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第93話 特定厨のメソッド

 ――……ということが起きているのだけれど、細谷くん、夏木くんの妹さんを捜す、手助けをしてくれるかしら」


 一ノ瀬さんは、俺の女装の部分を省いて、ようは俺の妹のくるみが家出をしてしまった部分のみを、細谷に説明した。


「手助けしてくれるかって……しなかったら、学校側に僕のバイトのことをばらすんだよね? だったら、やるしかないじゃないか」


 一ノ瀬さんが口元に不敵な笑みを浮かべる。


「理解が早くて助かるわ」


「それで」


 細谷が、中指でくいと眼鏡を持ち上げる。


「僕に一体なにをしてほしいんだ? 聞く限りでは、電話もしたし、ラインにメッセージも送ったしで、これ以上はどうしようもないと思うんだけど」


「あなた、コンピュータに詳しいのよね? だったら、ハッキングとか? それで、通信会社にあるくるみさんの位置情報とかを抜き取るの」


「は? ハッキング? できるわけがないだろ」


「そうなの? できそうな見た目をしているのだけれど」


「いや、ハッキングとか、見た目云々関係ないから」


 声に出して大きくため息をつくと、一ノ瀬さんは落胆したように、やれやれと首を横に振る。

 その様は、まるで細谷を挑発しているみたいだ。


 どうだろう。いや、おそらくは釣れたのだろう。

 目を細めた細谷が、テーブルに肘をついて、若干だが身を乗り出す姿勢を取る。


「大体さ、企業のサーバーに侵入したり、データを盗んだりするのって、その大半がアナログだからね。例えばごみの中にプリントアウトしたパスワードの情報があったり、どこかに置き忘れた鞄の中にメモリが入っていたり、誤って売り払ったHDDの中に、機密情報が入っていたり、そんな感じ」


「そうなの?」


 意外に思った俺が、細谷に聞く。


「でもテレビとか漫画とかだと、暗い部屋で犯人が、超高速で謎のコードを打ち込んで、最後にエンターキーをターンで、システムを掌握したりするだろ?」


「あれは完全にイメージ。天才のイメージが、コミュ障で、髪がぼさぼさで、集中すると瞳孔が極端に小さくなって、周りの音が完全に聞こえなくなるってのと一緒。実際には、ゴミ袋あさって、会社以外でPCいじるのを、ストーカーみたいに尾行して、のぞき魔みたいに盗撮するのが関の山」


「なんかそれ、超地味だな」


「地味だけど、一番確実なんだ。結局ミスを出すのは、ガチガチにシステムを組んだプログラムじゃなくて、時と場合によってころころと気分が変わる、人間なんだから」


「じゃあ」


 一ノ瀬さんが、指先で髪をくりくりしながらも言う。


「その地味だけれども一番確実な方法で、パソコンを使ってくるみさんの行方を捜す方法って、なにかないの?」


 しばらくの間細谷は、組んだ手にあごをのせる、いわゆるゲンドウポーズで黙り込んだ。


 頭上から降り注ぐ暖色系の照明に、眼鏡が光り輝いている。

 眉間に寄せたしわが、どこか威厳があるようで格好がいい。


 顔の動きに、眼鏡の角度が変わったのだろう。

 レンズの向こう側に、鋭い細谷の目が顕になるのを皮切りにして、再び彼は話し始める。


「あるよ。ていうか俺たち高校生にできることなんて、これぐらいしかない」


「もったいぶらないでくれる?」


「ようは、特定厨の方法論を使うんだよ」


「特定厨?」


 音を立ててコーヒーを置くと、俺は首を傾げる。


「それってあれだよな。SNSとかを使って、個人情報を暴くっていう」


「そう、それ。今の世の中、SNSをやっていない人なんてほとんどいないだろ? しかも十代の女の子となれば、誰かとつながっていたい、見てほしい、承認してほしいって感情が前面に出るのは、仕方がないことだ」


 そうだよな……ん? そうだろうか。

 識さんはそんな感じかもしれないけれど、一華とか、一ノ瀬さんとか、山崎さんとかはどうだ?

 正直ちょっと変というか、一般からは価値観がずれているというか……。

 まあ、とりあえずイレギュラーはここでは無視だな。

 さっき言ったあれだ。正規分布の両端だ、両端。


「それで、夏木の妹さんは、ライン以外でなにかSNSをやっていたりするのか?」


「どうだろう? 妹のSNSとか、調べたことないし」


 スマホを取り出すと、とりあえずフェイスブックを開いて、『夏木くるみ』で検索をかけてみた。

 しかし、残念ながらくるみのアカウントは検索されなかった。

 同姓同名で登録している人が何人か出たが、プロフィール写真も違うし、年齢も違うしで、どれもこれもくるみ本人のものとは到底思えない。


「アルファベットで検索するとか?」


「今やってみたけど、だめだな」


「じゃあツイッターで」


「おう」


 同じように検索をしてみたが、残念ながらやはり出なかった。


 あれ?

