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青銀の蕾 2

 春の嵐、とやらではないはずだが、シルヴィアの日常も嵐のごとく騒がしくなっていた。

 レオンのこと、エマリアとエルヴィールのこと、サアラとカンナのこと、そしてランディのこと。考えること、考えたいことが積み重なっている上に、自分自身について思考し行動せねばならないとなると未熟なシルヴィアにはお手上げで、結局懸案事項を頭の隅に置きつつ毎日目の前にあるものをひたすら処理していくほかない。

 不慣れな事柄に遭遇するとその傾向は顕著になった。


「……そこまで」


 指示を受けてぴたりと動きを止めると、礼儀作法の教師役であるマルドール伯爵夫人が悩ましげに首を振った。


「まだだめか」


「言葉遣いがなっていません」と鋭く注意が飛び、ため息を飲み込んで求められる言葉を吐き出す。


「まだ、いけませんか?」

「努力は感じられるのですが、いま少し足りません」


 エマリアの離宮で礼儀作法の指導を受けることになったシルヴィアは、現在歩き方や起立と着席などの一般的な動作を反復させられている。

 だがどれだけやっても及第にならない。

 丁寧な動作や言葉使いの知識を得たが、自身がそれを行うのは非常に落ち着かない。型に嵌められているような不自由さと、自らを弱い生き物だと偽証している感じがするのだ。エマリアたちが同じように話していてもそう思わないので、恐らく【戦乙女】であるシルヴィアの特有の感覚なのだろう。


(会得するのがまったくの無駄というわけではないが、相手の油断を誘う場合でもなければ使うことはなかろうな)

「惜しいことです。これまで指導した誰よりも記憶力に優れ、実行できる能力をお持ちなのに、何故ここまで優雅さに欠けてしまうのか。まるで人形を無理やり動かしているかのよう……」

「けれど初めてだったシルヴィアがここまで動けるようになったのは素晴らしいことですわ。さすがはマルドール伯爵夫人だと感服いたしました」


 部屋の離れたところで様子を見守っていたエマリアの言葉に、伯爵夫人はいいえそんなと頭を垂れて謙遜した。


「実践できなければ意味がありません。わたくしの指導力不足でございます。王太子殿下の御即位式には間に合わせますので、何卒ご容赦くださいませ」

「あなたもシルヴィアも無理はしないようにね」


 いたわりの言葉をかけて、エマリアは微笑む青い瞳をじっとシルヴィアに向ける。


「本当に不思議ね。歩いたり座ったりするだけなのに、ここまで受ける印象が違うのだもの。注意されたところはできているように思えるのだけれど、淑女らしくなるよりさらに騎士らしい印象になっていくのは何故なのかしら?」

(淑女らしい……)


 思い出したのは、ミシェリアだった。

 小柄で華奢で可愛らしい彼女は、いったいどんな風に話し、動いていたのだったか。一目見た瞬間に「可憐だ」と思える雰囲気をどのように溢れさせていたのか。


(いや、模倣しても意味がない。身に付けるなら誰よりも美しい、誰もが認める優雅な所作がいい)


 それを落ち込んでいると見たのか、エマリアはしかし気遣っているとは思わせないほど自然に笑ってシルヴィアの両手を取るのだ。


「だから次は『このように動きたい』という理想通りにできればきっと大丈夫よ。あなたに負けないよう、わたくしも頑張らなければ」

「君は最初から問題なく優雅だったが、まだ努力するのか。勤勉だな」


 いつもの口調で言った瞬間にマルドール夫人に睨まれたが、エマリアが「ありがとう」と嬉しそうに言うので口を挟むことはしなかった。こうして場を読むことも貴人には必須となる能力らしく、思いがけず戦うより巧緻な技能の訓練を行うことになったシルヴィアは、多忙な現状と目の前のことに集中せざるを得ない状況に、密かにため息を飲み込んでいる。


 礼儀作法の指導が終わって離宮を辞すと、今度は騎士団舎で行われる訓練に参加する。

 剣を振ったり跳んで躱したり、思い切り身体を動かすのは気持ちがいい。相手を再起不能にしてはならないので注意する必要はあるが、見られることを意識したり、美しくあらねばならないなどと考えたりしなくてもいい。己の技を研ぎ澄ませながら、相手の技術を高めるためにはどうすればいいか考える方がずっと気が楽だった。


 すると解放感から高揚状態にあったシルヴィアと騎士や隊士たちとの打ち合いは、見学者に「荒れているなあ」と評されてしまった。


「何か嫌なことでもあった?」


 一息ついて汗を拭うシルヴィアに声をかけてきたのは、金の髪を短く切り揃えた花剣騎士団の団長シェリー・メリアだ。

 ほとんど男性で構成されている近衛騎士、王国騎士、黒剣隊に混じって鍛錬を続けてきた花剣騎士だが、エマリアの公務復帰に伴い、彼女たちは本来の役目である警衛や随伴を行うようになったことでより訓練に熱が入っているようだ。花剣の騎士たちは以前からよくシルヴィアを指南役に指名してくるが、シェリーはその中でも熱心な一人だった。


「いや、特に嫌な思いはしていない。やらねばならないことや考えねばならないことが多くてどうしようかとは思っているが」

「ああ、忙しそうにしているみたいだね。エマリア殿下の離宮で礼儀作法や舞踏の練習をしているのを見たよ」


 花剣騎士はエマリアの警護や巡回のために離宮にやってくる、そのときのことだろう。苦悩する教師役たち、困ったように微笑むエマリアという光景を思い出し、シルヴィアは苦く笑った。


「不格好だっただろう。マルドール夫人に毎回嘆かれている」

「さっきの戦いぶりを見ていると、確かにちゃんと動けているのに妙にぎこちなかったな。でも私はシルヴィアらしいと思った」


 それは初めての意見だ。興味を惹かれて尋ねた。


「『私らしい』とは、どういう意味だろう?」

「改めて言葉にすると難しいけれど……自分を曲げない感じ、かな」


 それでは言葉足らずと知って、シェリーは彼女が見たという光景を思い出しながらよりわかりやすい表現を探している。


「人にどう思われても気にしない。自分をより良く見せたいとか、素晴らしいと思われたいなんて少しも考えていない。そのままの私が私だっていう力強さがあった」

「そのままの私……」

「ええ。だからシルヴィアにとっては優雅でいるより強いことの方が大事なのかもしれないね」


 マルドール夫人の求める所作にならないのは自分では気付かない部分に原因があるのだと思っていた。だから第三者であるシェリーの『より良く見られたい、素晴らしいと思われたいと考えない』ことは大いに改善を要するだろう。


「ありがとう。参考になった」

「どういたしまして。私でもシルヴィアに教えられることがあるのは何だか嬉しいな」


 人間より優れているように設定された【戦乙女】だが、突出しているのは性能や能力のみと言っても過言ではない。心の成長に伴い、思考が複雑化し、己の心や感情を正しく理解できなったとき、答えや導きを与えてくれるのはいつだって関わりのある第三者、いまならシェリーや、レオンやエマリアのような人々だ。


「君たちの生き様は常に私の大いなる学びだ」


 崇高な美しさを形作ったならそんな微笑みになる。

 そのことに気付かないまま魅入られるように見つめるシェリーににこりとしたシルヴィアだったが、近くで休憩していた騎士たちの声にふと我に返った。


「あ、ジェイス公爵令嬢だ」

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