吸血鬼の王
「ん。そ・・う?」
ゆっくりと目を開けた馨は、想を見上げる。
「馨!生きていたのか!よかった。本当に良かった・・・」
想は踊り場でしゃがみ、馨を座らせ抱き付きながらそう言った。
「想。あいつに言った言葉は嬉しかった」
「なんだ?」
「俺を傷つけるのは許さないって言ったろ?」
「馨。お前、気付いて。ぐっ、馨?」
驚き、離れようとする想の体を抱きしめ離さない馨。その強い力に想は馨の名を呼ぶ。その時、想の首筋に鋭い痛みが走る。
「つっ」
馨は想の首筋に噛みつき、血を啜っていた。想は馨の腹部に拳を叩き込み、腕の力が緩んだ隙に距離を取る。
「残念だなぁ。もうちょっと飲みたかったのに。でもまぁ、いくら弱い奴を連れて来たとはいえ、あれだけの力の差とは恐れ入ったよ。さすがは超越者の力って所かな?」
「馨。まさかお前も吸血鬼だったとは・・・なら何故、日中に活動できる?お前たちの目的はなんだ!?」
「俺はね、真祖であり吸血鬼達の王でもある。そして人間の血を継いでいる俺は、日光の下でも動ける特異体質で人間と同じ動きぐらいは出来るんだ。そして俺の目的は超越者と呼ばれるお前を我が国に連れ帰る事だ。」
「その超越者とはなんだ?俺をお前の国に連れて行ってどうするつもりだ?」
「超越者とは吸血鬼の力を宿しながらも、人の様に過ごし血に飢えることなく力だけが継承された者の事だ。何故かは分らんが、その力は我ら吸血鬼をも凌駕する可能性を秘めていると言われている。だが、お前は裏切り者の息子でその思想を引き継いでしまっている。だからこそ俺が自ら出向き、人として近付き機を伺い、お前の真価を見極めたうえで判断した。お前の血を我が民に分け与え、我らに一層の繁栄をと」
(人として近付き機を伺う?なんだよそれ、それじゃあ出会ってからの日々は全部嘘だったのか?笑いあったあの日も全て?それもこれも全て俺を狙う為?そんな事の為に巴は傷つき、父さんは死んだのか?)
想の胸中は怒りと悲しみで綯い交ぜになっていた。馨は笑顔で右手を伸ばし問いかける。
「想。俺と共に来い。なに、血を分けてさえくれれば後は自由だ。いくらでも欲しいものは与えよう。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
「ふざけるな!そんなもののどこが自由だというんだ?俺の居場所はここだ!この町だ!お前達吸血鬼達の場所じゃない!それに、お前が言った超越者の条件にはお前も含まれているはずだ!」
その言葉に馨はふぅとため息を吐き、右手を下ろす。
「そうか。残念だよ想。今の俺はお前の血で嘗てないほどに力が漲っている。手加減が出来るかは分からんぞ。それと超越者の条件には吸血鬼を滅する力があるんだ。俺達が仮に殺し合ったとしても、そこに残るのは死体のみ。滅する事は出来ない」
と馨がいた場所の床が壊れたかと思うと、想の体は強い衝撃で吹き飛ばされ手摺にぶつかり落ちかけるが、咄嗟に捕まり何とか助かったが馨の蹴りが手摺ごと蹴り抜かんばかりの勢いで繰り出される。手摺が破壊されるその数瞬前に想は後方に飛び退き、一回転して一階に着地する。
「今のは絶妙なタイミングだったな。なかなかやるじゃないか想」
馨は壊れた手すりから覗き込みそう言い、飛び降りる。着地する寸前、想の蹴りが馨に炸裂するが手ごたえはなく馨はその勢いを利用し、後方に一回転して羽のような軽さで音も立てず着地する。
「良い蹴りだ。そこにもう少し速さが加わっていれば危ない所だったよ」
馨の掌に赤い球体が形作られる。
「この攻撃にはどう対処する?」
