第21話 突然ニセカノからキスをされたんだけれども、どうしてそれを見た幼馴染が機嫌を悪くするのだろうか
絶対にばらしてはいけないという約束を破り、あまつさえ最後の説得も失敗してしまった。
――契約不履行。
現代文追試の替え玉、そして女子身体測定への侵入、これらを学校側に報告されても、俺は何一つ文句は言えない。
おそらくそれ相応の処分を受けることになるだろう。
停学か……あるいは退学か。
たとえ退学にならなかったとしても、その後普通に学校生活を送れるとは到底思えない。
「日和はまだ誰とも付き合ってない。まだファーストキスもしていない。だったら諦められるわけがねえ。俺は中学の時からずっと日和のことが好きだったんだ。好きって気持ちは、絶対に誰にも負けない!」
山田先輩の言葉を背景に聞きながら、俺は強く目を閉じ考えた。
せめて識さんだけでもなんとかできないか、と。
――?
先ほどまで沈黙していた教室に、ざわざわというざわめきが起こった。
――え?
いや、ざわめきというレベルではない。喧騒だ。
きゃーっという、黄色い声も上がっている。
何だろうと目を開けると、そこにはゆっくり離れていく識さんの顔があった。
遅れてやってきたのは唇に残る甘く柔らかな感触。
――え? ええ? えええ!?
思い当たった事実に俺は、全身から一気に汗が吹き出す。
まさか、まさかまさかまさか……識さんが、あの学校一の美少女が、この俺にキスをした??
「こういうことだから」
もじもじした識さんが、俺と山田先輩を交互に見ながら言った。
「確かに私たちは付き合ってないけど、私が京矢のことを一方的に好きで、他の誰かが入り込む余地なんて、全然全くないから」
識さんの公開告白に、生徒たちのボルテージが最高潮を迎えたのは、言うまでもない。
うおおおぉぉぉ――――やりやがったあああぁぁぁ――! と叫ぶ男子。
きゃあああぁぁぁ――――超きゅんきゅんしちゃうんですけど――! と手を取り合いぴょんぴょんする女子。
山田先輩はというと、がっくり肩を落としシャツの袖を目に当てている。
決定打を見せつけられた彼は、涙を呑んで撤退するしかないだろう。
案の定彼は、何も言わず踵を返すと、悲愴感漂う足取りでそのまま教室から出ていった。
えーと……この後俺は、一体どうすればいんすかね?
すぐそばには、どこか落ち着かない様子の識さんがいる。
とりあえず何か言わないとな。
俺は識さんへと向き直ると、やっとの思いでからからに乾いた口を開いた。
「あ、あの、なんて言うか俺……今ちょっと状況を上手く理解できないっていうか……」
すると識さんは、すーっと手を伸ばし俺の口に指を当てると、小さく首を振った。
俺の目をのぞき込む識さん。
識さんの目を見つめる俺。
なるほど……そういうことか。
これも識さんの作戦なんだ。
平たく言えば、偽りの恋の延長戦なんだ。
何も言うな、というその眼差しは、よけいなことを言ってせっかくの成果を台無しにするなという、無言のうちの訴えに違いない。
俺は識さんから一歩退くと、理解したことを伝えるため、その場で一度だけ首肯した。
「放課後は、一緒に帰れないから」
うんと言い頷く。
「じゃあ私、いくね」
予鈴と同時に識さんは、半ば駆けるように教室から出ていった。
遠巻きに見ていた野次馬たちも、皆各々の席へと戻ってゆく。
俺も自分の席に戻るため、椅子を元の位置に戻すと、急いで弁当を片付けた。
「一華、お前も早くゲーム機しまえよ。先生きたら取り上げられるぞ」
――!?
ぎょっとした。
リスのように頬を膨らませた一華の顔が、すぐそばにあったからだ。
どういうわけか目に涙をためており、握った手をぷるぷる震わせている。
「おい一華、どうした? 大丈夫か?」
「べ、別にぃ……」
「怖かったのか?」
「ち、違うし……」
「悪いな、巻き込んじゃって」
撫でようと、俺は一華の頭に手を伸ばす。
しかし一華はそれをはたくと、強く目を閉じ、叫ぶように言った。
「わ、私は! 京矢のこと好きじゃないし! ていうか嫌いだし!」
――な、何を言い出すんじゃこいつわ!?
「ちょっ、一華、ここ教室。皆いるから……」
「嫌い! 嫌い嫌い! 京矢なんか大っ嫌い!」
そしてぷいっと顔を逸らすと、まるでふてくされたようにそのまま机に突っ伏した。
山田先輩には胸倉をつかまれるわ、識さんには修正不可能な誤解を植え付けられるわ、一華からはなぜか嫌われるわ……何なんだよ! 踏んだり蹴ったりもいいとこだ!