無難
久々の投稿ですね。
楽しんで頂けたら幸いです。
僕は弱い。いつも自らの保身の事を考えて行動している。常に自らの保身の事を念頭において考える。
これは僕がたまらなく臆病であることを示している。弱い故に強いを恐れ。臆病であるが故に勇敢を妬む。汚いが故に美しいを遠ざける。僕はこの世のありとあらゆる負の感情を持ちながら、世界を騙し騙し生きている。
いや、もしかしたら世界は僕の偽装を見破っているのかもしれない。その上で僕の姿を、僕の行動を、僕の思考を嘲笑っているのか。だとしたら、なかなか世界も捨てたものではないかもしれない。化け物の鑑賞マナーってものを、ちゃんと弁えているのだから。
土曜日の朝。
「麗梨くん…起きてください…。」
久し振りに妹に起こされた。
「うん…おはよう、静香。」
久し振りだったので、少し気まずい。次の言葉が浮かばない。
「朝食…できてますから…。」
そう言って気まずそうに部屋を出ていく妹。…それでも、朝起こしに来てくれるようになっただけでも良かったと思う。
いつも通り少し伸びをしてから、下へ降りてキッチンへ向かう。そしていつも通りのいい香り。うん、何があったのかは知らないけど、少しずつ回復してきているみたいだし、このまま何もしなくても大丈夫かな。「それじゃ静香、食べようか。…いただきます。」
うん、朝食も最高においしい。コーンスープは体を芯から温めてくれるし、ガーリックトーストの焼き加減も絶妙。本当においしい。さて、そんな幸せな食事の後、いつものように部屋で着替えて玄関へ。今日は珍しく、妹が先に待っていた。
「麗梨くん…行きましょう…。」
「うん、行こうか静香。」そうして二人で歩きだす。ぎこちない会話ではあったけど、口も聞いてくれなかった昨日までとは偉い違いだった。
そんな風ではあっても、妹との懐かしい会話を楽しんでいたとき。ドドドドドド〜〜〜!という音が聞こえてきた。
「ごきげんよう、麗梨。」「ああ、媛姫。おはよう。」
「石崎さん…おはようございます…。」
やっぱり媛姫だった。
「あら、静香さん。少しですが元気になったようですね。」
あの僅かな挨拶だけでそのことに気が付くなんて、本当に大したものだよなぁ。そんなわけで、僕は少しだけどいつもの日常に帰ってきた。…この表現なんか微妙だな…。
さて、昼休み。僕は媛姫と鷹島とでお昼ご飯を食べていた。
「そういうわけでだな、麗梨、俺が思うにディープパープルとワム!だったらどちらかと言えばMCハマーなわけよ俺としてはそう言えばパワポケ12の発売を記念して現在絶賛パワポケ10をやりこみ中!方法的懐疑を用いた結果考える私の存在は絶対である!なんつって〜。」
もはや何を言っているのか分からないレベルにまで達した鷹島。神はお前だよ…。
「鷹島さん…喧しいですわよ?」
そして鷹島の目に突き刺さる割り箸。
「ギャーーーーー!!!」鳴り響く鷹島の悲鳴。そして爆発音。……なんで!?「媛姫…最近鷹島への対応がひどくない?」
「これがデフォですわ。」媛姫に微笑み掛けられながら威圧された…。媛姫の微笑みからは純粋な善意しか感じられないのに…。
因みにその後鷹島は3時間ほど起き上がれずに保健室行きだったそうだ。保健室遺棄とも言うかもしれない。
まぁその事は置いといて、鷹島がまだ教室でのびていた昼休み。
「麗梨、明日の日曜日は空いてます?宜しかったら私と一緒に買い物に付き合って欲しいのですけれど。」何かを確信するように、何かに期待するような目で見つめてくる媛姫。その何かが僕には分からなかったけど、残念なことに明日は先約がある。
「ごめん媛姫明日はちょっと用事が…。」
「そうですか…。どんな用事ですの?」
うーん、特に変なことがあるわけでもないし話しても平気かな。デートとかでもないしね。ただ天津さんと二人で映画を観るだけだ。「天津さんと二人で映画を観るだけだよ。」
その時だった。媛姫は手に持った箸をボキッとへし折った。
「天津さんと言ったらあの後輩で陸上部の女性の方ですか?」
媛姫は恐る恐るといった感じで確認してきた。
「うん、そうだよ。」
平然と答える僕。
「…………。」
そして押し黙る媛姫。
「どうかしたの?」
「いえ…分かりましたわ。また今度一緒に買い物に行きましょう。」
「うん。分かったよ。」
なんか様子が変だけど、そこまで深刻なわけでもなさそうだし、大丈夫だろうな。
放課後。僕は図書室にいた。今日は媛姫も鷹島も部活で、一緒に帰れないから、せっかく一人なんだし、少し寄り道でもするかな、なんて考えて、僕は図書室を訪れた。特に読みたい本があるわけでもないけど、放課後の図書室には人があまりいない。いても、その人は完璧に自分の世界に入り込んでる。つまりは、僕はこの図書室という空間において、独りぼっちなんだ。一人は落ち着く。すぐに寂しくなって、一人でいるのが嫌になるけれど、少しの間だけでも落ち着くことができる。皆といるときの僕では絶対に得られない、安心感がそこにはあるんだと思う。安心できるからこそ、怖いのだけれど。
