肖像画と記憶
そして冬休み初日。少しでも父の事を知りたかった想は昨日、祖父に昔父と二人で住んでいたという場所を聞き、その家の前に来ていた。もう何年も手入れがされていなかったからだろうか、そこは既に廃屋と化しており、至る所に埃が積もり蜘蛛の巣も張られていた。想は何かに導かれるように中に足を踏み入れる。
そこは昔ながらの木造で、一歩歩くごとに軋む音が響く。先へ進むと和の雰囲気に不釣り合いな洋装の男性の一枚の肖像画が飾られており、その部屋は誰かが手入れをしているかのように散り一つなく綺麗だった。初めて見るはずの肖像画に既視感を覚えた想は、それに触れようと手を伸ばすと肖像画の人物と目が合ったような気がし、そのまま意識を失い倒れる。
何処までも暗く光すら感じられない暗闇で今、自分は目を開けているのかどうかも分からず体の感覚も感じられない。それでも不思議と落ちていくような感覚だけは感じられる空間に想はいた。そこではただただ孤独感だけが心を満たし、どうすることも出来ない状態に想の心に一つの言葉が浮かぶ。
(俺は死んだのか?)
少しすると、寒気が辺りを包み気付くと落ちていく感覚も無くなっていた。体の感覚が戻った事が分かった想は、暗闇の中で立ち上がりゆっくりと歩き出す。
(何も見えない。寒くなってきたし、ここは何処だ?)
震える体を抱きしめながら慎重に歩を進めると、少しずつだが温かくなっていくのを感じた想は少しずつ早足になる。不思議なことに温度が上がると明度も上がり、徐々に周囲が見えてきた。しかし後ろを振り向くと、光の射さない暗闇が広がっている光景に、想は奇妙な空間だなと思い、光の射す方へと歩を進める。光源が全く分からない開けた場所に着く頃には身体の震えは止まり、辺りは平原が広がっているのが見えた。だが想の心臓は警告の早鐘を打つ。
(なんだ?何か嫌な予感がする)
警戒しながら歩を進めていると、突如辺りを猛吹雪が覆い、地面は割れ下にはマグマが流れていた。極寒と灼熱という、現実ではあり得ないようなその空間に想はやっと警告の早鐘の意味が分かり、踵を返し走り出すも噴き出したマグマに飲み込まれる。辛うじて残った体の一部は、吹雪にさらされ氷の結晶となり、悉く砕け散る。次の瞬間、周囲は平原に戻り、そこで吹く涼風に砕けた体は飛ばさていく。
(すまない・・・私には・・・こんな事でしか)
(くっ、ここも見つかったか)
(愛しの よ。お前以外の女を愛する私を恨んでくれ)
(・・・・私は・・・・・を・・・・だけだ)
想の脳裏に映し出されたそれは、想が今まで見た事のない風景だった。それらは色々な場面の断片として映し出され、古いフィルムの様に音が飛んでいたが、言いようのない感情が想の心に波紋のように静かに広がった。
目を覚ますとそこは肖像画の飾られた部屋だったが、その肖像画はなく額縁だけがぶら下がっていた。想は体に傷が無いことを確認し、携帯を見ると一日が経過していた。
(今のは一体何だったんだ・・・)
想は不思議に思いながらも、家を出て行く。