第38話 タイタニックだと思った? 残念! 押すなよ! 絶対に押すなよ! でした
俺は一歩を踏み出すと、嘲笑するような笑みを浮かべて言った。
「全部お前のせいだぞ。一華がもう生徒会にはいけないって言ってんのに、あんなこと言うから」
「だって! ……だって私はっ!」
「もう生徒会にはいきたくないって言ってんだ。そっとしておいてやってくれないか? 正直、一華も俺も迷惑してんだよ」
「……っ!」
歯を噛み締めると、一之瀬さんは俺を睨んだ。
濡れた髪が顔にまとわりついていたが、そんなのお構いなしに。
「じゃあもう、学校側に報告するから! 今週の火曜日、夏木くんが一華さんの姿に女装して、放課後の女子更衣室に侵入しましたって! もしかしたら他に余罪があるかもしれないから、しっかり調べてみてくださいって!」
「言えばいいだろ」
「は?」
「もっとも、そんなの信じてもらえるとは思えないけどね」
白い歯を見せて笑うと、ここぞとばかりに畳みかける。
一之瀬さんに、断固たる行動を取らせるために。
「証拠なんてないだろ? 写真とか撮ってあるならまだしも、ただ口で言っただけで信じてもらえると思ってんのか? おめでたいやつだな」
「証拠ならあるわよ!」
こい!
「ここにね!」
かかった!
俺の腕をつかんだ一之瀬さんが、そのままプールサイドへと引っ張ってゆく。
「夏木くんの今の姿を見せれば、先生方は絶対に信じてくれるわ! 確かに確固たる証拠はないけれど、私には信頼があるから、状況証拠だけでも十分に納得してもらえるはずよ!」
プールから上がり門の前までやってきたところで、俺は慌てた様子を醸し出しつつも言った。
「ちょっ、ちょっと待って一之瀬さん」
「待たないわよ! あなたを突き出してやるんだから!」
「いや、そうじゃなくって……」
顔を逸らしたままで、一之瀬さんの胸を指さす。
「す、透けてるから」
「え?」と言い顔を下ろすと、彼女はそこにあった自分の格好に赤面した。
水に濡れて透けてしまったシャツに、露になった水色の下着。
……なんてことはない。
実はこれも計画のうちだ。
衣替えの移行期間、気温の高くなるこの時期は、ほとんどの者が上着であるブレザーを身に着けない。
外での活動ともなればなおさらだ。
そんな状態で白のシャツが濡れようものならば、下着が透けてしまうのは必至というもの。
ちなみに俺は上着を着ているため透けていない。
これは少しでも体型を隠すための措置であったが……着ていてよかった。
この後の作戦のためには、透けていては色々と不都合が生じてしまうから。
「いやっ! みっ……見ないで!」
強く目をつむった一之瀬さんが、腕で自分の胸を隠してその場にうずくまる。
もちろん多少は恥ずかしがるだろうと予想してはいたが、まさかこれほどまでとは思ってもみなかったので、少しだけ胸にちくりときた。
「更衣室に、俺の持ってきた体操着が置いてあるから、着替えてこいよ。タオルも入ってる」
「いやよ! 誰が男の体操着なんか!」
「いや、俺のじゃない」
「じゃあ誰のよ?」
「一華のだ」
すっと立ち上がると、一之瀬さんは門に南京錠をかけて施錠した。
そして前を隠しながらも半身で俺の方を向くと、頬を朱色に染めながらも言った。
「し、ししし、仕方ないわね。着てあげるわ。着てあげようじゃないの」
アホかこの子? 即効で釣れたぞ。
「逃げないでよ。そこを決して動かないでよ」
「逃げれねえって」
俺は高い壁と有刺鉄線を示して言う。
「でも、女装は解いちゃうかも」
すると一之瀬さんはすぐにスマホを取り出してぱしゃりと写真を撮った。
「着替えなんてないでしょ? それに女子の制服とその長いウィッグだけでも十分だから」
ぐぬぬと歯噛みをする。もちろん演技の。
一之瀬さんが更衣室へと入っていったところで、俺は建物の背後に隠れているだろう一華を呼んだ。
――本物の一華を。
「京矢……うまくいった」
忍び足で出てきた一華が、一之瀬さんに聞こえないように小声で言う。
「ああ、いよいよ第二シークエンスだ」
「うん」
「いいか? ここで俺と一華は入れ替わるが、その後職員室にいくまでは絶対に声を出すなよ。せっかく一之瀬さんが『この一華は京矢である』と信じ込んでるんだ。最後の最後まで決して正体を明かしちゃいけない」
「分かってる」
「声を出して、一華が本物の一華であると、正体を明かすタイミングだけど……」
「一之瀬さんが先生たちに散々迷惑をかけてから……だよね?」
「そうだ。めいっぱい迷惑をかけてから明かすんだ」
そうすればきっと、もう誰も一之瀬さんの言うことを聞かなくなる。
また世迷言かと、誰も相手にしなくなる。
つまりは、本来状況証拠だけでも俺たちを追い詰めることのできる彼女のステータスを、完全に失墜させることができるのである。
「もういって。あとは私に任せて」
「いや、まだだ」
「へ?」
俺は一華を飛び込み台の上に立たせると、両脇に手を添えた。
それに合わせて、一華は自然と腕を左右に広げる。
「こ、これ……昔の映画? つまり京矢って、わ……私のこと……」
「一華、知ってるか?」
「う、うん……」
潤んだ瞳で、小さく頷く。
「一度ずぶ濡れになった人は、そうすぐには乾かないんだぜ」
「……へ?」
一華をプールへと突き落とした。




