10 お茶会へ行きますわ!③
子供たちの視線がキャロラインに集まった。
彼女は軽く息を吐いてから、
「じゃんっ!」
フリルで飾られた白い日傘を、ポンと勢いよく開いた。
「レディース、エーン、ジェントルメーーン! これより皆様に、楽しいショーをご覧いただきますわぁっ!」
次に、両手で傘をくるくると回し始める。
「本日は、わたくしのワンマンショーにようこそですわ!」
それから、
――ポーン!
大人の拳サイズのボールを回転する日傘の上に軽やかに投げた。
「あらよっ、と!」
それから傘の柄を速いスピードで回させて、
――ころころころころっ!
ボールを傘布の上部で転がしはじめる。まるで生き物みたいにくるくると日傘の上を動き回っていた。
「わあぁぁぁっ!」
「すごーいっ!」
「かっけぇぇ!」
子供たちの大きな歓声。それは、これまでに見たことのない見事な技だった。
彼らはキラキラと輝く瞳でボールの動きを追って、「落ちるかな?」「やっぱり落ちてない!」とハラハラと、でも楽しそうに見つめている。
それは双子も同じで、継母の繰り広げる軽業に夢中で眺めていた。
「さぁさ、お立会い! ぐんぐんスピードを上げていきますわよぉ〜! お楽しみはこれからですわぁ〜!」
と、キャロラインが勢い付いた折も折、
「お前ーーっ! なにやってるんだーーっ!!」
突如、背後からハロルド・ハーバート公爵の怒号が飛んできた。
「あら、旦那様ではありませんか! ご機嫌ようですわぁ〜」
あまりの大声にビクリと肩を揺らした子供たちとは対照的に、キャロラインは今も冷静にくるくると傘の上のボールを回していた。
「わたくしのワンマンショーの邪魔をしないでくださいまし!」
余裕ありげにむぅっと頬を膨らませている。
そんな妻のケロリとした様子にハロルドはため息をついて、
「全く……。心配して来てみたら……。噂通りの紛う方なきパーティー荒らしだな、君は」
「今日のわたくしはエンターティナーですわ! お子たちの最高のエンタメを見せているのです!」
「帰るぞ。人様に迷惑をかけるな」
「――では、旦那様。どうぞっ!」
「むむっ!?」
キャロラインはボールが回り続ける日傘を、ハロルドにひょいと手渡した。
「お、おいっ! どうするんだ、これ!」
「ぐるぐるですわ、旦那様〜」
途端に傘が傾いて、ボールが宙に転げ落ちそうになる。子供たちの落胆の声。
悲しげな叫びにハロルドの胸がズキリと傷んで、
「ほっ!」
体勢を整えて、再びボールを軌道に乗せた。
「わぁぁ〜っ!」
すると、消え入りそうだった声に活気が戻る。子供たちの笑顔に、彼は胸を撫で下ろした。
――ころころころころっ!