馨はそれを想の少し前方に投げつける。水風船の様なそれは床に当たった瞬間破裂し、飛び散った液体は瞬時に鋭利な形状に変化し想に目掛けて飛んでくる。
「くっ」
それを後ろに飛び退き回避するが、想が立っていた床は貫かれ穴だらけになっていた。
気配を感じ想が上を向くと、上から同じものが雨のように降り注いでいた。想は自身の腕を切り裂きその腕を上に向ける。その直後、赤き雨が想を直撃する。
「その力はいつから使えるようになったんだ?」
自身の血で防御した想を見て、馨は問う。
「いつ?さっきだよ。何なら、今も使い方がよく分かっていない」
後コンマ数秒遅れれば、串刺しになっていた想は冷や汗を拭いそう答える。
「さっき?ならば、先ほどの戦いで目覚めたとでも?・・・そう言えば、突然頬を押さえて苦しんでいたな」
「そうだ。あの時から俺は何となく自分の力の使い方が分かった。理由までは分からないけどな」
想は血を流している腕を馨に向け、その血を球体にして飛ばす。馨がそれを避けると想はその方向に飛び、殴りかかる。が、馨はそれを読んでいたのか蹴りで応酬し想の胸部を蹴り飛ばす。カウンターとなったそれは想の肋骨を数本砕き、そのまま柱に激突した。
(あの時は血を流した傷口を押さえていた・・・それに触れたのは俺の血・・・そうか。こいつは俺の血に反応して吸血鬼の力を呼び戻されたのか。つまり、吸血鬼の血を体内に入れるほどに力が覚醒していくという事か?今の力でも我が国トップクラスの力なのにまだ上があるのか。末恐ろしい奴を育てたな幽玄)
口から血を流す想にゆっくりと近づき馨は自身の血を炎で蒸発させていく。
(俺にはこいつのように体内から出た血を操る力はない。この血がこいつの体内に入れば今の俺は負けるだろうし、保険は掛けておくに越した事は無い)
「どうした?もう終わりか?」
「・・・」
想は虚ろな目を床に向ける。
(なんでわざわざ蒸発させているんだ?・・・そう言えば、あの時力に目覚める前は傷口に馨の血が付いたんだっけ?・・・なるほどそう言う事か)
「なぁ、馨。俺の血は美味かったか?」
「あぁ。美味かった。おかげで半分ほどの力を行使出来ている」
「その力で半分か。化け物だな。血を吸わないと全力は出せないのか?さっきの奴みたいに満月の力で出すとか」
「簡単な話だ。国を維持するのに大半の力を必要とするのでね、だから今の俺は満月の力をもってしても、半分程の力しか使えんのさ」
「なら、今ならお前を倒せるチャンスなんだな」
「何を言っている?いくら吸血鬼の力で傷が完治しても力の差は埋められんぞ?」
「そんなものはやってみなきゃ分からないだろ?(よし、全て捕まえた。そのまま俺の元に戻ってこい)」
想は会話で時間稼ぎしながら、自身の血と馨が見落とした数滴の血を混ぜ合わせ、それらを全て自身に集結させる。
想は腕から流した血を針状にし、馨に飛ばす。馨はそれを咄嗟に腕で受け、立ち止まる。その隙に想は一気に血を体内に取り込む。
「ぐっ、しまった。これを狙っていたのか!」
「あぁ。お前がわざわざ血を蒸発してくれたおかげで、俺が力を使えるようになった理由が分かったよ」
想の髪は徐々に白く変色していく。内包される力の奔流に馨は気圧され、一歩後退した。
(こ、これほどの力をあれだけの血で覚醒させただと?一体どっちが化け物だと言うんだ)
想は右手をゆっくりと馨に向ける。すると上から光る鳥かごの様なものが馨を閉じ込める。
「さよならだ馨・・・」
馨は全ての力を振り絞り、壊そうと試みるが全くびくともせず想を見ると、想の開かれた掌が一気に閉じられる。それと同調するように鳥かごは収縮し、馨を細切れにし霧散した。
「・・・ばかやろう」
満月を仰ぎながらそう呟き、想は屋敷を後にする。