ロングコートの男
翌朝、昨日のことを何も聞かずいつも通りの母の姿に、想は昨日の事は夢だったのではと思い食卓に座るが、そこには父の姿はなく、よく見ると母の目が泣き腫らしているのを見て昨日の事は現実だと思い知らされる。その日の食事は普段よりも食べられず、味がしなかった。
それから一週間後。想が一人で帰り道を歩いていると、またロングコートの男が立っていた。想は自らその男に向かい、正面に立ち胸倉を掴みながら父がどうなったのかを問い詰める。が男は無言で付いて来るよう顎を動かし、歩き出す。
男に連れられたそこは先日の屋敷だった。屋敷に入ると想はあの日を思い出し、心臓が早鐘を打つ。平静を装いながら連れられた部屋の椅子にお互い腰かけ、男を睨みつける。
父はどうなったのか?お前達の目的は?超越者とは?そもそも一族の掟とは何なのか?想は思いつく限りの疑問をなげかけるが男はそれには答えず、立ち上がりコートとハットを脱ぎゆっくりと想に近づく。その姿は先日見た吸血鬼のそれだった。想は身の危険を感じ、立ち上がり吸血鬼から目を逸らさず、ゆっくりと出口の方に歩く。
「近づくな!質問に答えろ!」
その言葉に男はニヤッと笑う。
「血を飲ませろ。そしたら答えてやる」
駆けてくる男の姿に想は出口へと走り、ドアノブに手をかけ部屋を出る。
(くそっ。話を聞いて逃げるつもりが、まさか初めから答える気すらないとは思わなかった。どうする?玄関に行くか?いや、また閉じ込められているかもしれないし・・・一か八かだ)
想は階段を下り、そのまま一階には行かず目の前の階段を上り反対の通路に向かう。
「どこへ行く?出口は下だぞ」
後ろから余裕の笑みを浮かべ追いかける男。想はそのまま走り抜け、とある一室に入る。男は扉の閉じる音を聞き、追い詰めた事を確信しゆっくりと歩き出す。最早、男の中では檻の中で逃げる小動物を追い掛けるような余裕があった。男は階段を上り切り、一部屋ずつ開け中を確認する。そして最後の部屋のドアノブに手をかけると、中から施錠されている事に男はニヤッと笑みを浮かべる。
「もう何もしないから開けてくれよ。ちゃんと無傷で帰すからさ」
男はにやにやと笑いながらそう言うが、返事はなかった。
「無視は良くないぞ。だが、仕方ない。本当は壊したくはないのだがなっ!」
男の拳が扉を貫く。そのまま男は内鍵に手を回し、解錠し中に入る。
部屋の中に入ると、窓が開かれカーテンが風に揺られていた。男は後ろ手で施錠をし部屋の中を入念に確認しながら窓際へと向かう。窓から下を覗き込むとそこには誰もおらず、一部の芝生がえぐれているのが見えた。二階には結界を張っていないのが裏目に出て、想に逃げられた男は激高し、窓枠を殴り付ける。
「おのれぇ・・・」