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第197話 作戦会議

「京矢。見るんだにゃ」

「え? なに?」


 識さんに肩を叩かれたので、俺は指先をたどり、建物の反対側、眼下に広がる駐車場へと顔を向ける。


「あっ……これって……」


 波打つ大海原のように、どこまでも続く緑の山々。大海をひっくり返したように、高い高い、どこまでも高い、青い空。

 空にはもくもくとした入道雲が浮かんでおり、太陽の光が当たる西側が、より強く、白く、輝いている。


 この雲を見ると絶対に言いたくなる言葉が一つだけある。だからこの場を借りて言わせてほしい。


 ──あの雲、絶対中にラピュタあるネ!


 ……って、今はそんなのはどうだっていいか。

 だって、だってだってだって……ここから見下ろすこの光景は──


「間違いない。あの写真の場所だ」


 本物を目の当たりにすることにより、ついにここまできたんだ、という思いが、腹の底から湧き上がってくる。

 と同時に、本当に上手くいくのか? くるみを説得して、家に連れ帰ることができるのか? という不安も。

 そんな俺の気持ちを察したのか、識さんが、建物の中にある飲食店を手で示しながらも、首を傾げる。


「とにかく、中に入らにゃいかにゃ? ホテルが立ちにゃらぶ温泉街の方にいく前に、作戦会議をした方が効率がいいんだにゃ」

「うん。そうだな」

「それに……」


 識さんが、声を潜めて付け加える。


「私たちが見つけるよりも先に、純や妹さんが私たちを見つけたら、逃げられちゃうかもしれにゃいんだにゃ」


 ……確かに。

 今逃げられてしまっては、時間的に次の策を打つ余裕は残されていない。

 つまりは、今この時が、失敗の許されない最後のチャンス。

 そう思ったら、なんかただここにいるってのも、怖くなってきたぞ。

 警察の目を恐れる犯罪者って、もしかしたらこんな感じなのかな。知らんけど。


 正面の出入り口から中に入ると、俺たちは案内に従い、レストランのある二階へと階段を上る。

 階段を上り終えると、そこに券売機があったので、俺が代表して、全員分の食券を買うことにする。


「俺コーヒーにするけど、二人はどうする?」

「わ、私は、オレンジジューチュッ──ジュースで」

「あ、かんだ」

「かんだんだにゃ」

「ふ、ふええ……」

「識さんはどうする?」

「じゃあ私は、ミルクラテでお願いなんだにゃ」

「了解」


 どうやら皆、先ほどのサンドイッチで、腹は十分に満たされているみたいだ。

 まあ当然といえば当然か。食べてから、そんなに時間たってないし。


 学食よろしく、入り口付近でトレーを取り、カウンター越しに食券を渡す。ほどなくして、注文の品が出てきたので、軽く礼を言い受け取ると、テーブルの並べられた飲食スペースに出て、窓際の、あいている席に腰を下ろす。

 客は、ざっと見る限りでは、俺たちを除いて二組だろうか。一組は、同じく窓際に座る、大学生風の男三人。もう一組は、通路側に座る、ペアルックの登山帽をかぶった、仲睦まじげな夫婦。

