表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

6 食材を求めて



 獣を獲るのは簡単ではない。

 植物なら逃げない。だけど食べられるものと食べられないものがある。

 ポーリィはそれらに詳しかった。


牛踏蕗(うしふぶき)と言います。そのままだと硬くて食べられないんですが」


 少しだけ元気になったメイシアと共に森に入ったポーリィが、生えていた草を抜くように言った。

 丸い小さな穴がたくさん開いた、見た目はなんだか不気味な植物。メイシアの太腿くらいの高さ。


 抜いてみたら、根っこはとても長くメイシアの背丈くらいあった。

 同じものをもう一本。

 鉄というまでではないが岩のような硬さの長い根っこの棒が二本。



「牛が踏み固めたフキ、とか。そんな名前ですね。私がこっちを持ちますからこすり合わせて下さい」


 再び川に戻り泥を洗い流してから、二本の牛踏蕗をこすり合わせる。

 くるくると回しながら表面の皮をこそぎ落すと、内側は白かった。


「いいでしょう。今度はこの鍋の上でこすり合わせて下さい」

「こう?」

「そう、ゆっくりで構いません。獣人は力が強くていいですね」


 褒められた。

 ポーリィの荷物にあった少し深い形の鍋に、すりおろした白い根っこがとろぉりと落ちて溜まっていく。

 岩のような根っこ同士を摩り下ろしたらねばねばになっていく。変な感じ。



「もっと食材があればいろいろできますけど、栄養補給だけなら牛踏蕗で十分です。こんなもんでしょう」

「もういい?」

「ええ」


 持っていた牛踏蕗の棒を放り、手に着いたネバネバを川で洗う。

 その間にポーリィは鍋に塩と何かの粉末を入れて、匙で掬った。


「料理とまでは言えませんが」

「食べられる?」

「どうぞ」


 鍋の蓋に自分の分を分け、鍋をメイシアに渡してくれる。

 遠慮なく、その鍋を傾けてネバネバした牛踏蕗のすりおろしを飲み込んだ。



「ん……うん、味薄い」

「どうしようもありませんよ」

「でも腹にたまる。ありがとう」

「どういたしまして」


 川底大根のようなからさはない。けれど薄い塩味だけ。

 それでも中鍋半分くらいを食べれば少しは腹の足しになる。

 メイシアには見つけられない食材を教えてくれたポーリィに感謝して、残りを平らげた。



  ◆   ◇   ◆



「ポーリィはなんで魔の森に?」

「冒険者ですから……でしたから、ね」

「?」


 冒険者を選ぶ人間は少ない。

 安定した仕事をできないあぶれ者。

 犯罪者崩れだとか一攫千金を夢見るものだとか。


 サイサン達は違った。

 生まれ育った村から戦火で焼け出され、親兄弟も失った彼らは協力できる仕事を探した。それが冒険者。

 マギーに魔法の才能があったから、という理由もあったらしい。


 流れ者の冒険者だって成果を積み上げていけば信頼され、町の衛士や別の仕事に就くこともできるとか。

 そうすれば生きるか死ぬか、金になるかどうかもわからない冒険者稼業から抜け出せる。

 危険が少なくてお金がもらえる仕事があるのならその方がいいだろう。獣人のメイシアにはそういう目標はなかったけれど。



「ポーリィが冒険者?」

「私は色巫(しきふ)忌子(いみこ)ですからね。知っていますか、色巫?」

「ううん」

「全てに色を与える精霊に仕える一族です。女だけの種族ですが、私は人間との混血なので里にいられなかったんですよ」


 言いながら、白い手で黒い髪を摘まんだ。

 なんだか難しい理由があるらしい。


「あなたこそ、どうして一人で森に?」

「冒険者……だったんだけど」

「一人で?」

「……あたしは食べ過ぎて、みんなに迷惑かけるから」

「ああ、なるほど」


 冒険者の稼ぎは安定しない。

 メイシアの食べる量は多い。

 詳しく説明しなくてもポーリィは察したようで、軽く頷いた。



「確かに、私なら胸やけするくらい食べていますけど平気そうですからね」

「ごめん」

「謝ることでもありませんよ。その分働いてもらえれば」

「?」


 ポーリィが手を出した。

 メイシアに向けて小さな白い手を。


「私が食べさせてあげます」

「……」

「私もお肉が食べたいですから、今度は一緒に狩りをしましょう。今朝は逃がしてしまいましたけど」

「協力すれば?」

「はい」


 ポーリィも猪狸を狩ろうとしていた。メイシアとごっつんこしたけれど。

 不器用なメイシアだけれど、ポーリィが教えてくれるならうまくやれるかもしれない。



「……どうして一人で、森に?」

「あー、それはですねぇ」


 メイシアが一人だったのを疑問に思うのであれば、むしろポーリィの方がおかしい。

 色巫という種族は知らないが、単独で危険に立ち向かうのに向いた様子には見えないのに。



『ブゴォォォァ!』


 低い声が響き渡った。

 すぐさまメイシアは身構え、ポーリィはその後ろに。



「まだ追いかけてくるなんて」

「なに?」」

葬山熊(そうざんくま)です。一度標的にされるとしつこいとは聞いてますけど」


 そっちは知っている。

 狩った獲物を埋めて保存食にする肉食熊の魔獣。

 人間の倍ほどある巨躯と大木でもへし折る筋力を持つ危険な魔獣で、魔の森でもかなり奥地の山岳部に生息するはず。


 襲われて逃げ帰った人間を追って町まで来たとか、そんな話を聞く。

 冒険者が出くわしたら必ず討伐するか、できなければ町に報告しないといけないとか。



『グァラァァ‼』


 近づいてくる声に、背中のポーリィが震えるのがわかった。

 メイシアだって毛が逆立つような感覚は久しぶり。罠もなく一対一で戦うような敵ではない。


 ポーリィを追ってきた葬山熊。

 放置すればどこまででも追ってくる。


「下がってて、ポーリィ」

「……メイシア?」


 ちゃんと呼ばれたのは初めてな気がする。

 思わず口元が緩んだ。



「食べさせてもらう分は働く。だから」


 木々を揺らして近づいてくる大きな気配に対して、メイシアの両手が光ると肉球と鋭い爪を持つ姿に変わった。


「次のご飯は熊の肉にしよう」

「……悪くありませんね」


 弱肉強食。食うか食われるか。

 そういう関係はメイシアの得意な分野だから、肉球を舐めてもう一度笑った。



  ◆   ◇   ◆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