ボールは綺麗な円を描いて回り続ける。
「凄いですわ、旦那様! 上手く回せるようになるのに、わたくしでも1時間はかかりましたのに」
「ふっ、まぁな」と、ハロルドは得意げな顔をして答える。
彼は国の軍隊を任されているだけあって、運動神経は他の追随を許さないと自負していた。
「ではっ! もう一個いってみましょ〜!」
「はぁっ!?」
ハロルドが目を見開いた次の瞬間、キャロラインは隠し持っていた2個目のボールをひょいと日傘の上に投げた。
「ややっ!」
2つ目のボールが傘でぶつかる。一瞬だけバランスが崩れ落下しそうになったが、ハロルドの見事な傘捌きで2つの軌道はだんだんと安定しはじめた。
子供たちがまたもや湧き上がる。キャロラインもフンフンと興奮しながらこの光景を見つめていた。
「初めてで2つのボールを回せるなんて、さすが国一番の剣術の持ち主ですわぁ〜!」
「これくらい朝飯前だ」と、すっかり得意げなハロルド。
彼は今ではこの状況を楽しんでいた。公爵の自分が芸を披露して子供たちを笑顔にする……なんて滑稽で素晴らしいことだろうか。
「皆様ぁ〜〜〜! いつもより多く回しておりますわぁ〜〜〜っ!!」
「「「わあぁぁぁぁぁ〜っ!!」」」
今日一番の拍手喝采が庭中に響き渡ったのだった。
◇
「ハーバートこうしゃく、すごかったな!」
「おまえ、いつもああやって、あそんでもらってんのか?」
「こんど、オレたちともあそぼうぜ!」
ハーバート公爵夫妻の愉快なエンタメショーが終わると、レックスとロレッタの周りには人だかりができた。
「きょうのドレス、とってもステキね!」
「ほんと、いつもよりはなやかで、おにあいだわ!」
「こうしゃくふじんと、えらんだの?」
二人とも普段の壁の花とは打って変わって、輪の中心で活き活きとお喋りをしている。
「おとうさまは、けんを、おしえてくれるよ! おかあさまは、じょうば!」
「ドレスはあたしがえらんだの。あたしのほうが、こうしゃくけにふさわしいファッションをしってるからね」
楽しそうな二人の様子を、少し離れた場所からハーバート夫妻が目を細めて眺めていた。
「あの子たちは、社交界で上手くいっていないと聞いていたが、杞憂だったようだ」
多忙なハロルドも、執事長から双子の報告は度々受けていた。若干、気難しい気質の二人のことが、少々心配だったのだ。
「もう大丈夫だと思いますわ」キャロラインはにこりと微笑む。「子供は、ちょっとのきっかけがあれば、すぐに仲良くなれるのです。あの子たちは今日、それを乗り越えることができましたわ」
「……それでも、君のお陰だ。感謝する」
「っ……!」
思いも寄らない夫からのお礼の言葉に、ドキリと胸が跳ねた。聖子ではなく、キャロラインとしての彼女の人生では、これまで礼を言われたことなどほとんどなかったのだ。
(な……なんでしょう、この気持ちは……)
胸の奥が温かくなったかと思ったら、今度は一気に火力が上がるように熱くなる。それは初めて覚えた感覚だった。
ハロルドは自然と口角が上がっていた。今日は来て良かったと思った。
……キャロラインの行動は、公爵夫人として褒められるものではないが。
改めてキャロラインについて考える。
彼女は令嬢時代から評判が最悪だった。社交界に疎い彼にも、その悪評が伝わってたほどだ。
だが、それは全くの出鱈目なのだと、彼は今この瞬間確信した。
血の繋がらない子供たちのことをあんなにも思い遣れる人間が、なぜ悪女だと罵られるのだろうか。
「……」
だとすれば、この荒唐無稽な噂の出所はどこだろうか。
彼女を陥れたい勢力だというのは火を見るより明らかだ。……それは、王太子との婚約も絡んでいるに違いない。
ハロルドの腹の中に、にわかに怒りが湧き上がった。
正義感の強い彼にとって、これは許されないことだった。それの中に、同情以上の気持ちが込められていることに、彼はまだ気付いていなかった。
「まだまだですわよ、旦那様っ!」
感傷に浸っていたハロルドは、妻の大声に弾くように顔を上げる。
「何がだ?」
「今日はボールが2つでしたが、まだまだ行けますわぁっ! 次は3つに挑戦しましょう! 旦那様なら5つくらいは余裕で回せるはずですっ!」
「わぁ〜っ! ぼくも、おとうさまの、かさまわしをもっと見たい!」
「おとうさまなら、ぜったいにできるわ!」
いつの間にかレックスとロレッタもやって来ていて、キラキラと瞳を輝かせながら父を見上げている。
「そうか、そうか」
久し振りに子供たちに甘えられたハロルドは上機嫌だった。
この日から、こっそりと傘回しの練習をしている公爵の姿があったとかなかったとか。