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泡沫  作者: 雨藤優
5/10

『あの子がほしい』


「3人ってね、難しいんだよ」

彼女が、恐らく無意識に少し見開いた目を、幾らか時間をかけた瞬きで元に戻すのがわかった。

僅かに開いた口からは、ついに声は出てこない。

けれど、わかる。その唇が模っている言葉の輪郭は、"何が?"




2人とか4人ならいいの。でも、3人はダメなんだ。

一緒の空間にいても居場所がない、そんな瞬間が順番に回ってくるんだよ。


2人しか知らない話題で盛り上がってるとき、私は透明人間みたいになるの。確かにそこにいるのに、誰にも見えなくなる。

私は、横に並ぶ2人の後を歩きながら別の考え事をしてる。それで、話題が変わったり話しかけられたりしたら元に戻る。


それが、順番にくるくる回っていくんだ。

今日は誰の番とかじゃなくて、暗黙の了解として。

私は他の2人と違って運動部だから、文化祭の時期とかはほとんど透明人間だよ。

それから、兼部している子が全然顔を出さないっていう愚痴とかのときも。


でもね、私はそれが苦痛じゃなかった。

"ドラッグストアでセールやってるなぁ"とか、"あの人の鞄チャック全開だなぁ"とか、"今日は水曜日だから漫画の更新日だなぁ"とかそんなことを考えながら、ぼーっと歩くのも好きだった。

それに、誰も気を遣って無理に話題を投げるわけでもなくて。

そういうものでしょう?って感じで、それが心地よかったんだ。



全員、同じだと思ってたの。

少なくともこの3人の中では、それが共通だと思ってた。

でも、違った。そうじゃなかった。



1人、突然学校を休んだ子がいたの。

半月経っても来なくて、私、担任の先生に呼び出された。

家に行って様子を見て、声をかけてほしいってことだった。一緒に学校に行こうって言ってほしいって。

私は迷ってた。学校を休んでいる間に2回くらい送ったメッセージに返事がなかったから。

けど、先生が言った。

「学校もご両親も、彼女が登校できない理由を知らないんだ。教えてもらえない」

「でも、栗田ならって言うんだ。栗田と話がしたいって。」

あ、栗田って私の名前。栗田帆波。


聞きながら、何で私なんだろうって思った。

彼女は、どちらかというと、もう1人の子と話す頻度の方が高かったから。

でも、そんな小さな違和感で断れるような雰囲気じゃなかった。

頼まれてくれないかって言葉に、頷いた。



家に入れてもらって、ちょっとだけ話して、拍子抜けするほどあっさり帰ってきた。

学校に来ない理由は、結局話さなかった。私も、自分からは聞かなかった。

席替えがあって隣同士になったんだよ、とか、そんな話しかしなかった。


次の日、彼女は学校に来た。

教室じゃなくて、保健室に。

朝、先生に呼ばれてそのとき聞いたの。

でも、呼び出された理由はそれを伝えるためじゃなかった。

来なかった理由を聞き出せたかを尋ねられたわけでもなかった。


「栗田、お前『学校に来ないのは逃げだ』って言ったか」って。

そんなわけないよ。だって、不登校の核心に触れるような会話を一切していないんだもの。

戸惑ったよ。否定した。

けれど、自分が伝えたいことが違う意味で受け取られることはよくあるとか何とかって常套句が返ってきただけだった。


「逃げてると思われるのは心外だから、こうして来た。けれど、そう言われて傷付いた気持ちがまだ癒えない。だから、帆波とは距離をとらせて」

彼女が言ったんだって。


そういうことで、私はひとりぼっちになった。

1週間足らずでまた席替えをした理由を知ってるのも、私ひとりだった。

もう1人の子は、彼女のそばにいた。彼女が教室に来る前、先生が何か耳打ちしてるのを見た。


放課後、また呼び出された。

今度は教頭先生もいた。

本当は言ってない私の発言についてお説教をくらって、心の傷はどうのこうのって長々と話された。

最終的に言われたのは、「彼女が学校に来てくれて、本当によかった。あなた、彼女の強さに救われましたね」って言葉だった。


それで終わりだと思ってたんだけど、突然、それまで黙って話を聞いてた担任が、頭を下げたの。

私にじゃないよ、教頭先生に。

「栗田は、正義感が強いやつなんです。言葉こそ間違えましたが、不登校の友人を放っておけなかったんだと思います。ただ、今回のことには驚きました。まさか、誰にも相談せず、家に行くなんて…。栗田の行動力を見誤り、予測できなかった私の責任です。申し訳ありませんでした」







次の日も、その次の日も、私はずっと1人でいた。

大体2ヶ月くらいかな。元から1人で行動するのに抵抗はなかったし。

そんな私をみて、担任が焦った。笑えるくらい1人で焦ってたよ。

それで何をしたかっていうと、私と彼女を仲直りさせようとしたの。


説得したの。また3人で仲良くしている姿が見たいんだって言って。

そのときの彼女の顔を見て、私わかったんだ。

彼女が嘘をついたのは、ひとりぼっちになりたくなかったからなんだって。

たぶん、私たちが話すときの、くるくる回る順番。

自分が会話から外されてるように感じてたんじゃないかって。

私が関わらなければ、2人でいられるでしょう?

実際、私がいなくなってからの彼女は穏やかな顔をしてたような気がする。

その人の声や表情が全部自分に向けられているってことに、きっと安心してたんだと思う。


花一匁みたいだね、『あの子がほしい』。


あ、知らなかった?ごめん。

子どもの遊びでね、2つのチームに分かれて相手集団から誰かひとりを選んでいくの。

『あの子がほしい』『この子がほしい』って相談しながら。

残酷な遊びでしょう?




それからは、前みたいに3人で過ごしたよ。

でも、戻ることなんてできなかった。当たり前だけど。


作り物の世界だよ。

友だちを思うあまり、やり方を間違えた私。

そんな私を理解して、許した彼女。

2人の間で苦しみながら気を揉んでいた、優しいあの子。

それぞれが自分の配役を理解して、演じてる。

ほんとうのことなんて、何一つとしてないんだ。



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