20 おダンスのお稽古ですわ!②
ハロルドは目を丸くして絶句していた。
「上手すぎる……」
キャロラインの軽やかなステップはまるで妖精のようで、ターンもしなやか。姿勢がピンと伸びて、細部の動きも見惚れるほどに美しかった。
「だから申し上げましたでしょう? わたくし、ダンスは大得意と!」
彼女は「ドヤァッ!」とした表情で彼を見た。大好きなダンスができて、おまけにカミングアウトもできて、清々しい気分だ。
「君の実力は分かった。疑って悪かった。……だが、なぜ令嬢時代はダンスを拒否していたのだ?」
「……」
痛いところを突かれた質問に、彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「ま、まぁ……その……いろいろあったのですよ……」
語りたくもない、黒歴史が。
ハロルドは不思議そうに妻を眺めていたが、不意にある事実を思い出した。
(そう言えば、フォレット侯爵令嬢は王太子殿下にご執心だったと聞く。それと関係があるのか……?)
関係あるのである。恋に恋していた、超☆黒歴史が。
その時、ハロルドの胸がチクリと痛んだ。
「……?」
理由は分からないが、令嬢時代の彼女について想像すると、なんだか胸にモヤモヤした不快感を覚えたのだ。
「だ、旦那様〜……?」
弾かれるように我に返ると、キャロラインが心配そうに顔を覗き込んでいた。
と思ったら、
「もしかして、わたくしのほうがダンスが上手だから、おジェラシーを感じましたぁ〜!?」
またぞろドヤ顔で自信たっぷりに言いやがった。
――ピン!
「ぎゃっ!」
色々と気を揉ませやがって……と、彼はこれまでの気苦労をぶつけるようにデコピンをお見舞いしてやった。即ち、八つ当たりである。
「いたぁいっ!」
妻の抗議を彼は無視して言う。
「はぁ……。君が理由を言いたくなければ別に構わない。私は、ダンスごときで君が社交界で悪く言われたら嫌だったのだ。それも杞憂で良かったよ」
「えっ……?」
キャロラインの心臓がドキリと跳ねる。
もしかして、自分のことを心配して今日のダンスレッスンを組んだのだろうか。最近は王都の治安維持で忙しいのに、わざわざ時間を作ってまで。
(旦那様って……いい人!?)
彼女の中で、夫の好感度がぐんと上がった瞬間だった。でも、その奥に隠された感情は彼女もまだ知らない。
「もう二、三曲合わせれば問題なさそうだ。しかしこんなに踊れるとはな。プロフェッショナルのようだ」
「わたくし、ダンスは一番得意なんですの! まぁ、まだ発展途上ではあるのですが、こういうことも出来ましてよ!?」
キャロラインはハロルドに褒められたのがよほど嬉しかったのか、子犬のようにはしゃぎながらホールの中央へ先に走っていった。
そして、
――すいすいすいーーい!
自慢のムーンウォークを披露した。
重力に逆らうように、床を滑っていく。
(ふっ……。この世界の靴でも滑らかに動けるように密かに練習しておりましたのよ……!)
はじめは靴を改良しようと試行錯誤してみたのだが、どうやらそっち方面では前世チート能力が開花しなかったようだ。
ならば、この靴でダンスを極めようと、キャロラインは誓ったのだ!
「……」
常識ではあり得ない動きを前にして、ハロルドは目を白黒させた。
しばらく虚無状態になってカチコチに凍り付いたあと、
「なっ、なんだその動きはっ!?」
「これは、おムーンウォークですわ! わたくしの好きなダンスですの!」
「これが……ダンスなのか……?」
「こんなこともできますわよぉ〜!」
キャロラインは再びホールの中央で舞いだす。
ちょっと精神を集中させて、
――カチッ、コチッ、カチッ、コチッ!
――くねくねくねくねっ!
今度は、ロボットダンスを披露した。
(説明しましょう! ロボットダンスとは、その名の通りおロボットの動きを肉体で再現したおダンスですわ!)
ハロルドは驚愕のあまり、ロボットみたいに身体を硬直させす。もう思考が追いつかなかった。
「おまっ……」
数拍して、やっとのことで声を絞り出す。
「お前っ、なんだその動きはっ! 悪魔憑きか!?」
「おダンスですわっ!」
「っ……」
ハロルドの中にある、般常識が追い付かない。唖然として、奇妙な動きをするキャロラインを見ているだけだった。
「王宮のおパーティーが楽しみですわ〜。早く、わたくしの素ン晴らしいおダンスを披露したいですわぁ〜!」
呆然とした彼は、妻のとんでもない発言に弾かれるように目を見開く。
「まっ……! まさか、夜会でこのダンスを踊るつもりか!?」
「そうですが、何か?」
キリッと答えるキャロライン。
「『何か?』 じゃねぇよ! いいか、このムーンウォークとやらと、ロボットダンスとやらは絶対に踊るなよ!」
「えぇ〜っ! なんでですかぁっ!? せっかく生まれ変わったわたくしの大舞台ですのにぃ〜」
「駄目だったら、駄目だ! こんなの、悪魔憑きと思われて最悪火炙りだぞ!」
「むぅー。練習すれば、誰だってできますのに……」
「はぁ……」
ハロルドは大きなため息をついて、
「いいか? 夜会の当日は絶対に私から離れるな! お前が馬鹿な真似をしないか、隣でしっかり見張っておかないとな」
「あら? 旦那様、そんなにわたくしと一緒にいたいのですか? もう〜、レックスに似て甘えん坊さんさんだからぁ〜!」
「ちっ……」
ハロルドの顔がみるみる真っ赤になって、
「ちげぇよっ!!」
彼らしくない大音声の叫びが、ダンスヒールを飛び越えて屋敷中に響き渡った。