第56話 好きになればなるほどに、離れていってしまうこともあるし、愛すれば愛するほどに、なにかが壊れていってしまうこともある
「BL本ですが、しばらくここに置かさしていただいてもよろしいでしょうか?」
生徒会室へと移動した俺たちは、今後BL本をどうするのかについて話し合うためにも、テーブルを囲んだ。
「今度は絶対にばれないように、少しずつ少しずつ持ち帰りますから」
「少しずつ持ち帰るって、それはだめだろ。山崎さん目を付けられているだろうし」
あまりにも危険すぎる。
俺は即座に山崎さんの案を否定する。
「ですが、それ以外に方法が……」
「生徒会全員で新聞部に入るってのは、まだ感情的に無理な感じか?」
「いえ、その……」
「では、こういうのはどうかしら?」
話に割り入るようにして、一之瀬さんが言った。
「BL本は生徒会室の準備室にずっと置いておく。というか、生徒会室の準備室を、山崎さんの言う新しい場所にする。これだったら、虫がよすぎるという山崎さんの感情も回避できるし、学外に持ち出す際に発生するリスクも回避できる」
「え? それはつまるところ……」
「生徒会は」
席を立ち、引き出しを開けると、一之瀬さんはそこから一枚の紙を取り出す。
「幸か不幸か、今もなお人員不足よ」
「――一之瀬さん」
立ち上がった山崎さんは、一之瀬さんから紙を、つまりは生徒会入会届を受け取ると、その場に深々と頭を下げて、心から搾り出すような感情のこもった声で、言った。
「ふ、ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします!」
その後に俺たちは、互いの弱みである写真データのありかを開示し合った。
俺はスマホの中に、山崎さんはUSBメモリに、写真を保存していた。
双方共にそれ以外にはバックアップを取っていないということだったので、俺はその場で削除して、USBメモリについては山崎さんの許可を得てから、足で踏み潰して破壊した。
ようやく……終わったんだ。
弱みに怯える日々とも、これでおさらばだ。
俺は大きく息を吸うと、ゆっくりと深く吐き出して、天井を仰いだ。
「……と、ところで」
おもむろに、山崎さんが言った。
「BL本を全て移動させるというのは、一体誰の案ですか?」
「ああ、それは俺だ。人数もいるし、備品の台車もあったから、ぎりぎりいけるだろうと思って」
「夏木くんが……。では、皆を率いたのもやはり」
「まあ、俺ってことになるかな? 一応提案者だったし」
「夏木くん……」
席を立つと、ふらふらこちらに近づいてくる。
「夏木くん」
「お、おう」
「夏木くん夏木くん夏木くん」
「ん? 山崎さん?」
突如として取った、次の山崎さんの行動に、俺は、そしてここにいた全ての人が、驚愕を禁じ得なかった。
抱きついてきたのだ。
前からがばっと、強く強く抱きついてきたのだ。
――ええええぇぇぇぇぇぇええぇっ!!?
ちょっと山崎さんなにしてんのおおぉぉっ!?
「夏木くん、私は夏木くんのことが好きです。大好きです。生まれて初めてリアル男子を好きになりました。本当に大好きです」
「ちょっ!」
席を立ち、真っ先に駆け寄ってきたのが識さんであった。
「何してくれてんの!? つか離れろし!」
引き離そうと引っ張るが、背中で強くホールドしているので、全くびくともしない。
構わずに山崎さんは続ける。
「声が好きです。優しい瞳が好きです。黒い髪が好きです。腕も手も脚も、全部好きです。温かい心が好きです。他人のために頑張ってしまう、その性格が好きです。つまりは夏木くんが、大大大好きです」
「ちょっ! ちょっちょっちょっちょっ! 山崎さん!? 自分が何を言っているのか分かってる!?」
「分かっているのです。ボクは、嘘偽りのない、素直な心を語っているのです」
「とりあえず、離れよ? ほら、俺さっき汗かいたし、臭いだろ?」
あとなんか識さんの視線が超怖いし。
一華と一之瀬さんがあわあわしているのに関しては、よく分からないが。
「いい匂いなのです。汗も、きらきらしていてかっこいいのです」
「と、とにかく離れてくれ! 気恥ずかしいだろ! こんなの!」
「では、ボクの言うことを聞いてくれますか?」
がっちり抱きつき、俺の胸に顔を埋めたままの状態で、山崎さんが言った。
「おう! 聞く聞く! 何でも聞くからもう勘弁してくれ!」
「では、ボクと結婚してください」
この場が凍りついた。
一華も識さんも一之瀬さんも、まるで魂が抜けた人形のように、目からハイライトが消えた。
――ああ……何でも言うことを聞くだなんて、言わなければよかった。




