第62話 写真の真価が発揮されるのは、おそらくは十年後に、過去を振り返ったその時
目的の駅に到着すると、俺たちは改札を抜けて、そのまま人の流れに乗るようにして海岸の方へと向かった。
レインボーブリッジを背景にして堂々と屹立する女神像。
空の色を受けて青色に輝く海。
視線を背後へと転ずれば、そこには大きなホテルやレジャー施設等の建物が立ち並んでいる。
言わずもがなスカイウォークの上は、なかなかに素晴らしい眺望であった。
「写真撮ろっ! 写真!」
識さんの提案に、女子共が答える。
「……え? う、うーん……」
「勝手にすればいいと思うわよ」
「ご自由にお撮りください」
「え!? いやっ、皆で撮ろうってことなんだけど!?」
しかしなぜかこの場は沈黙。
皆どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「はー……じゃあもういいし」
皆の反応に呆れ返ったのか、識さんは溜息をつくと、唐突に俺の手を取った。
「じゃあ京矢、私と二人で撮ろっ」
「え? 二人? ちょっ――」
あれよあれよという間に手すりの前まで移動、俺の腕に手を回した識さんが、斜め上に構えたスマホですかさずシャッターを切る。
「も、もういいだろ? つかあんまり引っ付くなよ……」
……皆の視線も怖いし。
だが識さんは離れようとしない。
そればかりかさらに身体を寄せて、密着してきた。
「え? あの? 識さん?」
「もう一枚。今撮ったやつ、京矢の顔がちょっと切れてたから」
「ちょっとぐらい、別にいいよ?」
「京矢がよくても私がよくないの」
俺がいいんだから、別にいいじゃないか。
「ほらもっと寄って。ほらもっと!」
いや! それ以上寄ったらさ! 識さんのあんなところやこんなところが!
案の定、識さんのその豊満なお胸が俺の腕に当たった。
焦りから識さんへと振り向く俺。
識さんも同じように振り向いたので、俺と彼女の顔の距離は、あのキスの時以来の近接状態になる。
多分俺は頬を染めたのだろう。
間近に俺の顔を見た識さんが、にやにやしながら言った。
「え? 何? もしかして京矢、照れてる?」
「て、照れてねーし」
「じゃあなんでこんなにも……」
識さんが、俺の大事なところに手を当てる。
「大きくなってるん?」
もちろん心臓のところに。
「お、おおお、大きくなんて、なってねーし」
「ふーん……」
にやにや。
どきどき。
そんな俺たちに割り入ったのが山崎さんであった。
彼女は俺と識さんの間に手を突っ込み、まるで両開きの扉を押し開けるようにして俺から識さんを引き離すと、そのまま俺の手を取った。
「夏木くんとなら、ボクも写真を撮りたいのです」
「ちょっ、邪魔すんなし! 今いいところだったんだから!」
「嫌なのです。識さんが夏木くんにまとわりつく姿……なんだか胸がちくちくします」
「し、しらねーしそんなの!」
見かねた識さんが山崎さんへと腕を伸ばす。
このままでは今度は自分が引き離されてしまうとでも思ったのか、山崎さんは前から俺に抱きつくと、背中に腕を回して、がっちりとホールドした。
柔らかい女の子の感触にほんのりとした甘い香り。
気温の高さに若干体が火照っているのか、服の上からでも体温が伝わってくる。
「ああ夏木くんの匂い……夏木くんの匂いがします。いい匂いなのです」
「ちょっと山崎さん!? 写真撮るんじゃないの!?」
聞こえているのか聞こえていないのか……いや、絶対に聞こえていない。
山崎さんはなおも俺の胸に顔を埋めて、ぐりぐり押し付けてくる。
「しょ、しょうがないわね」
近づいてきた一之瀬さんが言った。
いや! もういいから! こっちこないで!
「私も、夏木くんと一緒に写真を撮ってあげてもいいわよ? まあ夏木くんは私の補佐だし、施し? みたいなものよね」
三人の美少女に腕やら肩やらを引かれる俺。
このままじゃ引き裂かれちゃう!
助けてくれ! 一華!
助けを求めるべく一華へと視線を送ると、そこには両頬を膨らませた一華の姿があった。
なんか怒ってる?
俺なんにもしてないよね?
むしろされてるんだよね?
くそっ……こうなったら自分でなんとかするしかないか。
俺は無理やり腕を振りほどくと、その場で声を上げた。
三人にだけ聞こえるような、ほどほどの声を。
「お前らいいかげんにしろよ! 今日の目的分かってるよな!?」
「もちろん分かっているわ。一華さんと渡辺くんの関係を、決定的にするのよね?」
一之瀬さんが答えた。
決定的?
言葉選びは不自然だが、まあそんな感じだ。
「だからうちら三人が、京矢ばかりに構ってんじゃん?」
識さんが首を傾げながらも言う。
「一華と純を、なるべく二人っきりにするために」
――二人っきり?
一華と純へと顔を向ける。
数メートルほど離れた、二人の方へと。
「ああ、なるほど……」
そこには識さんの言うように、俺たちから離れた二人の姿があった。
「お前ら……結構色々考えているんだな」
「当たり前っしょ? そういう約束だし」
「ああ、そうだったな……」
「…………」
訝しげな眼差しで、不意に識さんが俺の顔をのぞき込む。
「なんなん? まさか今さらやめるとか言い出すんじゃないよね?」
「え? 何で?」
「いや、なんか京矢がそんな感じの顔してたから」
そんな感じの顔って……どんな感じの顔だよ……?
考えても分からなかったので、俺はすぐさま頭を切り替える。
「とりあえず移動するか。ずっと距離を置いたままってのも不自然だし」
「そうだね。物事には順序ってものがあるし、その方がいいかもね」
「夏木くん夏木くん」
歩き出そうとしたその時、山崎さんが俺の袖をくいくい引きながらも言った。
「ん? 何?」
「ボクは普通に、夏木くんに会いたくてきました。一華さんとか渡辺くんとかは、正直どうでもいいです」
――よけいなこと言わないで!
せっかく綺麗に収まった感じだったのに、台無しだよおっ!
三人の言い争いが、また始まった。




