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運命の君 6

「ご多忙な王太子殿下と【戦乙女】様を年寄りの無駄話に付き合わせるわけには参りませんので、早速本題に入らせていただきます。竜の剣の持ち主の所在に心当たりはないかとお問い合わせをいただいておりましたが、まずそこから始めましょう」


 レオンは茶器を置き、頷いた。


「ああ。何か知っていることがあれば教えてほしい」

「恐れながら、まず理由をお尋ねしてもよろしゅうございますか?」


 グイヴは思わず注視してしまうほどの厳しい眼差しをレオンに向けている。


「エヴルセムの神剣とその使い手は竜族と血族の方々の秘儀にございます。王太子殿下であろうと易々と明かすわけには参りませぬ。何故、竜の剣と持ち主をお探しになっておられるのか?」


 レオンは目を背けることなく堂々と答えた。


「我が姉、エマリアのためだ」


 そうして彼は、エマリアを苛んでいる原因が竜の呪いであるとシルヴィアが指摘したことを説明した。また竜の呪いを解くことができるのは竜の剣であること、その裏付けを求め、剣の持ち主の所在を尋ねるまでここに来たと話した。

 シルヴィアもそれが間違いではないと頷くことで肯定し、口を開いた。


「彼らに情報を与えたのは私だ。そのために君たちの聖域を騒がせたことは如何様にも詫びる。謝罪の証を示せというのなら言う通りにしよう。だから彼らに協力してやって、っう!?」

「お前は……だから、お前の責任じゃないと言っているだろうが」


 頭を押さえる力に抵抗しながら上目遣いにレオンを睨む。


「そうはいくものか。私は見た目こそ少女だが、自身の言動に無責任であれるほど幼くはない」

「だとしても、責任を取れなんて誰も言っていない。だからお前のそれは思い違いだ」

「思い違い? だったらここにいることをどう説明する。私の発言が君たちの行動を誘発した。君たちがここに来ることになったのは私が与えた情報が原因だ。その事実は揺るがない」

「事実なら納得するのか? だったら言ってやる。俺を唆せるような技術は、お前にはまったく、これっぽっちも備わっていない」

「なっ……!」


 シルヴィアが言葉に詰まった瞬間、グイヴの豪快な笑声が険悪な雰囲気を吹き飛ばした。


「ふあっはっはっはっ! お二方とも、仲がよろしいようで何よりでございますな」


 嘲笑されているように感じてシルヴィアは険しい顔で吐き捨てた。


「仲がいいように見えるのか。目と耳が悪いのではないか?」

「シルヴィア」


 レオンに窘められる。さすがに言い過ぎだと気付かされて「すまない」と詫びるが、消えないおかしみに肩を震わせるグイヴはすっかり初対面のときと同じ好々爺に戻っていた。


「申し訳ありません。少し脅かしすぎたようですな」

「こちらこそ、見苦しいところを見せた」

「いえいえ、貴重なお姿を拝見できて楽しゅうございます」


 くすくすと笑ったグイヴは咳払いをし、ふうと大きく息を吐いた。


「意地の悪い質問をしてしまったことをお許しください。こちらも確信をいただきたかったのです。エマリア殿下が、エヴルセムの呪いを授かっていることを……」


 レオンが顔色を変える。「どういうことだ」と尋ねる声は感情を律してはいたが、その内心は決して穏やかではないとシルヴィアはこれまでの経験から知っている。


「姉上が竜の呪いを受けていると、あなたは知っていたのか?」

「かつての診断が虚偽であったのではないかという疑っておられるのですね? ――いいえ。誓って、あのときの誰一人として嘘偽りを申してはおりません。当時はエマリア殿下の虚弱の原因が竜の剣の呪いであるとは誰も気付きませんでした」


 幼少期から虚弱なエマリアのために原因と改善方法を探すためにあらゆる者を頼ったのだ、とレオンはシルヴィアに簡単に説明していた。医師、薬師、呪術師に占い師。もちろん聖職者たちも。

