戦乙女の恋 2
「よく来てくれたわね。カンナ、サアラ」
エマリアの声がけに二人はさらに深く頭を下げた。
「手がご入用と伺いました」
「何なりとお申し付けください!」
ありがとう、とエマリアはしっとりと微笑んで未だ呆然としているシルヴィアを示す。
「あなたたちを見込んで頼みたいことがあるの。シルヴィアの祝宴のためのドレスの手直しを、手伝ってもらえないかしら?」
シルヴィアとドレスという取り合わせに目を丸くした二人に「内密のことよ」と悪戯っぽく指を立ててエマリアは計画を説明する。話が進むにつれて、カンナは動揺しながらもやがて興味を引かれた真剣な目をして、前のめりになっていたサアラはきらきらと顔を輝かせて、何度も頷いた。
「多忙な時期に頼みごとをして本当に申し訳ないのだけれど、」
「もちろん協力します! むしろ私たちを呼んでくださってありがとうございます!!」
「お言葉を遮っちゃだめよ!」と血相を変えたカンナが大声で答えるサアラの袖を引く。だがそんなことで決して気分を害したりしない大らかで慈しみに溢れる王女は、二人のやりとりにくすくす笑っている。
「わたくしたちはもう密謀の仲間ですもの、かしこまらなくて大丈夫よ。お咎めがあってもすべての責任はわたくしが取るから、どうか安心して、力を貸してちょうだい」
優しい言葉に二人は姿勢を正し「ありがとうございます」と頭を下げた。
「エマリア、君だけが責任を負う必要はない。君を頼ったのは私だ」
「そうだとしても、そうしたいのよ」
シルヴィアの言葉にエマリアは首を振る。慈愛の化身のようなのにこうと決めたら譲らないところはやはりレオンの姉なのだと思う。
エルヴィールもそれを理解していて、目配せするシルヴィアに笑みを返す。彼が積極的に口を挟まないのであれば大きな問題に発展する可能性は低いのだと判断し、話を繰り返すのは止めた。
新たにサアラとカンナ、エルヴィールを加えて、ドレス選びを再開する。
先ほどまでの流れとなかなか作業が進まない現状を聞いて、シルヴィアをよく知る女官二人は苦笑した。
「確かに何でも似合っちゃうもんねえ」
「方向性を決めてしまうのはいかがでしょう? 招待客の皆様の傾向を予想して、シルヴィアが最も目立つようにお色と形を選ぶのが良いかと存じます」
「でもシルヴィアならそこにいるだけで目立つんじゃない?」
(褒められているかどうかよくわからない……)
だが彼女たちを悩ませているのは間違いない。どうしたものかと考えるシルヴィアと、あれやこれやと話すサアラとカンナ、そこに離宮の女官たちが加わって活発に意見が交わされる。
いつまでも続いてしまいそうな協議を終わらせたのは怖いもの知らずのサアラの問いだった。
「こうなったら男性側の意見を聞きましょう! エルヴィール様、どのドレスであればシルヴィアが殿下を籠絡することができると思いますか!?」
「ろ、籠絡?」
動揺するシルヴィアと「こらっ、サアラ!」と叱責する女官たちを面白そうに眺めやってエルヴィールが笑う。
「私の意見かい? そうだな……」
彼は広げられたドレスを順に見て、次にシルヴィアを見る。
「シルヴィアを目立たせる、誰よりも魅力的に見せるというのであれば、彼女の特異性をより強めるドレスがいいと思う」
「特異性、ですか?」
女官の先輩や同期から押さえつけられてもめげずに考え込むサアラを見るエルヴィールの目は優しい。隣にいるエマリアとそっくりだ。
「そう、彼女だけが持つ、誰にも真似できない特別な性質――女神であるということだ」
冗談めかした言葉にその場にいた誰もがはっとなった。
だがシルヴィアは狼狽えた。不敬だと思ったのだ。
「エルヴィール。確かに私は一応、我が主の欠片を与えられた創造物なので女神と呼称するのは間違いではないが……しかし……」
「未成熟で通常の【戦乙女】の規格から外れている? けれど、それは君の個性だろう。君は未熟で不完全かもしれないが、間違いなく戦女神ジルフィアラが創造した、小さな女神だ」
人外の格はシルヴィアの方が上位、だがこの世で生きた時間はエルヴィールの方がずっと長い。そんな彼が言わずにはおれなかったのだろう、強い言葉に自然と背筋が伸びた。
そんなシルヴィアを温かく笑ってエルヴィールがエマリアに尋ねる。
「シルヴィアの神性を引き出すにはどういう装いがいいだろう?」
エマリアはシルヴィアを見て、ドレスを見て、もう一度それぞれを見比べて大きく頷いた。
「神秘的な印象でいくなら、それとそれを試してみましょう」
こうしてエマリアの指示のもと、女官たちが動き出し、シルヴィアは着せ替え人形となった。
意匠の色味と傾向を少しずつ変えながらいくつかのドレスに絞り込み、髪型を考え、靴を選び、飾りを吟味して印象を整える。『神性を感じさせる』『神秘的にする』『女神らしく』という方向性が示されたおかげでこれまでのように著しく悩むことはなくなり、最終的に完成した三つの案を全員で検討した。
それを一つに絞り込んだ頃には、すっかり日が暮れていた。途中で休憩を挟んでお茶と軽食は取ったが、どうやら誰かを着せ替えるという作業は時間を忘れるほど楽しいものらしく、全員が疲労を感じていられないほど興奮状態にあった。早々に衣装の手直しをせねばならないというのに、作業と関係のない話まで飛び交うものだから賑やかというより騒がしいと表現した方がいいような有様で、シルヴィアはそれが嫌いではなかった。
「衣装の直しが終わったら最終確認のためにもう一度集まりましょう。そのときの当日の打ち合わせも行います」
そんなエマリアの言葉でお開きとなったが、部屋に戻りながらサアラとカンナは仕事の分担の話をしていて、早速作業を始めるつもりらしい。今後しばらく何度か呼び出すかもしれないと言われて、喜んで協力すると応じて二人を送り届けたシルヴィアも、長い一日を終えて自室に戻った。
一人になると、まるで世界が変わったかのように静かになった。
だが胸の奥が熱く、じっとその温もりを感じていると目の奥から溢れ出してしまいそうになる。ずっと大事に抱いていたいと思える、形を持たないが素晴らしく美しく価値のあるものがそこにあった。
(助けてくれる者たちがいる。当たり前のように無力な私に手を差し伸べてくれる)
嬉しい。情けない。愛おしい。ありがたい。感情の欠片がきらめいて輝く渦になっていた。
この恩に報いるためには、彼女たちの助力を無駄にしないこと。
祝宴に出て、レオンの妃選びを必ず阻止するのだ。




