無意味
僕には友達がいる。僕の周りを彩る、僕にとってはかけがえのない友人たち。言うまでもなく大切だし、言葉にする必要もなく親切だ。しかし、あの人たちがいつも喋っている相手は僕ではない。当然だ、僕は友達相手に嘘を吐いているのだから。だから、彼らが友達だと思っているのは飾り付けられた偽物の僕であって、化けの皮をかぶった見せ物の僕なのだ。そう考えれば、僕に友達などいないのかもしれない。いや、きっといないのだろう。いるわけがない。友達がいないのだから親友もいない。
僕はずっと独りだ。本当の自分を皆に見せていないのだから、そんなのは当たり前だ。自分を曝け出さずに、それでも自分を理解してくれだなんて、吐き気のするような我儘にすぎない。かといって、自分を曝け出せば、周りからは間違いなく疎外されるだろう。当たり前だ、僕はイカれたポンコツなのだから。皆僕を気持ち悪がるに決まってる。実際僕だって自分のことが気持ち悪い。
そんな僕が生徒会に誘われるだなんて、世も末としか言いようが無いな。
霧断さんに生徒会に誘われた次の日の昼休み。僕は屋上に来ていた。媛姫も鷹島も今日も部活の昼練習があるそうだ。そんなわけで屋上で1人で昼御飯を食べていると。
「あら、待たせたわね。」月見さんが来た。いつもどおりの無表情で、いつもどおりに無感情な声で。
「別に待ってませんよ。」僕がそう言うと、月見さんは僕の隣に座って、あらそう、と頷いた。
「最近見かけないと思ったら、また急にこんな所に来るなんて。どう、あなたの学校生活に何か変化はあったかしら。」
これは間違いなく嫌味だろう。彼女が僕自身であるのだから、僕が変化などすることは出来ないだなんて事、彼女には分かっているはずなのだから。
「さぁ、どうでしょうね。僕には分かりません。……変化かどうかは知りませんけど、生徒会に誘われはしましたよ、一応。」
そう言うと、月見さんの時間が停止したかのように、箸を動かす手がとまった。「え…?生徒会…?あなたが…?……ぷっ、アハハハハハハハハハ!」
そして大爆笑。…まぁ予想はしてたけどね…。
「…失礼だとは思いませんか?」
「フフッ、ごめんなさい、あなたがとてもおもしろい夢物語を聞かせてくれたからつい、ね。」
まぁ自分でも滑稽だとは思っていたけれど、月見さんに笑われるとどうもな…。まぁ、僕と同類である月見さんだからこそ笑うことが出来るのかもしれないけれど。
「それで、どうするの?入るの?生徒会?」
漸くおさまったのか、いつもの余裕ある笑みを讃えながら、月見さんは聞いてきた。
「それはまだ決めかねてますけど…月見さんならどうします?」
「私だったら?そうねぇ……。」
そう言って考えること数分。
「入るわね、生徒会。」
「へぇ、それはまた以外ですねぇ。あなたなら断ると思っていたんですけど。」そう言うと、月見さんは心外だと言うように僕を睨んできた。
「それがどういう意味なのかは聞かないでおくけれど…そうねぇ、理由ぐらいは話してもいいでしょう。」そう言って彼女は一拍おいて、
「実験のためよ。」
と、いつもどおりの無表情で無感情に言った。
「実験?何のですか?」
「私のような人間未満が、果たして校内の生徒を導くことが出来るのかどうかについてのね。」
成る程。確かにそれには僕も興味がある。何よりそれ程面白い光景もないだろう。ニュアンスとしては、ネズミが猫を先導する様なものだ。滑稽極まりない。
「というか、あなた私の意見なんて聞かなくても、もう決めてるんじゃないの?…いや、これは言い方が悪かったわね。あなたもう自分がどうするのか分かっいるんじゃないの?」
確かにそうだ。月見さんの意見を聞くまでもなく、僕の意志なんか関係なく、僕が生徒会に入ることなんて分かり切っていた。僕に意志なんかないから。周りに要求されたら、その通りにする僕に、意志なんてあるはずが無いのだから。
「まぁそうなんですけどね。興味本位ってやつです。気分を害したのなら謝ります。」
「別にそんなことはないけれど…まあいいわ。ほら、そろそろチャイムがなるわよ。戸締まりは私がしておくから、あなたはもう行きなさい。」
そう言って月見さんは立ち上がった。
「そうですか…では、よろしくお願いします。」
僕も言われた通り屋上をあとにした。
放課後なった。
「麗梨、今日は一緒に帰りませんか?」
「別にいいよ。」
媛姫からこの誘いを受けるのも久しぶりだな…なんて考えながら媛姫と一緒に下駄箱へ向かう。そこから正門を出ていつもの帰り道へ向かう。
「そういえばテストももう二週間前だけど、どう?もう勉強始めたの?」
