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2 わたくしの悲しい過去ですわ!

 聖子(せいこ)は、埼玉生まれ東京育ち、出会った人は大体友達になるような、とても明るく元気な大学生だった。


「はぁ……。ムーンウォークが上手くできないんだよなぁ……」


 子供の頃から身体を動かすことが大好きだった彼女は、大学ではヒップホップダンスサークルに入っていた。

 再来週には大会が迫っている。でも、テスト勉強やアルバイトで、なかなか練習時間が取れないのが悩みだった。


「あっ! そうだっ!!」


 その日、彼女は素晴らしいアイデアを思い浮かべる。


「移動中は全部ムーンウォークにすれば、練習になるじゃん!」


 思い立ったが吉日だと、家への帰り道から早速実行することにした。


「じゃすっ、びーいっ! じゃすっ、びーいっ!」


 右足のつま先を立てて、流れるように左足のかかとを後ろに下げる。無重力空間を歩いているイメージを意識して。


 すいすいすーーい、っとムーンウォークで歩道を進んで行く。


(う〜ん、アスファルトだとちょっとやり辛いなぁ……)


 ざらざらした感触に少し苦戦しつつ、自宅までの道のりを進む。しばらくすると大分コツを覚えてきた。

 順調に家に向かっていると――、


「危ないっ!!」


 衝撃波のような大声が、聖子の耳を揺らした。


「ほぇ……?」


 びっくりして振り返ると、彼女の目の前には岩の塊みたいな大型トラックが、


 今。


 ――ドンッ!!


「ポォォォオオーーーーーーーーッ!!」


 これが、聖子の最期だった。







「キャロライン・フォレット侯爵令嬢! 貴様とは婚約破棄をするっ!!」


 キラキラとシャンデリアの光が注ぐパーティー会場に、王太子スティーヴン・グローヴァーの険しい声が響いた。

 彼は目の前の人物を威嚇するように睨み付け、傍らにいる令嬢を守るように片腕で抱きしめている。


(えぇえぇっ! なんですのっ!? ですのっ!? って、なんなんですのっ!?)


 突然の出来事に、聖子――いや、キャロライン・フォレット侯爵令嬢は頭が真っ白になって立ち尽くした。


(えっ……ムーンウォークは!? ――っていうか、この格好では華麗なおムーンウォークができませんわぁっ!)


 今の彼女は、クラゲみたいにふわりと広がっているスカートに、ちょっとの衝撃で壊れそうな細いヒールの、お上品な靴をはいていた。

 これじゃあムーンウォークどころか、軽いステップを踏むのにも一苦労だ。


(困りましたわね……。せめて靴が……いえ、重心をもっと前にずらしたらなんとか……)


 ――と、どうやったら上手くステップが踏めるか真剣に考えていた彼女だったが、


「おいっ! 聞いているのか、キャロラインっ!」


 スティーヴンの怒りの込められた呼びかけに、はっと我に返った。

 おろすおそる目の前を見る。

 そこには二人の男女がいた。己の瞳孔が、ゆっくりと開いていくのを感じた。


(わたくしは……彼らのことを知っていますわ……!)


 ――そして、自分自身のことも。




 侯爵令嬢キャロライン・フォレットは、グローヴァー王国の王太子スティーヴンの婚約者だった。

 彼女は初めての顔合わせでスティーヴンに一目惚れをした。それ以降、彼が彼女の人生の全てになったのだ。


 しかし、王太子のほうは違っていた。彼は高飛車で傲慢な婚約者のことを疎ましく思っていた。

 そんなとき、仲間内のお茶会で出会った、男爵令嬢ナタリー・ピーチに一目で恋に落ちたのだ。


 そしてナタリーもまた、彼に一目惚れをしたのだった。二人が特別な関係になるのに、そう時間はかからなかった。


 キャロラインはナタリーに嫉妬をして、手下の貴族令嬢とともに嫌がらせをはじめた。

 さすがに犯罪じみたことは行わなかったが、身分の差を武器に何度も社交界で男爵令嬢を辱めた。


 ただ、男爵令嬢は貴族としての常識も持ち合わせていなかったし、王太子の威光を傘に着てやりたい放題だった。だから他の貴族令嬢たちは、侯爵令嬢の味方だった。


 嫌がらせに気付いた王太子が、「キャロラインは王太子妃に相応しくない」と、水面下で婚約破棄の準備を進めていたのだ。

 ……そこに、ナタリーの計算が混じっていたかは分からないが。



(わたくしは……スティーヴン様に婚約破棄宣言をされ、気が動転して……)


