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泡沫  作者: 雨藤優
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潮騒のソナタ



お人形のように綺麗な顔が、静かに表情をつくる。

哀しそうに笑う。

微笑むように憂う。


「案外、ロマンチストなんだね」

細められた目にヴェールをかける睫毛の先は、真珠を乗せたように煌めいていた。



「最初は例え話としか思ってなかったよ。

でも、歩くのがあまりにも下手だったから」


ははっ、と声をあげて笑う彼女の雰囲気に、また、あどけなさが滲む。


純粋無垢、故の惨さ。

子どものように屈託のない笑顔には、残酷な事実の痕跡が散りばめられている。



「私の王子様は、誰か一人を愛するってことができない…ううん、違う。自分のことしか愛せない人だった。

誰に対しても、そうだった。

私も一緒。愛されてなんか…」


言い終わるより先に、彼女の唇に人差し指を添えて首を振った。


言わなくていい。

言葉にしたら、認めないといけないから。

認めてしまったら、もう一度、傷付かないといけないから。

溺れるような息苦しさの中に、また、沈んでいかないといけないから。





転びそうになった彼女を支えたときに、見えてしまった。

彼女の足にある、靴擦れの傷。

王子様は、歩幅を合わせて歩いてはくれなかったのだ。

愛されようとした証が、見た目よりもずっと痛々しく感じられた。





「大丈夫、ちゃんと目が覚めたから」

ガラス玉のような瞳が、多分はじめて、真っ直ぐ私を見つめる。



閉ざされていた瞼を開いた彼女の眼前には、どんな景色が広がっていたのだろうか。

何を見たのだろうか、この透き通るような瞳で。




ただ、愛されたい。

傷の上から傷を重ねて、彼の隣を歩いても。

こんなに美しい少女でさえ、それが叶わない。

あまりに残酷な現実に、けれど彼女はただ絶望するだけでは終わらなかった。



ーー自分を傷付ける人のことなんて、許さなくていい。




それが、どれだけ覚悟の要ることか。

切ないほどに、今は、解る。






「じゃあね」


また放課後、とでも言うような軽い挨拶を残して、彼女は崖の先へ進む。

「待って」とか、「また会える?」とか、喉元まで上がってきた言葉は、それが叶わないことだと直感的に理解して、泡のように消えた。



返す言葉を見つけられないまま、彼女の歩く先を見据える。

波が暴力的なまでに騒いでいるのに、そこに海の怪物はもう見えなかった。





彼女が覚束無い足取りで崖の先端に立ち、それが合図であるかのように、一瞬だけ水面が凪ぐ。



純白のワンピースを揺らしてくるりと振り向いた少女は、踊るように地面を蹴って、海の中に消えた。















東の空が白んできて、夜の終わりを告げる。


夜明けを惜しむように引いていく藍色の闇を、取り込むように息を吸う。

遥か彼方から、潮騒にのって、歌声が聴こえた。




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