「それなりに…といったところですの。まぁまだ本格的には始めてませんわ。」普通の高校生が過ごす普通の時間。媛姫は楽しそうに笑っている。きっと本当に楽しいのだろう。僕なんかと過ごす時間が。それに比べて僕は。今この時間が苦しくてしょうがない。
「麗梨?聞いてますの?」「!あ、うん。聞いていたよ?」
媛姫から疑いのこもった目で見られる。……怖い。
「まぁいいですわ…。また最初から言います。」
そう言って媛姫は呆れたように大きくため息を吐いたあと、また口を開いた。
「麗梨は、その…身近に自分の事が好きな人はいると思いますか?」
そんな人いないよ。僕の身近な人に限らずね。だって自分が無いんだから。そんなやつのことを好きになれるわけがない。
「どうだろう…僕には分からないかな。」
ほらみろ、またそうやって自分の意見を出さないんだろう?曖昧な返事で自分の正体を隠すんだろう?だから僕には何もないんだよ。「…それじゃあ、仮にいるとしましょう。そしてその子が告白してきました。その時麗梨が断った場合、その子とそれまで通りの関係でいられますか?」
それはおそらくは僕にあまり関係の無い質問。その質問に答えたところで、意味なんかないのだろう。
だって、そもそも前提条件があり得ない。僕に告白?僕の事が好き?吐き気がする。僕はまだ誰かに好かれるだなんて幻想を抱いているのか?バカらしい。
「僕は…」
それでも僕は自分を隠すだろう。自分を偽るだろう。自分に偽るだろう。今までだってそうしてきた。これからもそれが変わることはない。僕はそういうものなんだから。
「僕はたぶn「麗梨〜〜〜〜〜!久しぶり〜〜〜!」急に背後から声がしたので振り返ってみれば、そこにいたのは鷹島だった。
「久しぶりって…さっき学校で会ったばかりだろ?」「そんなこと言うなよ麗梨〜。ところでさ、さっき部活の先輩にお前には才能があるな、盆栽の。なんていわれたんだけどさ、これってすごい言葉だよねだって盆栽と凡才の掛詞だぜ思わず先輩に言ってやったよ凄いですねってさ。」
…鷹島、それは暗に部活やめろって言われてるんじゃない?
ていうかさっきから背後から出てる殺気を感じていない鷹島の方が凄いと思うよ…?
「た〜か〜し〜ま〜さ〜ん?」
「ひ、ひぃ!?」
あ、後ろから頭を掴まれた…。
「あなたはどうしていつもいつも私の邪魔をするんですの〜?」
「ええっと、わたくしめは別にあなた様の邪魔をするつもりでは…ただ麗梨がいたから声かけようかな、な〜んて……。」
「言い訳はいりませんわ。」
手にぐっと力を入れる媛姫。
「そ、そんな!邪魔をした理由を聞いてきたからお答えさせていただいただけですけども!」
「黙りなさい…永遠に。」その刹那。媛姫は頭を掴んだまま鷹島を後ろへ投げ飛ばした。そして遥か後方からは爆発音……爆発音!?「それでは麗梨。行きましょうか。」
そのあとはやたらと機嫌の悪い媛姫と何も話さず帰った。……怖かったよう。
「ただいま。」
扉を開けて家の玄関へ入る。鍵は掛かっていなかったので、おそらくは妹がいるのだろう。伯母さんが来ている可能性もあるが、さすがにこんな急には来ないだろう。
「麗梨くん…………おかえり……。」
それだけ告げると妹は僕の前から駆け足で離れていった。昨日から妹の様子が変な気がする。恋煩いとかいうやつだろうか。僕にはよく分からないけど。
リビングへ入るとすでに夕食ができていた。そして紙が一枚。妹の字だ。
《今日は早めに寝ます。麗梨くんは先にお風呂入ったりしていてください。それではおやすみなさい。》
ちょっと待って欲しい。まだ午後6時だよ?早すぎない?今日はよっぽど疲れたのかな。
とりあえず先にお風呂に入ることにした。
お風呂はいい。いろんな事を忘れられる。今日あった辛い事も、嬉しい事も全て。僕のがどういう存在なのかすら忘れられる。
そう言えば生徒会どうしよう。いつ参加する旨を伝えようか。いつでもいいかな。今週って言ったってあと3日もあるしね。
そろそろでようかと思ったその時。
あの衝動がきた。
そろそろ限界を感じていたので覚悟はしていたけど。「あはははっ。あはは。あははははははははははっ………………。」
僕は時々自分の行いがとてつもなくバカらしく思えて笑うことがある。狂った様に笑って、縋った様に笑って、困った様に笑う。
それは自分を偽る代償だろう。自分の行いに耐え切れなくなる。
つまりは僕はそういう人間なのだ。無理を積み重ねて、下劣に醜く下等に卑しく生きている。何とも無様な有様だ。
そんな状態なのに、事もあろうか僕は生徒会に入ろうとしている。本当に下らない。吐き気がするなぁ。