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運命の君 12

 それからはシルヴィアも持ち場、という名の簡易救護所に向かった。

 浅い傷はほとんど塞がっていたが衣服はあちこち破れていたし流血で汚れていて、サアラとカンナに診察を受けるべきだと言われてしまったのだ。未だ涙の名残のあるサアラに泣き出しそうな顔で「手当てして」と言われて抗えるはずがない。

 魔竜との戦闘で大なり小なりの傷を負ったのは滞在中の護衛たちがほとんどで、宿舎の一画に簡易救護所を設置し、一行に同行していた医師と、神殿に在籍している医師神官と薬師たちが治療を行っていた。

 そこで医師神官の診察と処置を受けたシルヴィアは、その後カンナとサアラと合流して、簡易救護所内の負傷者の治療を手伝った。


「痛っ、痛い痛い痛いって!」

「このくらいで喚かないで。黒剣隊の名が泣くわよ」


 顔馴染みの黒剣隊の者の腕を取り、サアラが擦過傷と創傷を負った腕を水でびしゃびしゃと洗うと、勇猛なはずの剣士の情けない悲鳴が上がった。


「いや、もうちょっと優しくしてくれって! 少数精鋭とはいえあの竜の数に対して、この程度で済むくらいに頑張ったんだからさあ!」

「優しくするのは殿下のお役目! 私の仕事はあんたたちに二度と無茶はしないと思い知らせること、よっ」

「ぅあ痛っ!? よ、容赦ねぇえ……」


 ばっちん! とたっぷり薬を塗りつけた湿布を音高く貼り付けると、剥がれないよう包帯を巻いていく。それを観察していたシルヴィアは思わず呟いた。


「案外手際がいいな」

「そりゃ、子どもの頃から怪我ばっかりの馬鹿の手当てをしてきたからね。そう言うシルヴィアも思ったより上手よね?」

「我が主から救護の知識を与えられているからな。実践を重ねていればある程度のものになる」


 こうすればいいと知っていることと実際に行動してみることとの乖離を解消すれば、その行為を技能として習得できる。【戦乙女】はジルフィアラによって人の世に送り出される理由はそこにあるのだろう。多種多様な生命、環境、状況によって経験した様々なものが【戦乙女】の能力として開花するのだ。

 そして面白いことに、シルヴィア自身、技能によって習得の速度と習熟度に差があることを感じていた。わかりやすく言えば、得意不得意があるのだ。

 たとえば騎士団舎で時々行われる遊戯の一つである球技のように、身体を大きく動かす行為は習熟が早い。試合の規則を覚えることも簡単だ。だがサアラやカンナがやっているような、美味しいお茶を淹れる、裁縫をするなどは上達しづらいと感じる。いまこうした負傷者の手当もそれなりにできるのだが、医師のような熟練者になるには時間がかかることだろう。


 だからサアラの手際の良さには感心したのだ。本人が言うように、幼少期からかなりの数をこなしてきたのだろう。


「サアラの言う『馬鹿』とは誰のことだ?」

「っ!!」

「痛ででででッ!」


 サアラが息を飲むのと、包帯を締め上げられた哀れな患者の悲鳴が上がるのは同時だった。折が悪かったのだと察した「あ、すまない」というシルヴィアの声をかき消して、「サアラっ!」「うわー! ごめんー!」と互いに必死な絶叫が上がる。

 あたふたと解いた包帯を再び、今度は適切な力加減で巻き終えるのを見届けてから、シルヴィアは再び彼女に尋ねた。


「その『馬鹿』とはそのように動揺を誘う者なのか?」

「どどどど動揺とかしてないしっ!」


 しているじゃないか、と指摘するのはまずいと、先ほどのことを思えば察するのは容易だった。周りもそう思ったのだろう、先ほど手当てを受けた騎士がやれやれと息を落としながら口を開いた。


「ランディだろ? 同郷の幼馴染みなんだっけ」

「そうなのか?」


 問いかけて、おや、と思った。サアラはわずかに染まった頬を膨らませ、ふてくされたように目を逸らしている。

 だが話し込むには簡易救護所は不適切だ。誰か手伝いを、という医師神官の声に、サアラは話を切り上げて行ってしまった。シルヴィアも手が空いているならと手伝いの者に頼まれて、薬を補充したり飲み物を配るなど動き回ることになったので『馬鹿』の話題はひとまずそれきりとなった。


