だってことだよ、キャロラ――あれ? 彼女は?」


「えっ……」


 ハロルドが隣を見ると、妻の姿はどこにもなかった。

 いつの間にか手の平に伝わる熱も引いていて、さっきまで強く握っていた感触だけが微かに残っているだけだった。



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