第5話 結局のところ俺は、女子身体測定の行われている保健室へと、足を踏み入れることになる
現在、俺は保健室の扉の前にいる。
女子身体測定の行われている、禁断の扉の前に。
中から聞こえてくるのはきゃぴきゃぴした女の子の声だ。
一体何を話しているのだろう?
ハレンチな妄想が駆け巡ってしまうのはどうか許してほしい。
だって俺は、こう見えても健全な男子高校生なんだから。
今は女装という、とんでもない格好をしてはいるけれど……。
「何をしているんですか? さあ早く中に入ってください」
背後に立つりりこ先生が、急かすように言った。
「体調が悪いのよね? 早く保健の先生に診てもらわないと」
言われるがままに、俺は扉の取っ手へと手を伸ばす。
――って、何を考えているんだ俺は!
りりこ先生の強引さについここまできてしまったが、中に入るわけがないじゃないか!
何がなんでも逃げるに決まってる!
今は腕をつかまれていない。だったら隙をついて……。
あれやこれやと考えているうちに、眼前の扉ががらがらっと開いた。
先に身体測定を終えた生徒が出てきたのだ。
――え?
とっさに視線を廊下へと落とす俺。
ほんのわずかではあるが、その者の背後に妙に肌色の多い光景が見えた気がする。
このままじゃやばい……マジでやばい!
は、早くここから逃げないと。
一歩二歩と後ずさると、俺は踵を返そうと脚に力を入れた。
「もう本当に早くしてくださいよ小笠原さん」
だが一瞬遅かった。
俺が行動を起こす前に、りりこ先生ががしっと俺の両肩をつかみ、あろうことか前へと、保健室内へとぐいぐい押したのだ。
ちょっ、やめっ……やめろババア!!
脚に力を込め踏ん張る俺。
無理にでも入れようとぐいぐい押し続けるりりこ先生。
均衡状態であった力のバランスが崩れたのは、それから間もなくであった。
「――きゃっ」
きゃっ?
嫌な予感を胸に、俺はゆっくり目を開ける。
まず目に飛び込んできたのはすぐ目の前にあるリノリウムの床だ。
おそらく勢いあまって盛大にずっこけたのだろう。
そして次に耳元に感じる「はあはあ」という吐息……。
そっと顔を向けると、そこにはおぼろげな女の子の顔があった。
恥ずかしそうに頬を染め、目を潤ませている。
多分……いや絶対、俺がこの子を押し倒してしまったんだ。
間違いない。
つまり俺の胸に当たっている柔らかい感触はというと……。
ちらっと目だけで下を見る。
オブラートに包んだ言い方をしたならば、生まれたばかりの格好に近しい女の子の身体が、そこにあった。
――っ!?
自分の置かれた状況を察した俺は、飛び起きるように離れると、壁際までゆき荒い息を繰り返す。
え?
つかなんか超柔らかかったんだけど。
え?
つか超温かかったんだけど。
え?
つか超……。
「た、確か、小笠原さん、よね?」
焦りまくる俺をよそに、その女の子は下着を直しながら言う。
「普段教室ではおとなしそうだけど」
こくりこくりと、頷いて応える。
「い、意外と大胆、なのね……」
何このまんざらでもない態度!?
妙にエロくて鼻血が出そうなんだけど!
立ち上がると、俺はその場で何度も何度も頭を下げ、早急にこの場から立ち去ろうと出入り口へと体を向けた。
――がしかし、扉の前には相変わらずりりこ先生の姿が……。
監視役でも買って出ているのか、壁にもたれかかり周囲の様子をうかがっている。
出ていこうものならきっと、「どうしたの? 早く保健の先生に診てもらって」なんて言い、道を塞ぐに違いない。
そうか。
だったらさっさと診てもらい、この場から退室すればいいんだ。
心を決めた俺は、保健の先生がいる部屋の最奥へと向かうため、さっそく一歩を踏み出した。