7 ポーリィ
示威行動なのだと思う。
ポーリィが近くにいて、獣人のメイシアもすぐ傍にいる。
自分の食料に手を出すなという脅し。威嚇。メイシアの気配を別の肉食獣と感じ取って吠えた。
並みの獣なら、自分よりずっと強大な葬山熊の怒りを感じて逃げ去ったかもしれない。
ポーリィだって腹が震えた。
逃げ切ったと思っていたのにまた恐ろしい声を聞いて、思わずちびってしまいそうなくらいに。
――次のご飯は熊の肉にしよう。
笑いを含みながらのメイシアの言葉。その背中の頼もしさに別の意味で震えた。
かっこいい。
十二の時に色巫の里を追い出された。
せめてそれまでは、と。母が庇ってくれていたのだと言う。
母から聞いていた父親を捜して人里に向かったが、その町に父はいなかった。
真面目に探すつもりがなかったというのもある。
身元不明の流れ者のポーリィに仕事なんてあるわけがない。体を売れという人間もいたけれど。
ポーリィが生きていけるよう、母は色々なことを教えてくれた。
種族的に筋力は高くない。だけど人間にはない知識や術がある。
無理やりポーリィに手を出そうとする不埒ものには、二度と生殖ができないような罰を与えた。
ポーリィに手を出すと危険だと評判に。
仕返しをされるかと思ったが、周りの冒険者から変態ロリコンと蔑まれ意気消沈したその男は消えていった。
人間は信用できない。
けれど一人で生きていくのも難しい。
ポーリィの知識は探索をする冒険者には有用で、何度かパーティを変えながらも冒険者として何とか生きていけるようになる。
パーティを変えた理由は、なぜだか付き合いが長くなると男がポーリィを求めるから。
より親密に。俺ならお前を守ってやれる、だとか。どいつもこいつも。
母のこともあって、ポーリィは人間の男を信用するつもりなどない。面倒だから町を移り、別のメンバーと組む。
今回もそうだったはず。
大陸中央から北西海岸まで広がる広大な魔の森の奥地。
人間の生活圏からだいぶ踏み入った山に、珍しい鉱石を採取に行くという仕事だった。
別の興味があった。
珍しい植物があるという噂。真偽は定かではないけれど。
同行して、葬山熊と出くわして、陥れられ囮にされた。
逃げて逃げて、なんとか逃げ延びて。
まだ追ってくるかもしれない。
葬山熊が追ってきた時の為に肉を調達しよう。ポーリィの異能は相手が食べられる物でなければ効果を発揮しない。
葬山熊はほぼ完全な肉食。腐肉でもなんでも肉が必要。
猪狸を捕まえて、もし追いつかれたら反対方向に肉を投げる。できれば谷などあれば望ましいが。
獣人と出会った。
掟だからポーリィを食べない。
なんだか単純そうな獣人で、話してみたら本当に単純な生き物だった。
なんだか安心する。
つい自分から異能を披露してしまうなんて、今まででは考えられない。
能力を知っても同じ手に引っかかるくらいに単純な獣人を見て、特に問題ないかとおかしくなった。
盾虎の部族。メイシア。
金色の髪に日焼けした肌。獣人は冬でも短パンというのは本当なのか。
男と変わらないくらいの背丈で、しなやかに伸びた手足は人間と大差ない。
葬山熊の気配を感じても臆した様子はなく、ポーリィの前に立った。本当に守ってくれるなんて信じられない。
その両手が淡く光ると、黄金の毛並みと肉球を備えた種族本来のものに変化する。
両足を軽く広げて、左手の肉球を大地に置いた。
「狩ってやるぞ、熊肉」
短パンの後ろからしゅるりと伸びた尻尾が、タイミングを計るように揺れる。
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