表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/33

18 タッくんとの生活ですわ!

 ハーバート家に伝説のドラゴン、ジークフリード・タンホイザー・ゲオルグ・ヴォルフガング・キャロリング・ノーヴァ……通称タッくんがやって来てから、一月(ひとつき)()った。


「コラ! やめんか、馬鹿者!」


「タッくん、まって! あそぼ、あそぼ!」


 タッくんは今日も元気にレックスと走り回っていた。

 いつもの追いかけっこだ。屋敷の長い廊下をタッくんがビュンと飛んで、その後をレックスが楽しそうに追い回していた。


「あらあら。すっかり仲良しさんになりましたわね」


 二人の様子を、キャロラインが微笑ましそうに眺めていた。

 生き物を飼うことは、子供の発育に好影響を与える。乳母たちから受けた傷がまだ癒えていない二人にとって、ペットは良い刺激になっているようだ。


「小娘、我を助けよ」


 タッくんは隠れるようにキャロラインの背中に張り付いた。その仕草が小動物みたいで可愛くて、彼女はニマニマしながらドラゴンを撫でる。

 そのうちに、レックスが追いついた。


「おかあさま、タッくんをかえして!」


 継母は困ったように眉尻を下げて、


「タッくんは疲れているのよ〜。レックスも一緒に休憩しましょう?」


「ヤだ! まだタッくんとあそぶの!」


「午後は剣術のお稽古でしょう? それまで体を休めないと」


「ぼくは、げんきだい!」


「タッくんはもう休みたいって言っているわよ? お友達が嫌がることをしたらいけませんわ」


 キャロラインは「めっ!」とレックスを叱り付ける。

 それでも継子は素直に従うつもりはなさそうだ。「イヤイヤ」と首を横に振っている。


(最近は前よりワガママを言うことが多くなったわねぇ。ま、それだけ心を開いてくれているのは嬉しいんだけど……)


 乳母たちがいなくなった影響か、はたまたキャロラインに慣れた影響だろうか。ここのところ、レックスの自己主張が激しくなっていた。

 育児とは、教育学部で学んだテキスト通りにはいかないようだ。


「困りましたわねぇ……。あ、そうですわ! 良い子にしていたら、いいことを教えてあげますわ」


「いいこと!? なぁに? なぁに?」


 途端にレックスの瞳がキラリと輝く。もうタッくんのことはどこかに行ってしまって、今の彼の頭の中には「いいこと」でいっぱいだった。

 乳母のバーバラが評価したように、彼は頭が弱い――もとい、とても純粋な子なのだ。


「ふっふっふ……それはね……」


 キャロラインはちょっとだけもったいぶって間を置いてから、声をひそめて言った。


「お父様の秘密のチョコレートの隠し場――むぐぅっ!!」


 次の瞬間、彼女の小さな口を背後から白い手袋で包んだ大きな手がふさいだ。

 驚いて振り返ると、


「ひゃ、ひゃんなぴゃみゃ(だ、だんなさま)!?」


「お前……今、何を言おうとした?」


 ハロルドが凄い目力で妻を睨んでいた。完全に戦場での視線運びである。

 彼女はするりと夫の腕の中をすり抜けて逃げた。


「特に何も言っていませんわ」


「嘘をつけ。あのことをバラそうとしただろ?」


「違いますぅ〜」


「絶対に言うなよ!」


 彼女は誤魔化すように「ピュピュピュ〜」と下手くそな口笛を吹きながら彼から距離を取った。


 その隙を狙ってレックスがタッくんを捕らえようとしたが、ドラゴンはさっとすり抜けて、今度はハロルドの背中にひっつく。


「お前の息子の未来はなかなか困難だぞ。あれは将来、公爵家を過去最高に繁栄させるか、あるいは滅亡させるか……だ」


 ハロルドは伝説のドラゴンの思わぬ予言に顔を綻ばせた。


「それは、父よりも優れた人物になるということか? 親としては喜ばしいことだな」


「我は破滅させる可能性のほうが高いと考える」


「その時は、ロレッタが止めてくれるさ」


「あたし、そのころには、けっこんをして、こうしゃくけをでていってるわ」


 いつの間にか近くに来ていたロレッタが、ツンと澄ました顔で言った。


「けっこ……」


 愛娘の衝撃的な言葉に父は一瞬だけ凍り付いたが、遠い未来のことなど考えないことにした。


「そうなるかもしれないが……。その時は、レックスの妻が止めてくれるだろう。――ところでロレッタ、本当に嫁に行くつもりか? もう相手がいるのか? 誰だ? 私が知っている令息か?」


 やっぱり、遠い未来が気になってしまう父であった。


「旦那様、本日は王宮で騎士団の訓練なのでは?」


 継子(ロレッタ)が父親の質問攻めに困っていたので、キャロラインは話題を変えて助け舟を出した。


「おお、そうだった」


 ハロルドは思い出したように、懐から一通の手紙を出した。


「これは……!?」


 キャロラインははっと息を飲む。

 封蝋(ふうろう)には、この国なら誰でも知っている盾とユニコーンの紋章。それは、グローヴァー王家の印だった。


 嫌な予感がする。


 そんな彼女の微かな動揺を察知したハロルドは、申し訳なさそうにため息交じりで言った。


「国王陛下から夜会の招待状を(たまわ)った。もちろん夫婦同伴でだ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