無策(3)
はい、大分遅れてしまい、申し訳ありませんでした…。
僕の思想は矛盾する。僕の思考は矛盾する。そんなのは当たり前の話だ。だって、僕はいつだって自分の思考を後付けして、自分自身を納得させて、自分自身を騙くらかしているのだから。しかも後付けする理由が、自分を正当化するためじゃないから余計に性質が悪い。何せ改悪しているのだから。
このように僕はいつだって矛盾しているけれど、しかしだからと言って、今の後付け思考をやめることはないだろう。矛盾していようが、その時僕が最も出したくない解がでるよりはマシだから。僕には正解するよりも、誤解するほうが居心地がいいから。僕には僕自身が正解していると誤解するほうが都合がいいから。答えはない、なんてカッコいいものではなく、答えはいらないという子供の単なる駄々こねだ。つまりは僕はどうしようもなく間違えた、いや、どうしようもなく誤り方を間違えた、どうしようもなく謝り方を間違えた存在なのだと、そういうことだ。
陸上部部長。藍満にとっては部活の先輩であり、僕にとってはただの先輩に当たる。
「天津…。部活をサボってデートだなんて、ずいぶん偉くなったものね。」
「………。」
押し黙る藍満。日曜は一年生は部活はないはずだし、そもそもデートじゃない。そうはっきり言えばいいのに。
「黙ってないでなんか言いなよ天津。何ならそこの可哀想な彼氏君でもいいよ…って、あんたはあの時の…。」
どうやら僕の存在には今気付いたようだ。
「どうもお久しぶりです、先輩。」
取り敢えず挨拶をしておく。友好な人間関係は挨拶から始まるってこの前本にもテレビにも…
「あんた何でまだいんの?うざいから消えてくんない?」
僕はもう二度とメディアを信じない。
「ていうかあんた、生徒会に入るんだって?アハハッこのゴミな天津に好かれるようなクズなあんたが、本当にバカみたいね。」
心底可笑しそうに笑う先輩。その顔は見てるだけで不快になるような、毒々しい所謂嫌な笑顔だった。
「先輩、この人のことを悪く言うのはやめてください…。」
いつもの姿からは想像もつかないような、想像を絶するような声で、恐る恐る、おどろおどろしく、戦々恐々といった様子で、それでも僕を、こんな僕ごときを弁護する藍満。
「あら、あたしあなたに喋るなんていう大層なことを許したかしら?」
そう言って先輩は、藍満の想いを踏み躙る。いや、触れてすらいない。おそらくは見てすらいないだろう。触りたくもなければ、見る価値もないと言わんばかりの目を藍満に向ける。そう、まるで僕が僕自身に向けている目のように。
そう思った途端に、ふつふつとよく分からない感情が渦巻いてきた。熱く、煮えたぎるような…焦り?
「先輩、もういいでしょう。何でいちいち絡むんですか。」
またしても、自分の感情に耐えられなくなって、口を出してしまった。先輩と藍満の問題なのに。僕は部外者であって、妨害者でしかないのに。僕のくだらない情念に、僕の取るに足らない感情に、どうして二人の問題に口を出す権利があるのだろうか。いちいち絡むのは僕の方だ。
「何、あなたまた口を出すの?何の関係もないあなたに、一体私に何を言う権利があるのよ。」
まったくだ。そもそも僕には何一つとして権利と呼べるようなものは存在しない。
「でも先輩、あなたに何の権利があって天津さんをけなすんですか?」
じゃあ僕自身、何の権利があって生きているのだろう。
「権利?こいつをけなす権利なんて誰でもが持っているわ。あなたでさえもね。」
権利?そんなのは持ち合わせている分けないだろう。「なるほど。では先輩はその権利を得るためにどんな義務を果たしているんですか?」
権利もないのにどうして生きているのだろう。
「義務ぅ?あんた真剣な顔してバカじゃないの?」
それは僕が権利を無視して生きる権利を手に入れているからだろう。嫌気がさすような、吐き気がするような代償を払い続けているから。
「分かりました。もういいです。天津さん、行きましょうか。」
僕は強引に藍満のてを引いていく。
「え、ちょっと…。」
あわてた様子で転びそうになる藍満。彼女の手は冷えきっていた。
「あら、逃げるの?止めはしないけど。」
先輩は楽しそうに笑いながら言う。
「逃げるといわれても、そもそも僕は戦っていたつもりはないですけどね。」
少なくともあなたとは。
「フン、まぁいいわ。さようなら、ゴミクズカップルさん。」
僕達は先輩に背を向けた。
「………。」
「………。」
お互いにあれから無言だ。気まずいかもしれないけど、今の僕には丁度いい。
「あのさ…告君…麗梨。」ふいに、藍満が僕の名前をささやくように、呟くように僕の名前を呼んだ。
「何ですか、藍満?」
「あんたは私を助けようとしたの?だったら…。」
余計なお世話よ、と僕が聞き取れるギリギリの音量で、それでも助けを求めるように、僕を見上げてくる。僕は藍満を助けようとしたのか?いや、そんなはずがない。だって少なくとも、あの時沸き上がった感情に、藍満のことなど全く入っていなかった。藍満のことを全く考慮しない、自分勝手な行動。
でも違う。今の藍満が求めているのはそんな言葉じゃない。
「違いますよ。僕は藍満を助けたかったわけではありません。僕は僕を助けたかったんです。藍満が苦しんでるのを見ているだけだなんて、僕も苦しいじゃないですか。」
嘘吐きめ。本当はそんなこと欠片も思ってないくせに。苦しんでるのを見ていられなかっただと?そもそもお前に藍満の感情を理解できていたのかよ。人間以下のお前にさ。自分が苦しかったからだと?つまりお前が苦しまなきゃ誰が苦しんでも構わないと、そういうことだろ?ホント、ものは言い様だな。
藍満は茫然としたあと、何も言わずに走り去った。
僕には何も言えない。自らの計画性のなさを呪いながら。無限に無意味で無鉄砲でありながら無難な僕の無策さに呆れながら。
次回はシリアスな番外編になりそうです。
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