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運命の君 7

 頭を殴られ締め付けられ揺さぶられる激しい力で呼吸がままならず身体が反り返る。痛いのか苦しいのか判然としないまま、身体の内側を思いきりかき混ぜられているようなおぞましい感覚が声なき悲鳴となって迸った。


「シルヴィア!?」


 横にいたレオンが支えてくれたおかげでひどい倒れ方をせずに済むが、思いがけない苦痛に吐き気を覚えてシルヴィアは呻く。

 視界が明滅する。気分が悪い。世界全体が震えているようだ。意識が遠のきかけ、自身の存在があやふやになる。


(これは、まずい)

「シルヴィア! おい、どうした!?」


 シルヴィアを抱えてレオンが叫んでいる。

 レオンにもグイヴにも異変はない。

 ならばこれはやはり【戦乙女】が有する能力への干渉だ。


「わ……た、し、は……だい、じょうぶ……」


 支えながら呼びかけるレオンの腕を掴み返し、震え声で答える。


「それ、よりも……みんな、を…………避難、と、戦闘準備、を……」


 レオンが視線を走らせるとグイヴが頷き、人を呼んだ。呼びつけられた者たちに早急に神殿に入るよう伝える声を聞きながら、シルヴィアは襲いかかってきた力に抵抗し、自らを立て直す。


「すま、ない……狙い撃ちに、された……」


 しっかりしなければという思いを強くしながら、先ほどよりもしっかりとした声で答えようと力を振り絞る。姿勢を戻すと不快感は残っていたが、意識がばらばらになるような苦痛は薄れていた。


「何をされた? 何が、来る?」


 は、と吐いた息は少し笑ってしまっていた。シルヴィアの不確かな警告を一瞬にして信じたレオンの、そういう、決断力の高さが好ましく思えたからだ。


「力を――精神に干渉する力で、私を攻撃した者がいる。あれは恐らく……」

「神殿長!」


 疾走で静寂を踏みしだき、礼儀を失して扉を開け放った青年聖職者は、だがしかしこちらを見た途端に崩れ落ちてしまった。グイヴは顔色を変えて神官たちに駆け寄る。


「どうしました、何があったのです?」

「ま、ま、魔物の群れが、エマリア殿下を……!」


 それを聞いたシルヴィアとレオンの行動は早かった。同時に立ち上がって青ざめた彼に問いただす。


「落ち着け。姉上に何があった? どこにいるんだ?」

「さ、散歩がしたいと、神殿の周りを散策し……お許しください、お許しください殿下! 遠くから見ていることしかできず……!」


 神殿の外。それだけを聞いて、シルヴィアは飛び出した。廊下ではなく、背後の窓の方へ。


「シルヴィア!」


 開け放った窓から飛び降りたシルヴィアにレオンが叫ぶ。


「姉上を頼む! 俺もすぐに行く」


 立ち止まらなかった代わりに速度を上げたことで答えになったはずだ。

 状況を俯瞰するため、地を蹴って神殿の屋根に上がる。その異変はすぐに捉えられた。

 神殿を取り囲む岩場に集うもの、それに囲まれる小さな人影たち。

 見つけたと思うよりも早く疾駆したシルヴィアは屋根を蹴った反動で弓矢のごとく彼女たちに集るそれを断った。


「っは!」

[ギャァアッ!]


 劈く悲鳴と驚愕を縫って降り立つ。


「無事か、エマリア」

「シルヴィア!」


 座り込んでいるエマリアと彼女を支える二名の女官に危害が加えられていないことを確認して、少しだけ息をつく。だがいつまでも安心してはいられない。シルヴィアとエマリアたちを取り囲むのはただの魔物ではないのだ。

 鱗に覆われた巨体に短い手足、のたうつ背には蝙蝠に似た皮膜の翼が生えている。

 今日のこの日にこんなものと遭遇するとは、因縁めいたものを感じずにはいられない。


「――地の竜種。魔に堕ちたものか」


 この世の構成はいくつかの属性に分けられる。すべての生き物は自身に最も適した属性を有し、その力を巧みに操った。

 地の竜はその名の通りに地の属性を司る。竜種の中では小型に入り、飛行能力は持たないが、強靭な身体と強い生命力を持ち、討ち取るのは決して容易くない。


 そんな竜たちのギャアギャアと耳障りな鳴き声が降り注ぐ。エマリアは白い顔で気丈にしていたが、二人の女官は怯えてすすり泣いていた。魔物、それも堕ちた竜どもに囲まれて無事で戻れるとは思えないだろう。


 かつて竜族は二つの派閥に分かれた。主神アンブロシアスと志を同じくし、世界を守るもの。そして魔神ディセリアルに降り、己が力を思うままに奮い、支配者たらんとするもの。

 前者は、神に列せられたエヴルセムのように守護者たらんとした。神代の記憶と知識を有するものとして、血を継ぐ血族のものたちと隠れ住み、ひそやかに平穏を支えている。

 後者は堕ちた竜、魔竜と呼ばれる。ディセリアルの領域である魔界から、破壊や愉悦のために人の世に現れて欲望を満たそうと暴虐の限りを尽くす。その瞳は堕落の証として彼らが求めて止まない血の紅に染まるのだ。


 その紅の瞳の魔竜が、一体、二体、三体……神殿の上から見た際に確認できたのは十体。シルヴィアたちを囲んでいる。ここは、まさに死地だった。

 だがシルヴィアはそれらを一体ずつ睨み上げると、口の端に笑みを浮かべながら堂々と言い放った。


「喚くことしかできぬ小物どもでは話にならん! 頭目を出せ! 貴様らがここに来た目的が言えるのなら用向きを聞いてやらぬこともない!」


 そう言って視線をエマリアたちのもとへ走らせた。すると接近していた魔竜は爪を使うことなく、悲鳴を上げる彼女たちを脅すようにギャアギャアと吠えた。さすがにシルヴィアの隙を突くことはできないと考えたのだろう。

 それらを眺めやって確信する。


(この魔竜どもを統率している者がいる)


 神殿内にいたシルヴィアを狙い撃った力。あれは神代から生きる古い種が有する感応の力を変転させた、言うなれば精神干渉の魔力波だ。

 そのような力を使う者なら【戦乙女】の存在を感知できるだろう。脅威となるシルヴィアや能力者たちを排除するために魔力波を放ち、先鋒隊を放って様子を見るだけの知恵が回る。

 恐らくそれが頭目だ。どこかでこの声を聞いているはずだと思い、シルヴィアは剣を構えた。


「出てくる気がないか? では出てこずにはいられないようにしよう――この場にいるすべての竜をセシアの元へ送ってやる!」

[――勇まシイことダ]


 ぶわりと風が立った。

 いや、風だと思ったのは魔力の波だ。善き力に似た堕ちた力が、大気の流れと同じく草木や岩場を吹き上げる。感覚の鈍い人間でも感じ取れる、強い魔力。


[よく吠えルではないカ。ジルフィアラの人形メ]


 硬い岩を擦るようなぎりぎりざらざらとした不愉快な声。人間以外の種が人の声に模して発声すると快い音にならないが、それ以上にこちらを揶揄して嘲る響きがシルヴィアに嫌悪を覚えさせる。

 他の竜を押し退けて一際巨大な竜が地を這ってくる。


[人形ごとキに狩られる我ラと思うテか? 愚カ、愚か]


 魔に堕ちた地竜、長と呼ばれる個体が、くつくつと笑う赤い目でシルヴィアを睥睨した。

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