第198話 大学生のチャラ男にナンパされる俺!
「ところで」
識さんが、小さく右手を挙げながらも言う。もちろん手は猫の手にされているんだニャン。
「今さらにゃんだけど、妹さんって、どんにゃ顔をしているんだにゃ?」
「え? あ、そうか……識さんは、くるみの顔知らないか」
「うんにゃ。妹さんの写真とかは……さすがにスマホの中に入っていにゃいよね。ツイッターの方も確か、顔出しはしていにゃかった感じだったし、どうするか……」
「あるよ」
こともなげに言うと、俺はスマホのロックを解除して、そのまま識さんへと差し出す。
「え? もしかしてこの子かにゃ? ホーム画面の」
「うん。待ち受け画面の天使が、俺の妹だ」
うわぁ……みたいな顔をする識さん。それからすぐに、感情をそのままのせたような言葉を、口にする。
「うっわー気持ち悪いにゃ。実の妹を待ち受け画面にするとかって、本当にどうかと思うにゃ。恋人とかにゃらともかく」
なに言ってんだ? 家族を、実の妹を待ち受け画面に設定するとかって、極自然だろ? やれやれこれだからファミリーをないがしろにする日本人は……。
「うにゃー……しかし」
画面に映るくるみに目を落とした識さんが、腕を組みつつも、感心したように何度か相槌を打つ。
「茶色がかった髪に、ツインテール……めちゃくちゃかわいいんだにゃ」
「だろ!?」
思わず大きな声を上げてしまう俺。
そりゃーそうだろ! 家族が、妹がほめられて、嬉しくないお兄ちゃんが、この世にいるはずがないんだから!
「びっくりにゃんだにゃ。正直、アイドルですって言われても、信じて納得してしまうレベルにゃんだにゃ」
さすがは識さん! 分かってるねー!
「とりあえず、この写真を送っといてもらえるかにゃ?」
「写真なんている?」
「どういう意味にゃんだにゃ?」
「だって俺の妹くるみだぜ? 写真なんかなくても、その天使のようなかわいらしさ、ようは神々しいオーラで、一目で分かるって話じゃない?」
「京矢……あんた……」
口元をひくひくとさせてドン引きすると、識さんはうつむきかげんに小さくため息をついてから、今一度俺へと顔を向ける。
「そりゃー分かるとは思うにゃ。でも念のためにゃんだにゃ。写真があった方が、にゃいよりかは、間違いにゃく見つけられる可能性は上がり、見落としの可能性が下がるんだにゃ。違うかにゃ?」
識さんの言う通りだ。本当はかわいいかわいい妹の写真は、兄であるこの俺が独占したいところではあるが……目的を見誤ってはいけない。今最も重要なのは、くるみを、諸悪の根源純から、奪還することだ。
……純……純といえば……。
俺は識さんにくるみの写真を送ると、純について、ちょっとだけ触れておくことにする。
「純についてだけど」
「純?」
「いや、見つけたあとに、純がどういう行動を取るかって」
「……確かに」
腕を組むと、識さんはぐっと椅子にもたれかかり、天井を仰ぐ。
「京矢を困らせるためとはいえ、純は、妹さんの気持ちを知り、家出の手助けをしたんだにゃ。そう考えると、見つかったからといって、そう簡単に身柄を引き渡すとは思えにゃいにゃ」
「身柄……? 渡さない……?」
一華が、不安そうに手を合わせて、識さんを見る。
「つまり、妹さんを連れ戻しにきた私たちを、全力で排除するかもってことにゃんだにゃ」
「ぜ、全力で……排除?」
「暴力だにゃ」
「ひっ」
小さく悲鳴を上げると、俺の腕に抱きつく。
「ぼ、暴力……嫌い。暴力……よくない」
「怖がらせて悪かったにゃ。でもそういう事態ににゃるかもしれにゃいというのは、一応覚悟しておいてほしいんだにゃ」
「ううう……」
そういう事態……か。
一華と識さんは、女の子なのもあり、おそらくは……いや絶対に、純には勝てない。
男の俺も、まず間違いなく負ける。
それは先日のお台場の件で証明されている。ボッコボコのギッタギタだ。
それでももしも……もしも戦わなければならなくなったらどうする? そうしなければ、くるみを取り返せないという状況になったら。
……多分、また俺は繰り返すんだろうな。
たとえ勝てないと分かっていても、絶対に負けると分かっていても、拳を振り上げて、絶望に向かい突っ込んでいくんだ。
大切な人を救うために……。
絶対に離しちゃいけないものを、今一度つかむために…………。
……あれ?
今の俺、なんかかっこよくね?
光の勇者みたいじゃね?
かっけーんすよ。夏木京矢は。
ふへへ。
──これら俺の妄想じみた思いが、所詮はまだ危機が目前に迫っていない、今だからこそ言える単なる虚勢でしかなかったと、その後すぐに証明されてしまう。
「ねえねえ。君たち三人できたの?」
振り向くとそこには、大学生風の三人の男が、にやにやとした笑みを浮かべて立っている。
先ほどぎゃあぎゃあと下品な笑いを上げていた、あいつらだ。
「俺らも三人なんだけどさー、よかったら合流しない?」
「あっ、それいいねぇー!」
「超楽しそうじゃん! ウェーイ!」
……え? え? ……ん?