そんなわけで僕は今本を読んでいる。題名は覚えていない。ただ本の内容から考えて、ファンタジーものだろう。
「あら、待たせたわね。」…まぁ図書室を選んだ時点である程度の予想と覚悟はしてたけどね…。
「別に待ってませんよ、月見さん。」
声をかけてきたのは月見さんだった。手には何も持っていない。僕と同じく独りになりに来たのだろうか。「ふふ、そうかしら?そんなことないと思うけれど。…隣いい?」
「どうぞ。」
僕は隣の椅子をだして月見さんにすすめる。
「それであなた、結局生徒会に入ったのかしら?」
そういえばまだ月見さんには話してなかったかな。
「はい、入りましたよ。」そう言うと月見さんは嬉しそうに笑って拍手をした。「ふふ、おめでとう。じゃあもうあなたも晴れて、学校を代表する組織の一員というわけね。」
「違いますよ、生徒会なんて学校に入学した時点で皆生徒会の仲間入りですから。」
実際そう思う。僕は偉くなったんじゃない。皆より上に行ったわけじゃない。むしろ皆より下に行ったんだ。そう思う。そう思わずにはいられない。
「確かにそうね…。それにしてもあなたが生徒会か…私も部活とか始めてみようかしら。」
「…また心にもないことを言いますね…。」
本当に。僕達は他人と関わるべきではないから。僕達と関わるべき他人なんていないから。
だから僕のだした生徒会に入るという選択肢はこれ以上ないくらい間違ってる。それをわかった上で僕はその選択肢を選択する。だから僕は終わってるんだ。月見さんよりも。
「心にもない…か。確かにそうね。それなら今の私の感情も、心にもない、のかしら。」
「え?どういう意味ですか?」
月見さんは急に悲しそうな顔をした。しかしそれもすぐに元の無表情に戻り、いや、若干楽しげな顔をして「何でもないわ。」
と、平然と言った。
「ところで、この前屋上に来た女の子のことなんだけど。」
この前屋上に来た女の子?……あ、天津さんのことか。
「天津さんがどうかしたの?」
僕がそう聞くと、月見さんは意地悪く笑って、
「あの娘、あなたと付き合っているのかしら。」
とか言ってきた。そういえば、なんかこの前は月見さんが僕と付き合ってるみたいなこと言ってましたね…。
「…あのですね、すぐにそういう話に持っていくの止めませんか?」
僕の進言にも耳を貸さず、ただクスクスと笑っている月見さん。…勘弁してください…。
「ふふ、まぁそこまでは冗談なのだけれど。そしてここからが本題なのだけれど。あなたが誰かと付き合うことってあるのかしら?」これもまた直球な質問だ。というか今月見さんの中でそういう関係の話が流行っているのだろうか。
「うーん、あるとは思いますよ?ただ、あり得ないことではありますけど。」
僕が誰かと付き合う時。それは恐らく…。
「ああ、成る程。あなたが誰かに告白されたとき、というより、誰かに付き合ってくださいとお願いされた時、ね。でも自分にはそんなことないだろうから、あなたが誰かと付き合うなんてことは有り得ない、と。」
「そういう事です。」
さすがは僕自身だ、理解が早い。でも自分の事だから当たり前なのかもしれない。いや、自分の事だからこそ凄いのかもしれない。
「本当にあなたは、受動的というか…。あなた、そっちにいて本当に楽しいの?あなたは本来、こちら側でしょう?」
そんなことはわかっている。でも仕方ない。こっちにいるかぎりは、僕はまだ人として生きていける。苦しくて辛くて痛くて気持ち悪いけど、それでも僕は皆と喜んで、皆と怒って、皆と哀しんで、皆と楽しみたい。…今それが出来ているわけでは決してないけれど。苦しくて辛くて痛くて気持ち悪いだけだけれど。
「僕は平気ですよ。こちら側もなかなか楽しいです。」
「…本当に心にもないわね…。」
どうやら見透かされていたようだ。
「もういいわ。時間も時間だから私は帰るわね。あなたと話せて、今日も楽しかったわ。それじゃぁまたね。」
「はい、また今度、月見さん。」
僕は月見さんが行ってからまた数分そこにいたけれど、特に本も読まないまま家に帰った。
いつもの家。
「麗梨君…おかえりなさい…。」
いつもどおりになった僕の妹。
「うん、ただいま、静香。」
僕はいつもどおりの言葉を妹にかけて、
「麗梨君…お風呂…沸いてるから…先に…入っていてください…。」
妹はいつもどおりに言葉を返す。
そうやってご飯を食べて、明日は天津さんとお出かけして、明後日は学校で媛姫や鷹島に会って話したり、たまに天津さんに会ったり、月見さんと話し込んだりするのだろう。あとは、生徒会の活動が新しく始まったりもする。生徒会の活動も、すぐに僕のいつもどおりになる。
僕はこんないつもどおりをなくしたくない。月見さんと話し込むこと以外は苦痛でしかないけれど、それでも嫌なわけじゃない。だって、僕は望んでそこにいるのだから。
だから本当に…吐き気がするんだ。
感想などお待ちしています。