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王の戴冠 7

 王城の聖堂に一歩足を踏み入れば、厳かすぎるほどの静寂さがレオンを包む。


 今回戴冠式を執り行う役目を任じられた戦女神神殿のエルギ神殿長が祭壇に立ち、以下、国内に位置する各神殿の長が参列し、先頃の訪問で関わりを持った竜神殿のグイヴ神殿長の姿もあった。

 その他戴冠を見届けるのは国内外の要人。賓客となる近隣諸国の王族やその名代。レオンの即位とともに王位継承者となる第一王女のエマリア。エヴルセム大神殿から名代として竜騎士エルヴィール。レオンの後見人であったゼイン女公爵に、ジェイス公爵をはじめとした第一等の貴族、騎士団を代表してアリエスがおり、国民の代表に職人組合の組合長と副組合長が二名。


 付き添いの者たちが各々の場所に控えると、レオンは聖職者たちを連れて祭壇へ進む。


(あっという間だったな。思いがけないことが多すぎたとも言うが)


 父王の早すぎる死はレオンにとって大きすぎる試練だった。いま少し父の側で様々なものを見聞したり遊学したりして自国の発展に役立つ力を付けたかったが、自由に旅することもままならぬ身となると目の前の諸問題を片付けるのに手一杯になってしまった。

 予想もし得ない出来事は、しかし苦難や逆境だけではなかった。仕立てたばかりの儀礼服に身を包んでいるであろう【戦乙女】を思い、レオンはひそやかに笑う。最も思いがけないというなら、彼女との出会いがそうだった。


 そのとき並び立つエマリアとエルヴィールを視界の端で捉えて、胸が震えた。新王となる姿をこうして姉に見届けてもらえる日が来るとは。深い見識と愛情を持つ王女配を得て美しく幸福そうに微笑んでいてくれる、奇跡のような瞬間が訪れていた。


(神よ)


 参列者が頭を垂れる間を進み、辿り着いた祭壇の前で跪く。

 神に祈ることなどほとんどないが、いまこれだけは伝えたい。


(銀の【戦乙女】を遣わされた貴方がたに心より御礼申し上げる)


 主神アンブロシアス。冥界神セシア。戦女神ジルフィアラ、そして数多の神々よ。

 その存在が序列の低い名もなき神の末端でも貴方がたにとって他愛のない創造物であろうとも。

 貴方がたが人にするように。人が人を祝ぐように。自分がその命を祝福しよう。


(――彼女を生んでくれて、ありがとう)


「光り輝く我らが主神、あまねく神々に謹んで申し上げる――」


 人の王が誕生する、その宣言でもってレオンはヴィンセント王国の国主となる。

 王冠を戴き、王の剣を受け取る。

 漆黒の鞘に収まった古剣は、職人を遇する王国にふさわしくいまなお損なわれることなく厳しい輝きを放つ。愛剣の傍らにそれを帯び、一同を振り返って宣言した。


「我、レオン・エヴァルト・ヴィンセントは、ヴィンセント王国国王として即位したことをここに宣明する」

「新王に祝福あれ」


 祝福あれ、と聖職者たちが唱和した、それを合図として鐘が鳴り響く。その音はやがて街へ伝わり、点在する大小の神殿や祭祀堂が続いて鐘を鳴らし始めた。この音を聞いて数騎の伝令が国内各地へ、新王即位を知らせるために散っていったことだろう。


 聖堂を出て部屋に戻るまでが即位式だが、入ってきたときよりは幾分か気が楽になっていた。退出の際は涙を浮かべるエマリアとしっかり目を合わせて笑いかけ、エルヴィールに姉を頼むと視線を送る。聖職者と賓客には感謝を込めて順に目礼し、臣下や民にはこれからもよろしく頼むと頷いた。


 聖堂を出ると、眩い空がある。


(やはり、見届けてもらいたかったな)


 思いを馳せるこの瞬間も、世界は間違いなく美しく輝いていた。






 王城の大聖堂が鐘を鳴らす。王都のすべてがその音色に耳を澄ませ、次の瞬間わっ、と大きく湧いた。


 垂れ幕や花で飾られた王都は歓喜に満ち、着飾った市民も外からの客人も商人や芸人もみんな、国王陛下、新王陛下万歳、ご即位おめでとうございます、と城へ届けようとするかのように祝福の言葉を叫んだ。

 さざなみのように鐘の音は伝わり、やがて近くの聖堂が次々に鐘を鳴らし始め、新王即位を告げるための早馬が秋の草原を駆け抜けていく。


 この新王即位の報が『計画』開始の合図となる。


 儀礼服を着て、城壁の上からそれらを眺めていたシルヴィアの唇は自然と弧を描いていた。


(光。溢れる、光)


 一つに結った髪を風になびかせて、黒い瞳に映るもの、そして遙かを見渡して唱える。




 ――レオン。君が守りたいこの世界は、紛れもなく美しい。

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