突然のことに、頭が追いつかない。
この人たちは、一体なにを言っているのだろう……?
「どこ泊まってんの?」
「なんできたん?」
「このあとドライブいこまい!」
「「「ウェーイ!!」」」
……ああっ。
もしかして……これって……俗に言う……ナンパってやつか?
ナンパはもちろんだが、逆ナンなんてものにもこれっぽっちも縁のなかった俺は、遅ればせながらもようやく、その事実に思い至る。
「うわ! ちょっ、見てみ! このメイドの子、チョーかわいいし!」
「やっべ! もしかしてモデルかなんか? その格好、撮影かなんかだったりする?」
こういうシチュエーションに慣れているのか、識さんはまるでハエでも追い払うかのように、しっしと軽く手を振ってから、テーブルに肘をついて、男共から顔をそらす。
標的が、識さんの正面、通路側に座っていた俺に変わる。
「ちょ、制服の子もヤバない?」
「ガチやん! マジパネェじゃん!」
「フォーイ!」
「ウェーイ!」
うわあ……どうしよう……こっちにきたよ……面倒くせえ……。
どうすればいいのか分からなかったので、識さんにならい俺も、無視をすることにする。
ああ、空が青いなー。
コーヒーうめー。
すると標的が、肩をすくめてうつむいていた、一華に変わる。
「そっちの子は、ど~かな~」
「っ……」
びくりと、一華が肩を跳ね上げる。
「ぜってーかわいいよな! 雰囲気で分かるし!」
チッ……いいセンスしていやがる。
クズだけどな!
「ね~顔見せてよ~」
「ね~」
男の一人が背後に回り、一華の肩に手をのせる。そしてもう片方の手を前へと回して、顔にかかった一華の髪を上げようとする。
──いっ、いいかげんにっ!
腹が立った俺は、一発ぶん殴ってやろうとその場に立ち上がる。
が……圧倒的体格差、ピアス、横髪に描かれたいかついバリアート。
よく見たら筋肉もかなりあり、殴り合いになったら一発でノックアウトされそうだ。
「え? なに? もしかして怒ってる?」
「まーまー。うちらただ誘ってるだけだし」
「ウェーイ!」
一華の肩が震えている。
涙に潤んだ目が、俺に助けてと訴えかけている。
……な、なんとかしないと。
そうだ。俺はこんなゴリラたちと違って文明人だ。
文明人は文明人らしく、道理の通った話し合いで、問題を解決しないとな。
そう、これは決して相手が怖いからじゃあない。暴力じゃあ決して敵わないと思ったからでもない。話し合いで解決できるのなら、それに越したことはないと、そう思ったからだ。
大切なことなのでもう一度言う。
相手に恐れをなしたとか、そんなんじゃあないんだからねっ!
とはいえ、こいつらに人間の言葉が通じるとは到底思えない。
きっとなにを言っても、全部自分たちにとって都合のいい解釈に置き換えられて、最後はお決まりの『ウェーイ!』で締められてしまうに違いない。
となると……うん、これしかないか。
以前ラブホテル大作戦で使った、男を一瞬で、完膚なきまでに萎えさせる、あの方法だ。
幸いにも一華と識さんは、ここまで一言も言葉を発していない。
だったらまだ……使える!
息を吸うと、俺は軽く咳をして喉を整えてから、口を開く。
「あの、実は俺たち、男なんです」
「──えっ!?」
「うわっ、びっくりしたー!」
「マジ!?」
ほぼ同時に言うと、男共はまるで予定調和がごとく、一歩下がる。
「はい。女装趣味の集まりっていうか、そんな感じなんです」
「なーる。だからそんな格好してんだ」
「はい。ええと……男でもいいんですか?」
小声で言う。なによりも、一華に聞こえないように。
「ついてますけど……アレ」
「うっ」
男は、かすかに俺の下半身に目を落としてから、萎えたように顔をそらす。
「わりい。俺無理だわ。ノーマルだから」
あ? ノーマルってなんだよ? 普通ってなんだよ? せめて異性愛者って言えよ。
とてもじゃないが現代に生きる文明人の発言とは思えないね。
あ、文明人じゃねえか。チンパンか。
「いやーしかしマジで完成度高くね?」
キャップをかぶったチャラ男が、識さんに近づき、ガン見する。──胸を。
「だな。マジで完成度パネェわ」
もう一人、あごひげをはやしたチャラ男が、テーブル越しに一華を見る。──胸を。
「これって入れてるん?」
なにげない口調で、キャップが俺に聞く。
「あ、はい。そうです」
「へー違和感ねえー。ガチで本物みてー」
「ええ、そうですね……って、え──」
モミモミ……モミモミ……。
一瞬、目を疑った。
そう、キャップが、あろうことか識さんのお胸を、揉み始めたのだ。