全てが理解される世界
「人と仲良くしましょう」と言われる。
「相手の事を考えて、理解してあげましょう」と言われる。
なるほど。
確かにそうだ。
人とは仲良くした方が良いし、人と仲良くするためには相手の事を知らなくてはいけない。例えば、自分がお肉料理が好きだからと言って、相手もお肉料理が好きだとは限らない。相手が野菜料理好きだという事も知らずに、毎日焼肉ばかりに誘っていたら、しまいには怒られる。誘った方も訳が分からない。「君のためを思ってやったのに」と。そうやって喧嘩になって、人間関係は終わる。
やっぱり、人と仲良くするためには、相手の事をちゃんと理解しなくてはいけないのだ。
だけど。
この「相手を理解する」というのが、とても難しい。
たいていの人は、相手の事が分かっていない。もちろん、これを書いている本人の僕も分かっていない。中には、「自分は人の事が分かる」という人もいるけれど、それは分かったと思い込んでいるだけというのがほとんどだ。
例えば。
僕の事をよく分かっているという人に話を聞くと、やっぱり、ほとんど僕の事を分かっていない。100点満点の算数のテストで20点ぐらいしか取れていないのに、「自分は算数を理解した!」と言っているようなものだ。これが本当にテストであれば、追試ものであるにも関わらず。
でも、まあ。
20点が取れるだけ、すごい事なのかもしれない。僕は取れてせいぜい5点ぐらいだから。20点は、超優秀な人なのかもしれない。20点が取れたら超優秀なのだとすると、人の心というのは超難問である。
さて、そんな超難問の人の心であるが、中には、波長が合うというのか何というのか、自分の心を70点も80点も理解してしまう人というのもいるのだという事を、人伝に聞いた。残念ながら僕はまだそういう人には出会えていない。おしい人はいた。だけど、いつの間にかどこかに消えてしまった。
いつか、僕の事を理解してくれる人に出会えるのだろうか?
出会えるのであれば、出会いたい。
自分の事を70点も80点も理解してくれるというのは、それはとても心地が良い事だと思うから。
もしも、自分の事をそれだけ理解してくれる人がいて、その人が異性で、その人と付き合ったりして結婚して、子供が出来ればその子供は、自分の事も結婚相手の事もある程度は分かる子供になるのだろう。
そして、その子供がまた別の理解してくれる人と結婚をして、子供を作って、その子供がまた誰か理解してくれる人と結婚して子供を作って、そうやって回数を重ねていくと、世界には「人の事を理解出来る人」というのが増えていくと思う。そんな気がする。
今の世界は争いが絶えない。
でも、それはきっと、人類がまだ成長過程だからだ。
これからどんどん、人の事を理解出来る人が増えていく。そうなれば、争いも減っていくかもしれない。
よく考えたらそうだ。
人類の祖先と言われるサルは、僕の勝手な印象だけれど、ほとんど自分の事しか考えられていない気がする。それに比べたら、今の世の中の人達は、たくさんの人と交流も出来るし、ある程度は相手の事を考えられる。最初に比べたら成長している。優秀じゃないか。
だから、人類はこれからなのだ。
そんな人類の完成系は、全てを理解出来る人だと思う。
どんな人の事も、自分の事のように100パーセント理解出来る人達の世界。自分という人間の全てが理解される世界。それは、ユートピア?
うーん。
自分の全てが理解される世界は、それはそれで気持ち悪くて嫌だろうなと思ってしまう、皮肉屋の僕であった。