 そしてグイヴは、エマリアの成長とともに呪いが育ち、彼女が十分に成長したいま、他の者にも感じ取れるほど呪いの力も増したのだと説明した。それはかつてのシルヴィアの説明を裏付けるものだった。

 しかしシルヴィアには疑問がある。


「だがそこまで力を増した呪いに、何故いままで誰も気付かなかった?」


 その問いにグイヴは首を振った。


「お気付きかと存じますが、この国は善き力が届きにくい地です。その力を借り受けられる者、魔法使いと呼ばれる者が生まれることも非常に稀なのです。そのような国にあって幼少期よりご静養を続けられるエマリア殿下が、ご成長の後にも呪いを看破できる者と遭遇する確率は低いと推察いたします」


 レオンは頷き、深く息を吐いた。視線を落とした表情は暗く、懊悩の翳りが彼を取り巻いているのが見える。不運だった、仕方がない、そんな言葉では片付けられないものがレオンの内にあるのだ。


(だが……そこまで気付かないものか? まるでこの国が神の力を操る術を持たない者ばかりでできているかのようだ)


【戦乙女】には能力差があり、大抵は武具の扱いに長けていて善き力を扱う才能は高くはない。シルヴィア自身も身体機能は飛び抜けているが、人の世で魔術と呼ばれるそれを使うことはできず、神々に近しい力を感じ取る以上のことは不可能だった。

 ヴィンセント王国の状況がどのようなものか比較対象がないため推し量ることもできない。だがこのとき間違いなく、奇妙な、という印象と違和感を覚えた。


「呪いが強まるにつれて姉上の状態は悪化し、このままでは命に関わる。間違いないな?」


 シルヴィアははっとし、グイヴが鎮痛な面持ちで首肯するのを見た。その優しく温かくしかし儚い影を秘めた微笑みを思い出したとき、気付く。

 同じように笑っていたエマリアの、温かさと影。


(……エマリアが、自らの容態が悪化しているとわからないはずがない……)


 なのに馬車の中では楽しげで常に笑顔を絶やさなかった。シルヴィアのことを気遣いさえした。王族らしく聖職者たちの前で振る舞っていた。それは彼女が驚異的なほど強靭な心の持ち主だからこそできる行いだった。

 レオンが何故それほどまでに姉を思うのか、理由の一つを知れた気がした。肉親というだけではない。唯一の家族だから、庇護すべき弱者で、彼が王族だからというのもすべてではない。エマリア・セラフィーラ・ヴィンセントという人間が得難いほど美しい心の持ち主だからなのだ。彼女の存在は間違いなく王となるレオンを支えている。


(エマリアを失ってはならない。絶対に)


 シルヴィアにとっても、エマリアはこの世界と人を学ぶための大きな手掛かりになる。ならば如何な神の呪いであっても彼女の命を奪われるわけにはいかない。


「グイヴ。今代の所有者は何処の血族だ?」


 この問いにグイヴは驚いた後、納得した顔になり、レオンは不思議そうな顔をした。


「『何処の』とはどういう意味だ?」

「竜の血族の系譜がすべてエヴルセムに繋がるわけではない。それぞれの血族には祖となる竜がいる」


 竜とは、現在もなお神代の事象を記憶するものの、本来は人間と等しくこの世に生み出された生物に分類される。その中で最も賢き者、主神アンブロシアスと冥界神セシアの意志に添うとして神に列せられた竜がエヴルセムだ。竜族は主神の決定に従ってエヴルセムを竜の長と認め、従うことにしたのだった。


「現代では、竜は長命と力、竜の血族はその血に由来する能力ゆえに異質なものと見做されたため、多くの者が隠れ住み、他者と交わるときは決して自らの力の由縁を明かさないという。『何処の』と尋ねたのは、いずれの竜の血族かによって所在が絞れる可能性が高くなるからだ」


