源義経
翌朝、想は鞍馬山へと足を運ぶ。
(そう言えば想殿。ご希望の相手はどなたですかな?)
「天狗の弟子の方だ。と言うより、晴明は今の時代の言葉もそうだけど死後の歴史も詳しそうだな」
と登りながら想は答える。
(死後、この国がどうなっていくのかが気になっていたのであそこに引きこもりながら、式神を飛ばし色々と見聞きしたものです。それに、成仏はいつでも出来ますしね)
「なんてアクティブな引きこもり。そう言えば晴明。ここまで来ておいてなんだけど、どうやって相手を見つけるんだ?」
(失礼。肝心な事を伝えておりませんでしたね。相手のこの地に関する記録を思い浮かべてください。それが念となり、やがて想殿の力により波となり周囲を探ります)
「まるで、人間ソナーだな。やってみる)
立ち止まり、目を瞑る想。
「ん?」
(おや?もう見つけましたか?)
「見つけたのかは分からないけれど、何か違和感があるんだ」
(それはどのような?)
「例えるなら、目の前に木が一本あるだけなのにその横に見えない何かがあるような感じかな。・・・まさか霊感?」
(あはははは。想殿、それはきっと彼を捉えたのだと思いますよ。では早速、その違和感の正体を見に行きましょう)
「・・・晴明って笑うんだな」
驚きながら想は歩き出す。
(これは異な事を。私にも感情はありますぞ)
「あぁ、いやそうではなくて感情を表に出した事に驚いたんだ」
(そういう事ですか。生前はよく何を考えているのか分からないと言われていましたが、戦いの場でもない限り感情は表に出しますぞ。と言っても生前は一日の大半が私にとっての戦いの場だったので、表情が固まってしまっているのも要因の一つでしょうが。まぁ、想殿との会話は楽しいので今は感情が出やすいかもしれませんね)
と、晴明は笑い二人は他愛もない会話を楽しみながら辿り着いたそこは、登山ルートから離れた何の特徴もない場所だった。
「この辺だけど、どうすればいい?」
(契約の言葉を紡げば、何かしらの反応はあるでしょう)
分かった、と想は右手を前に出す。
「我は汝の力を求める者なり」
直後、指輪が光り出す。
「我が願いに呼応し共に往かん」
突如、指輪から光が失われる。
「なんだ?何か間違えていたのか?」
想が晴明にそう聞いた次の瞬間、返ってきた言葉は晴明の声とは違う別の声だった。
(そなたは何者だ?何用で私を呼び起こした?)
その声は殺気を含み、言葉を誤れば殺気が物理となり即座に首を刎ねるような威圧感に満ちていた。
「私は早川想。あなたは源義経で違いありませんか?」
(いかにも、私は源義経である。早川殿、私に何用か?)
「単刀直入に申し上げます。私の悲願の為、どうかそのお力をお貸しください」
義経は丁寧に話すその言葉に、殺気が無くなり事務的に言葉を返す。
(私の力を?見た所あなたは既に強大な力を持ち、強力な別の力も感じますが?)
想は首を振る。
「これでも足りないのです。どうか私の戦いが終わるその時まで力をお貸しください」
頭を下げる想。
(早川殿、あなたの言う悲願とは一体どのようなものですか?)
想は頭を上げ、事の顛末を説明する。
(・・・もし、準備と戦力を整えても相手に勝てないと分かった時、早川殿はどうするのですか?)
義経は話を聞き、少し考えた後そう返す。まるでそれは、軍師の策に疑問をぶつけるような言い方だった。
「その時はこの命を懸けて一矢報いるつもりです。これ以上、俺の様な被害者を出したくない。勿論、その時は契約を解除してくれていいです。それにそれが分かるほどの場所に、そもそも俺一人では辿り着けないでしょうし」
(ははははは。・・・いや、失礼。いつの時代にもバカはいるのですね。私は嘗て家族同然の仲間を失い、志半ばで息絶えました。・・・平和な今の世で戦場に赴くあなたには先を行く者として、あのような辛い思いをさせないと誓いましょう。ただし、条件があります)
最後の言葉に想は唾を飲む。
「それはなんでしょう?」
(あなたは普段の一人称は俺の様ですし、普段通りの言葉で接し敬語は止める事。それが条件です。)
「わかりま・・・いや、分かったよ義経。ありがとう。それじゃあ早速契約を・・・えっ?」
突如、指輪が強い光を放ち、想は咄嗟に目を瞑る。突然の事に驚き、ゆっくりと目を開けると、目の前に鎧を着た美青年が片膝立ちでいた。
「この義経。今後、早川殿を主と仰ぎ、悲願達成にこの力を好きな様にお使いください」
「なんで実体化しているんだ?まだ契約が・・・」
「想殿。どうやら指輪の力を介せば、形式的な契りは必要なく互いの同意があれば済むようです」
と、晴明は想の後ろに実体化しそう言った。
「何その便利機能。まぁ、いいや。あんな中二病全開のセリフ言わなくて済むならそれに越した事は無い。改めて、これからもよろしく義経」
差し出された手を取りながら立ち上がり、義経は想の目を見据える。
「こちらこそよろしくお願いします主殿。ところで、突然現れた後ろの御仁は?」
「申し遅れました。安倍晴明と申します。よろしくお願い致します。源義経殿」
と頭を下げる晴明。義経は驚きながらもそれに倣い頭を下げる。
「源義経です。ところで、晴明殿というのはひょっとしてあの陰陽師の?」
「ええ、それです」
事も無げにそう返す晴明の言葉に、やはりと驚く義経。それを尻目に想は晴明に詰め寄る。
「晴明、使い魔契約の仕方が簡略化したのを知っていただろう?」
「はて?何のことやら」
「何のことだと?口元を緩ませておいてよく言うな」
「おっと」
と袖で口元を隠す晴明。
「俺が恥ずかしいのを我慢しながら契約の言葉を紡いでいたのを見て、楽しんでいたんだろう?」
「では、義経殿。我らは指輪に入りましょう。では想殿、帰り道にお気をつけて」
と消える晴明に想は服を掴もうと手を伸ばすが、僅差で届かず空を掴む。
「あっ、まて晴明。・・・くそっ、逃げたな」
「あ、あの主殿。大丈夫ですか?」
そう心配そうに見る義経に想は笑顔を作る。
「大丈夫だ義経。ただの晴明のいたずらだろう。晴明と共に指輪に入っていてくれるか?」
承知。と義経は消える。一人佇む想はゆっくりと来た道を戻る。
「まさか晴明がいたずらっ子だとは思ってもいなかった・・・」