 再びその話になったのは夜、食事を持って部屋に戻ったらサアラがおらず、彼女の戻りを待っていたときに「そういえば」とカンナが口を開いた。


「さっきサアラとランディが幼馴染みだという話をしていなかった? サアラにもだけれど、ランディにもあまりその話をしないであげて。色々と複雑なようだから」

「わかった。だが、避けるべき話題にしてはあの二人は仲が良いように思えるが、何か理由があるのか?」


 同郷の幼馴染み、という関係性がどのような距離感なのか、シルヴィアには想像しかできない。だが先ほどレオンを探していたときのように、サアラは何かあれば必ずランディに声をかけているようだし、顔を合わせないようにしているというわけでもなさそうだ。

 疑問だらけなのがよくわかったのか、カンナは少し考えるようにしながら教えてくれた。


「私も、よく知っているわけではないけれど……サアラはリース男爵家のお嬢様、ランディはお父様が騎士爵で生粋の貴族じゃないという生まれなの。ただどちらの家の方も非常に仲がよくて、サアラもランディも子どもの頃は身分なんて関係なく親しくしていたんですって。サアラの言葉を借りれば『親友みたいに』」


 親友みたいに、毎日遊んで、悪いことをしたら一緒に叱られて。そんな日々の繰り返しで。


「でもお互いに将来のことを考えなければならなくなった年頃になると、少しぎこちなくなってしまったみたい。そのうちランディはお父様の伝手で士官学校へ、サアラは王宮に女官見習いとして上がって、しばらくした頃に王宮に再会したんだと話してくれたわ」


 だがそれは不和の理由のすべてにはなり得ないのではないか。首を傾げるシルヴィアにカンナは憂いを感じさせる目で淡く微笑んだ。


「二人がどう思っているのかは、本人たちにしかわからないけれど……お互いになんだか気まずいままでいるんじゃないかと、私は思うわ」

「気まずい?」

「昔のように親しくしたい、けれど相手も自分もすっかり変わってしまっていてどうしていいかわからない……そんな風に見えるの。だから二人とも昔の話に動揺してしまうのだと思うわ。折り合いがついていないことを指摘されたように感じるのではないかしら」


 カンナが複雑だと言った通りだった。なかなか理解が難しい話で、シルヴィアはしばらく考え、自分なりの答えを出した。


「つまり、二人とも仲良くしたいと思っていないわけではない?」

「最後にどうなるかはサアラとランディ次第だけれど、そうだったらいいと思うわ」

「ただいまあ! もうお腹空いて倒れそう……あっ晩ごはん!? 私の分は?」

「ちゃんといただいてきたわ」

「ありがとう! 戻ってくる途中で、神官のおばあちゃんが大変そうに荷物を運んでたのを見かけて手伝ってたら、すっかり遅くなっちゃった」


 さっきの出来事のせいで若い人たちがみんなで払っちゃってまだ戻って来ないんだって、といつもの調子で話すサアラに相槌を打ちつつ、シルヴィアとカンナはこっそり視線を交わして、先ほどの会話が内密のものであることを確かめ合った。

 神官たちが焼いたパンと、菜園で取れた野菜のスープという食事を終えていつもならお喋りが始まるのだが、最も話すはずのサアラは豊富な話題の代わりに「ふわぁあ……」と大きな欠伸を披露し始めた。

 竜神殿に到着し、落ち着く間もなく魔竜の襲撃に遭遇し、その後の対処に追われたという目まぐるしい一日だったのだ。疲れていて当然だった。


「そろそろ休んだ方が良さそうね」

「カンナの言う通りかも……ものすごく眠い……」

「無理はしない方がいい。私と違って、君たちには十分な休息が必要だ」


 シルヴィアは二人の寝支度をするよう告げると、食器など片付けを請け負って厨に向かった。厨の担当者に指示されて食器の洗浄をして返却する。


「ごちそうさま。とても美味しかった」


 王城内の料理人にいつも言っていることを告げると、担当者はおやという顔をして、嬉しそうな笑みを返してくれた。

 そのまま部屋に戻ってもよかったが、未だ慌ただしい雰囲気を感じ、神殿周辺を見回ることにした。

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