 ぎゃあぎゃあと、大学生風の男共の下品な笑いが癇に障ったが……まあいいだろう。大学生の大半が、見た目は大人、頭脳は子供、なのは、なにも今に始まったことではない。


「さて、どうするかにゃ?」


 首を傾げつつも、識さんが三つ折りにされた長方形の紙を、テーブルの上に滑らせるようにして差し出す。


「一応、さっき入り口の所にあったから、持ってきたんだにゃ」

「『湯乃華温泉 観光マップ』。ナイスだ識さん」

「めっそうもにゃいんだにゃ」

「なんかあれじゃない? 板についてきたんじゃない? 猫耳メイド。もう学校でもそのままでいいんじゃない?」

「……京矢」

「ん?」


 あれ? ドスの利いた……妙に低い声。


「死にたいのかにゃ?」

「ひいいっ!」


 光のないレイプ目で、うっすらと笑みを浮かべる識さん。

 その微笑の奥には、間違いなく、めらめらと燃える憤怒の炎が揺れている。


「と、ととと、とーにかく! 地図を参考に作戦会議をしようか! うんそうしよう。それがいい!」


 話を逸らすためにも、俺は地図を広げてまくしたてる。


 ふう。危ない。もう少しで殺されるところだった。

 というか、猫耳姿の美少女メイドって、妙に強そうだよな。なんていうか、身長百九十センチのガチムチ男を、目にも留まらぬ速さで瞬殺しそうっていうか、そんな感じ。


 地図は、水彩画の、イラスト地図だった。

 主要施設については少しだけ大き目に描かれており、詳細は、すぐ脇に振られた番号を参考に、左右の一覧から確認できるみたいだ。


「真ん中に……川。左右にそれぞれ、温泉街」


 肩をすくめた一華が、おずおずとした様子で言う。


「だな。ええと、旅館は赤い番号だから……」


 マップ左側の、一覧に目を転ずる。


「旅館は全部で、二十八個……」

「そのどれかに、純と、京矢の妹さんが、潜伏しているんだにゃ」

「ま、待って」


 一華が、マップの北の方を指さす。


「山の方、キャンプ場ってある」

「キャンプ場? つーことはテントか?」


 ──刹那、橙色の明かりがともる、薄暗いテント内のイメージが、俺の頭の中に広がる。

 そのイメージは、どこまでも親密で、どこまでエ……淫靡な雰囲気が漂っている。


「テ、テテテ、テントってことは、な、ないだろ」


 動揺に、声が震えまくる。


「ど、どうして?」

「だって確か、くるみのやつ、チェックインしたとかって、ツイートで言ってたし。チェックインってあれだろ? ホテルとか旅館とか、そんな感じだろ?」

「ううん」


 小さく首を横に振ってから、首を傾げる。


「ふ、普通に言うと思う。チェックインって。キャ、キャンプ場でも」

「うっ……」


 キャンプ場なのか? テントなのか? そうなのか?

 こ、ここは一つ、冷静に考えてみよう。

 純はイケメンだ。身長は百八十センチ以上あり、女子から見たらちょうどいいぐらいのソフトマッチョだ。

 対するくるみは、きれいな茶髪にツインテールが似合う、超絶美少女JCだ。いや天使だ。身内の贔屓目を抜いたとしても、国民的アイドルグループに入ったならば、ぶっちぎりの余裕で、センターをかすめ取っていくことだろう。

 そんな若い、年頃の美男美女が、狭いテントの中で何日も過ごしたら……一体どうなる? なにもないのか? そんなことってあるのか? どうなんだ?


「はあ……はあ……」


 過度なストレスからか、動悸が始まり、息が切れる。


「はあはあ……はあはあ……はあはあ……はあはあ……」

「きょ……京矢?」


 心配になったのか、一華が俺の服の袖をつまみ、顔をのぞく。


「テント……テント狭い……距離が近い……お触り……キス……愛撫…………」

「へ? ……え?」

「セーックス!!」

「ひゃっ」


 あああああああああざっけんなあああああのロリコン野郎おおおお!

 俺の妹に手を出したら、七代先まで呪ってやるぞおおおおおお!