 キャロラインは混乱した頭の中を素早く整理する。一瞬で婚約者への愛情が消え去った今、目の前で繰り広げられている()()を、不思議と冷静に判断することができた。


(前世の記憶を思い出したのですわ……!)


 途端に、雷に打たれたような衝撃が彼女を襲う。たしかに自分は「キャロライン・フォレット」であり、「聖子」は記憶として今しがた思い出したのだった。


 それでも、


(わたくしは、こういう()()を知っていますわ)


 あれは、大学の夏休み。バイトもサークルも休みで特にやることのなかった聖子は、お金もないし暇つぶしにウェブ小説を読みまくっていた。


 そこでは、異世界というファンタジックな世界で、貴族たちの生活が描かれていた。彼女はいつもヒロインの悪役令嬢に感情移入をして、心の中で応援しながら読んでいた。


 そして今、キャロライン・フォレットは婚約者の王太子に婚約破棄を告げられている。

 この状況から読み取れる事実(こと)は、


(わたくし=悪役令嬢。わたくし頑張れですわっ!)


 王太子と男爵令嬢の愛の物語に求められるのなら、華麗に役を演じてみせましょう。

 悪役令嬢という、大役を!


 ――バッ!


 キャロラインは、愛用の扇を武器のように勢いよく広げる。


「な、なんだ……?」


 その堂々たる仕草に、スティーヴンはちょっと怯んだ。彼は実は小心者だった。

 彼女はすっと息を吸ってから、


「王太子殿下、その婚約破棄……あっ、謹んで〜〜〜、お受けいたしますわっ!!」


 力の限り、大声で叫んだ。


 ……沈黙。


 王太子大好きラブラブラブな、あの侯爵令嬢がこうもあっさり承諾したことに、スティーヴンはもちろん周囲の貴族たちも驚きを隠せない。ぽかんと品なく口を開けて、唖然として棒立ちしている。


 その様子は、自分以外が間抜けな脇役に見えて、キャロラインは満足感を覚えていた。


(わたくし、華麗……!)


 キャロラインは、くるりと美しく踵を返す。


「お、おい! まだ話が――」

 

 スティーヴンは彼女を引き留めようとするが、思わず目を奪われてしまう。侯爵令嬢として教育されて身のこなしに加えて、前世でのリズム感を思い出した彼女の動く姿は、ため息が出るほどに美しかったのだ。




「やばやばやばですわぁ〜〜〜っ!!」


 フォレット侯爵家の屋敷に到着したキャロラインは、早速今後の身の振り方についての計画を立てることにした。


 聖子はもちろん、キャロラインとしての記憶も持っている彼女は、一応は貴族社会についても知っていた。

 婚約破棄をされた令嬢は、修道院送りか……最悪は貴族籍を剥奪されて平民落ちだ。蝶よ花よと育てられた令嬢にとっては、死刑宣告と同じである。


 しかも、彼女の婚約破棄の相手は、この国の王太子。平民落ちになる確率のほうが高いのは、火を見るより明らかだった。


 通常なら絶望に打ちひしがれるところだが、キャロラインは違った。


「だって、わたくしには強い武器がありますから〜。前世の記憶という超チート能力が!!」


 前世ではここより高度な文明を生きていた彼女には知識があった。きっと、異世界小説みたいに、現世でも成功できるはず。


「題して、『婚約破棄された転生令嬢は、異世界で前世チート無双して王太子ザマァでもう遅い!大商会のボスになってトンカツ作って薬がポーションでモフモフモフ!』ですわ〜っ!!」



 しかし、翌日、彼女の夢は儚くも打ち砕かれてしまう。


「キャロル、お前の結婚が決まった。お相手はハロルド・ハーバート公爵だ」



 

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