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12 異世界☆かくし芸大会ですわ!②

「それでね、ぼくも、『シュッ!』って、できるようになったの!」


「そうか、そうか。それは良かった」


 今夜は久し振りにハロルドと一緒の晩餐日だ。今回はキャロラインも参加して家族4人での食事だった。


 ちなみに、ロレッタと乳母のバーバラが水面下でキャロラインを排除しようと動いていたが、一家の主であるハロルドの「必ずキャロラインも参加するように」という一言には勝てなかった。


「もっとうまくなったら、おとうさまにも見せてあげるね!」


「それは楽しみだな」


 レックスは、昼に継母と一緒にテーブルクロス引きをした話を一生懸命に話していた。

 彼がこんなに楽しそうに喋ることは中々なかったので、ハロルドは息子の成長を嬉しく思いながら聞いていた。

 これも、新しい妻のお陰だろうか。


「貴族令嬢だったのに、君はおかしなことばかり出来るのだな」


「そっ、れは……」キャロラインは少しだけ口ごもった。まさか自分には前世の記憶があって、大学時代のダンスサークルで学んだことだとは口が裂けても言えなかったのだ。


「フォレット侯爵家には世界の様々な書物がございましたの。それで勉強をしたのですわ」と、彼女は咄嗟に嘘をついた。


 正直心が痛んだが、他にいい言い訳が思い浮かばなかった。この辺の設定は、今後のことを考えてちゃんと決めておこうと今さら思った。


「そうか。君は意外に勤勉なのだな」


「たっ、たまたまですわ。おほほ〜」


「しかし、そんなに凄い技なら私も是非見てみたいな」


 ハロルドも子供たちと同様にテーブルクロス引きに興味津々だった。きっと傘回しみたいに、斬新であっと驚くような光景に違いない。

 あわよくば、己も習得して子供たちと遊びたい……と思った。こんなこと口が避けても言えないが。


「あら? それでは今からお見せしますことよ?」


 彼の言葉にキャロラインは得意げな顔になって、すくっと立ち上がった。


「では、奥様。これから準備をいたしますね」


「いえ、このままで」


 動き出そうとするメイドを引き止めて、彼女は着席している夫と子に「ドヤァ!」な視線を向ける。


「皆様、立ち上がってくださいまし。わたくしがこのテーブルクロスを、瞬時に剥ぎ取ってみせましょう」





 食堂は、ざわめいていた。()()()()奥様が何かをやろうとしているのだ。


 キャロラインは先ほどまでハロルドが座っていた座席――いわゆるお誕生日席の前に立つ。

 この長方形のテーブルは、縦1.5メートル横3メートルほどの大きさで、上には豪盛な食事や色とりどりの生花で飾られた花瓶、美しいカトラリーなどが華やかに飾られていた。


 ハロルドと子供たちは、キャロラインを囲むようにテーブルに沿って立って、緊張した面持ちで彼女を見つめていた。


(新歓の時より若干サイズが大きいわね。逆に安定してやりやすそうだわ)


 キャロラインはテーブルクロスの裾をぎゅっと掴んで、サイズ感や重量を何度も確認した。


 緊張感が伝わる。周囲からゆっくりと空気が凍っていくようだった。

 それが彼女の集中力を更に高めていく。


 息を吸って、吐いて。また吸って。

 いざ。


「はあぁぁっ!!」


 キャロラインはハロルドの剣術の一閃よりも速く、シーツみたいな長い布を思い切り引っ張った。


 ――どんがらがっしゃーーん!!


 次の瞬間、ハーバート公爵家の食堂は大惨事に見舞われていた。

 陶器やガラスの割れるけたたましい音。高価な食器やグラスはバラバラになって、芸術のような見事な料理もかき混ぜたようにグシャグシャになってしまった。ここだけハリケーンが直撃したみたいだ。