 だがさすがにこれは記録に残せない。残してはならない。知る者も少数だ。神代の種である竜がいまなお生きていて、その居場所が知られようものなら何が起こるかわからない。欲深い人間たちに狩られたり、力を求める者によって血族が略奪されるなど悲劇が起こりかねないからだ。

 竜の剣も同じ。不老不死を与える竜の剣は、その性質ゆえに数多の者に狙われ、数々の悲喜劇を引き起こす。シルヴィアの知識にあるのは、竜神エヴルセムから剣を授かった後、人の王の娘に籠絡されて剣を奪われて殺された初代だ。奪われた剣は後に戦いの火種となってその国を滅ぼすに至り、『白百合国の悲劇』と呼ばれて記録されている。


「このようにして竜にまつわる事柄は、竜の剣の持ち主の人となりも、所在も、その血の縁も厳密に秘匿されている。もし知るものががあるとすれば、竜神殿くらいのものだ。違うか、グイヴ?」


 そこまで言って、ふうと息を吐いた。これまでになく長々と喋ったせいでいささか疲れたが、グイヴを見れば好々爺の笑顔にぶつかった。


「シルヴィア様は博識でいらっしゃる。私がご説明するまでもありませんでしたな」

「我が主の祝福だ。竜の剣の持ち主について教えてくれ」


 グイヴはシルヴィアではなくレオンを見た。そして微笑みを残したまま、遠くのものを語るようにして静かに口を開いた。


「これからお話しすることはいと高き方々にまつわる事柄でございます。どうか翼を持つ方々に危険を及ぼすことはないと、どうかお約束いただきたい」

「竜神に誓う」

「私も、我が主ジルフィアラに誓う。もしこの件で竜の血族に危機が及ぶのなら、私が彼らの剣の一振りとなろう」


「さっきからお前は」「この誓いは私の覚悟だ」と言い争いかけるレオンとシルヴィアだったが、ふふっとグイヴの笑う声にそれどころではないと思い出して互いに口を噤んだ。


「ならばこれは、神々のさだめであるのでしょう」


 グイヴは牙の象徴を胸に抱き、大きく息を吐いた。


「――お探しの者は、いと高きエヴルセムの一族の方でございます。焔牙山のエヴルセム大神殿に神殿騎士として所属し、竜騎士として世界の守護に尽力しておられます」


 神殿騎士は神殿に奉られる各々の神の名の下に力を行使することを許された戦士たちだ。戦うことに優れ、高潔な精神を有する、信仰心の厚い神々のしもべであり、神託に従って敵を討ち、人の世を守護する。ジルフィアラの【戦乙女】と同じ在り方をする者たちと言えるだろう。


「御名を、エルヴィール。竜の神剣をお持ちになって三百余年と窺いました」


 三百年とレオンが呟き、シルヴィアはエルヴィールという名を記憶した。


「その者はいまどこにいる?」

「恐れながら、そこまでは存じ上げないのです。エルヴィール様は神殿騎士ではありますが、エヴルセムの神託を受けて各地を飛び回っておられ、所在を掴むことは非常に困難です。焔牙山ならある程度は把握していると思うのですが……お力になれず申し訳ありません」


 深々の頭を下げるグイヴに、レオンはいや、と首を振った。


「出身と名前がわかっただけでも大きな前進だ。焔牙山にはもちろん、周辺国の竜神殿にも問い合わせているから、その返答から何かわかるかもしれない」

「私からも所在がわかる者に連絡を取っていただけるよう、焔牙山や各国の竜神殿にお願い申し上げてみましょう。竜神殿ならばそのうちエルヴィール様がお立ち寄りになる可能性もあるかと思います」

「レオン、それなら私が捜索に出、」


 ヴィンセント王国から竜騎士エルヴィールを捜索するために旅に出よう、そう告げようとしたときだった。


「――――ッ!?」


 突如殴られたかのような衝撃を受けてシルヴィアの息が止まった。

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