 もう詰んだのか?

 早くね?


 やばいやばいと焦っていると、おどおどした一華が、俺にスマホを差し出した。


「こ、これ……」


「ん? なに?」


「なっつんさんの、ツイッター」


「なっつんさん? ということは、くるみのアカウント」


 こくりこくりと頷く。


「なるほど。ゲーム用のアカウントか。つかどうしてもっと早くに言ってくれなかったんだ?」


「だって……だってだってだって……ご、ごめん」


 しゅんとして、その場にうなだれる。


「あ、わるい」


 多分一華は、タイミングをつかむことができなかったのだろう。

 ただでさえ引っ込み思案のコミュ障だ。

 細谷というほぼ初対面の男子がいれば、話に入れないのは当たり前である。


 俺は礼を言い一華の頭を撫でると、スマホを受け取って、皆にも見えるようにテーブルの中央に置いた。


「結構呟いているわね」


 一ノ瀬さんが初見の感想を述べる。


「ゲームのこととか、私生活のこととか」


「マックとか、空の写真とかもあるし、場所の特定もたやすいんじゃあないか?」


「あ、でも見て。最新の投稿が、三日前になっているわ」


「ということは、これもギルドチャットとかラインとかと一緒か。今現在見ていない、発信していないのなら、くるみにはつながらない」


 頭を抱えた俺に対して、目を細めて、画面を見ていた細谷が、口を開く。


「このタイムライン……臭いな」


「は? どういうこと?」


「いや、人間味がないというか、完全に取り繕っているというか」


「そりゃーそうだろ。皆に見てもらうために投稿しているんだから」


「そう。それなんだ。皆に見てもらうために投稿している。だからこそ、淡白で、素っ気なくて、正直つまらない」


「なにが言いたいんだ?」


「ようは、このアカウントは、陰の部分を完全に隠しているんだよ。陰の部分を一切見せないアカウントというものには、必ずといっていいほどに裏垢が存在する」


「なるほど……裏垢か」


 俺はスマホを手に取ると、『なっつん』ではなくて『ナッツン』で検索をかけてみた。

 次いで『nattunn』、『natun』。他には……ええと……思い浮かばない。


「残念ながら、くるみに裏垢はないみたいだ」


 諦めの早い俺の態度に、細谷が呆れたような声を上げる。


「えええー」


「だって検索をしても出なかったから」


「これだから素人は……」


 素人ってなんだよ。

 玄人とかプロとか、そういうのがあるのかよ。


「分かった。じゃあ僕がやるから」


「やるって、なにを?」


「はっきし言って、ここからが本番だよ? 特定厨のメソッド。つまりは、ツイッター内の情報を全部読む。なっつんのページはもちろんのこと、お気に入り、リツイート、フォロー先の呟き、フォロワー先の呟き、過去から現在まで、全部」


「全部って、正気?」


 驚いたように、一ノ瀬さんが聞く。


「なに言ってんの? これだったらまだいい方だよ。アカウントの設立はここ数ヶ月だし、フォローもフォロワーも四桁いっていないし」


「でも、裏垢探しよね? 他人の呟きを見て、発見できるものなの?」


「それはやってみないことには分からない」


「それで発見できなかったら、全部無駄になるじゃない。時間も、相当かかるだろうし」


「なに言ってんの?」


 きょとんとした顔を、一ノ瀬さんに向ける。

 そしてさも当たり前であるかのように、平然と言う。


「無駄とかって、そんなのどうでもよくない?」


 決定的だった。


 目が覚めたようだった。


 そうだ、無駄とか徒労とかは、今はどうだっていい。


 やるんだ。

 やるしかないんだ。


 その動機だけで、あとはどうだっていいんだ。


 俺たちはそれぞれ自分のスマホを取り出すと、なっつんのツイッターを開いて、分担して作業に入った。


 とりあえず俺と一ノ瀬さんは、なっつんの本アカの呟きを、なっつんの呟きをリアルタイムで読んでいた一華は、細谷曰く優先順位が一番低いフォロー先の呟きを、そして自称玄人の細谷が、フォロワー、特に相互フォローを担当することになった。

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