「あ、あちゃ〜……ですわ。やっちまいましたわ〜……。大☆失☆敗……」


 絶望の沈黙が続いたあと、キャロラインがポツリと呟いた。


「おい……」


 すぐに背後から恐ろしいオーラを感じて、彼女はぎこちなく振り返る。


「はっ……!」


 そこには、飛び散ったソースや赤ワインで上半身がドロドロになったハロルドが、恨めしそうな顔で彼女を睨み付けていた。


「あ、あら、旦那様。ごめん遊ば……」


「お前ーーっ! ふざけるなっ!!」


 彼女が謝罪の言葉を発するより前に、公爵の怒号が屋敷中に響いた。





「はぁ……。申し訳ないですわ……」


 ハロルドが一通り怒りをぶちまけた後、キャロラインはしゅんと表情を沈めながらメイドたちに指示を出しはじめた。


「わたくしが片付けるから、あなたたちは掃除道具を持ってきてちょうだい。それから、旦那様とお子たちのお風呂と着替えの準備も」


「はっ、はい!」


「料理長……。折角の美味しいお料理を、粗末に扱って申し訳ありませんでしたわ……」


 今度は平民の料理長たちに頭を下げる。公爵夫人のまさかの行動に使用人たちはひたすら恐縮した。

 ハロルドも妻の意外すぎる殊勝な姿に面食らってしまい、しばらくの間ぼうっと彼女を見つめていた。


「おかあさまが、おかたづけをするの?」


 困惑と沈黙が続く中、レックスが口火を切る。貴族夫人が自ら汚れを掃除するなんて、聞いたことがない。


「もちろんよ。事故ではなく、わたくしが故意に汚したんですもの。責任を取らないといけないわ」


「でも……おかあさまは、きぞくなのに? そんなの、しようにんにやらせればいい、ってバーバラはいつも言っているよ」


「いや、キャロラインの言う通りだ」


 ハロルドがモップを持って汚れた床を拭きはじめる。いつの間にか上着を脱ぎ袖も捲り上げて、シャツの染みなんて気にせずに掃除を開始していた。


「旦那様!」


「おとうさま!」


「……!」


 軍隊のトップでもある公爵の行動に、今度はキャロラインたちが目を丸くした。ロレッタなんてびっくりしすぎて、口をパクパクさせている。


 ハロルドは何でもないような涼しい顔で床を拭き続ける。


「最初にやってみせろと言い出したのは私だからな。連帯責任だ」


「ぼっ、ぼくも!」


 次はレックスも雑巾を手に持った。


「ぼくが、テーブルクロスひきの、おはなしをいいだしたの。れんたいせきいんだよ!」


「まぁ! レックスは優しいのね。ありがとう」


「偉いぞ、レックス。それでこそ、ノブレス・オブリージュだ」


 ハロルドは息子の頭をポンと撫でる。レックスは父親の言葉がいつもより誇らしく感じた。


「ふんっ! ほんとにマヌケな女ね!」


 今度は、ロレッタが散らばった花々を集めはじめながら言った。


「ロレッタ、手伝ってくれてありがとう」と、キャロラインは思わず顔が綻ぶ。


「かんちがいしないで? あたしは、おとうさまのおてつだいをしているだけよ」と、彼女はツンとしたまま答えた。


「そうか。さすが公爵家のレディーだな」


 ハロルドがロレッタの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに頬を赤く染めた。大好きな父に褒められると、心がぽかぽかと温かくなる。


「本当に今回の件は反省ですわ。次は無理なく少しずつ難易度を上げてから挑むようにしますわ」


「おかあさま、しっぱいするのが、こわくないの? ぼくは、みんなの前で、しっぱいするのが、こわいの……」


「怖くなんかなくてよ? 100回失敗してもいいの。大切なのは、成功への努力と工夫ですわ」


「そうだぞ、レックス。何度失敗しても笑われても、最後まで諦めないでやりぬくことが大事なんだ。お前の努力を見てくれている人間は大勢いるぞ」


「それに、現にレックスは乗馬も剣術もだんだん上手くなっているじゃない! この調子で頑張りましょう〜!」


「うん! ぼくも、しっぱいをおそれずに、がんばる!」


「バッカじゃないの! あたしは、せいこうするまで、れんしゅうするすがたを、だれにも見せないわ。ハーバートこうしゃくけの、れいじょうが、みじめなところを見せるわけないじゃない!」


「陰で努力をするのも素晴らしいことですわ!」


「あんたみたいな、ぶざまなことになりたくないだけよ」



 こうして、大惨事だった食堂は一家の手によって綺麗に片付けられた。

 ハロルドは、こんな夜も悪くないなと思った。


 たま〜には……。

 年に一度くらいは……。




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