 立ち上がると、俺は白目を向いてがりがりと頭をかきむしる。


「落ち着くんだにゃ」

「これが落ち着いていられるかああああああっ!」

「そんにゃにかいたら、ウィッグがずれるんだにゃ」

「でもでも! テントだぞ! 音楽フェスとかだったら、百パーセントセックスとドラッグだぞ!」

「フェスに対して、偏見持ちすぎにゃんだにゃ」


 それに……と言うと、識さんは頬に人差し指を当てて、考えるように視線をそらす。


「純は女の子に対しては紳士にゃんだにゃ。初対面の女の子を、いきなりテントに泊めるようなことは、絶対にしにゃいんだにゃ」


 は? なに言ってんの。女の子の家出に協力する時点で、全く紳士じゃあねえだろ。


「だから……安心安全にゃんだにゃ」


 うわあ……全く信用できなくなった。

 こりゃだめだ。


「や、やっぱり……」


 隣に座る一華が、くいくいと俺の服の袖を引く。


「……張り込み?」

「張り込み?」

「う、うん。一軒一軒、旅館を回るわけにはいかない。聞いても多分、お客さんのこと、教えてくれない。だったら、待つしかない。通りかかるの」


 なるほど。受け身だが、それが一番確実か……。


「ちなみににゃんだけど」


 識さんが、地図を覗き込んでから、うかがうようにして俺を見る。


「以前療養できた時は、一体どこの旅館に泊まったんだにゃ? にゃんていうか、同じ旅館に泊まっている可能性が、高いような気がするから」


 ……確かに。

 今回の家出の原因は、もとをたどれば、あの丘の上での結婚式ごっこだ。

 そしてくるみは、家出先として、原因の根本である、この場所を選んだ。

 ということは、当時を再現するためにも、宿も同じというのは、十分に考えられる。

 ……だが……しかし…………。


「京矢?」

「お……思い出せねえ」

「え?」

「思い出せねえ! なんか、泊まったなあって記憶はあるんだけど、詳しくは、全然全く覚えてねえ!」

「はあ。まあ、そんにゃ感じにゃんだにゃ。小さい頃は、親に連れ回されて、ほいほいついていくだけにゃから」

「……すまん」

「いいんだにゃ。でももしも、実物を見て思い出すようにゃことがあれば、その時は教えてほしいんだにゃ」

「了解。すぐに言うから」


 仕切り直しだ。

 捜索は、一華の張り込みを採用するとして、問題はどうやってやるか……。


「三人いるんだし、手分けした方がいいよな」

「もちろん、その方がいいんだにゃ」

「となると、各々一体どこに立つのがベストか……」


 地図に目を落とすと、温泉街を東西に分ける、川にかかる大きな橋が目に飛び込んでくる。

 地図のイラストだと、普通の橋とは違い、欄干が赤く塗られているようなので、ここはここで観光スポットの一つなのだろう。

 というか、温泉街にかかる橋ってだけで、なんだか風流というか、風が心地よさそうだ。


「……橋か」

「だにゃ。ずっと閉じこもっているわけじゃにゃいと思うし、気分転換とかでくるかもしれにゃいんだにゃ」

「じゃ、じゃあ……」


 小さく、一華が手を挙げる。


「わ、私……担当」

「ああ。じゃあ橋は、一華の担当で」

「が、頑張る」ぞいの構え。


 健気でかわえええええ。


「となるとあとは……」

「こことここだにゃ」


 識さんが、俺の言葉を引き継ぐようにして言うと、つんつんと二箇所、地図の上を指さす。


 つんつん! つーんつーん! つーんつーん!


「京矢?」


 頭の中に流れた、あらぬ映像のせいで、識さんの示した箇所を、完全に見逃してしまう。


「あ、ごめん。で、どことどこだっけ」

「にゃから、ここのお土産屋さんと」


 西側の土産屋を示す。


「こっちのお土産屋さん」


 東側の土産屋を示す。


「土産屋? どうして?」

「単純にゃんだにゃ。温泉街には、コンビニがにゃいんだにゃ。とにゃると、お菓子とか飲み物とか、そういった小腹を満たすものは、お土産屋さんで買うしかにゃいんだにゃ」

「なるほど。そういう考えか」


 今日は水曜日。くるみが家を出たのが月曜日だから、滞在は今日で三日目。

 初日にいくらか買い出しをしたとしても、そろそろ尽きて、補充のためにどこか店に繰り出すというのは、十分に考えられる。


「よし。それでいこう」


 相槌を打つと、俺は地図に視線を落としつつも、口を開く。


「じゃあ俺が東側で、識さんが西側でいい?」

「それでいいんだにゃ」


 やることは決まった。

 それぞれの配置も。

 となるとあとは……。

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