第195話 いわゆる間接3P状態
識さんは、エプロンのポケットから純白のナプキンを取り出すと、便座のフタの上に敷き、一度制服などの、荷物を置く。そして俺の背後に回り、上着のシャツを丁寧に脱がせてから、ティーシャツをばんざいさせるようにして脱がすと、今度は俺の前に移動して、目下──ようは俺の股間の前にしゃがみ込んで、かちゃかちゃとズボンのベルトを外し始める。
うっ……やっぱ恥ずかしい。
なんか変な気分になってきた。
でも平常心だ平常心。ここでたじたじになってしまっては、やっぱり変なことを考えていると、変態紳士さん認定されてしまう。
ん? 紳士ならいいのか? いやいやよくないか。
ベルトを外すと、識さんは躊躇うことなくズボンを下ろす。
露わになる、俺のボクサーパンツ。本能には勝てないのか、理性とは裏腹に、気がつけば半立ち状態になっている俺のナニ。故に、若干だがいつもよりももっこりとしてしまっている。
「…………」
「…………」
「ええと……識さん?」
「もしかして……なにかした方がいいのですかにゃ?」
「やめてーっ!!」
制服のシャツを羽織り、リボンをつけて、スカートを履いたところで、すね毛の生えた脚を隠すための、タイツがないことに気づく。
さてどうしようか。外にいる一華に頼んで、コンビニかどこかで買ってきてもらおうか。でもそうなると一度改札を出て、またお金を払って入場しないといけなくなるから、かなり面倒か……。
「しょうがないから、タイツはあとにしようか。コンビニとかに、売っているだろうし」
「あるんだにゃ。タイツ」
「え? どこに?」
「にゃから」
スカートを指でつまむと、識さんはゆっくりと持ち上げる。
「ここに」
ここにって……え?
「ま、まさか……識さんが今履いている……それ?」
頷くと、識さんは小さく首を傾げる。感情のない、レイプ目で。
「いや! いやいやいや! さすがにそれは……」
「にゃんでだにゃ? 一華が京矢に制服を貸したのと、にゃんだ変わらにゃいんだにゃ」
そおおおかああああああー?? シャツとかスカートは、『服』を貸す、だと思うけど、タイツは、どちらかというと、『下着』を貸すに、近くないかあああー??
だって直接識さんの大切な部分を隠すあれに当たっているんだよ? あとなんか素材があれっていうか……ねえ?
「ぐずぐずしていられにゃいんだにゃ」
言うと識さんは、さらにスカートを上げて、中に両手を入れる。そしてタイツの腰のゴムに親指をひっかけると、さらさらという音を立てつつも、ゆっくりと、慎重に下ろす。
手の動きと一緒に、スカートも下りてきたので、その生脚は見えなかったが、見えないからこそ想像で補ってしまい、余計にエロい感じが増幅されて、俺のナニはぴくりとちょっとだけ反応してしまう。
いかんいかん! これ以上大きくなったら、意識しているとバレて、変態紳士ではなく、ただの変態野郎として認定されてしまう。
自分を洗脳するんだ。今ここで起こっていることはなんでもない。至って普通な、ごくありふれた日常だ。だから変に意識することはないんだ。そう普通だ。日常だ。日常だ。普通だ。
「脱げたにゃ」
識さんの言葉に、俺は顔を上げる。
識さんの手には、たった今脱いだばかりの識さんのタイツが、くしゃくしゃっと丸まり、持たれている。
「あ……すまにゃいにゃ。ちょっと汗で湿っているかも……にゃんだにゃ」
なん……だと……だと……だと……だと……だと……だと……。
ゴクリンコ。
識さんの汗。しかも肌に密着するタイツだぞ。いいのか? それを、このあとすぐに、俺が履いていいのか? いいのか? ……いいのか? いいのか? いいのか?
「さあ、足を上げるんだにゃ」
「は、はい」
焦りからか、つい敬語になってしまう。
「スカート、上げててほしいにゃ」
「はい」
識さんが、ゆっくりとゆっくりと、タイツを上げる。
俺の脚は、その薄い、滑らかな生地の中に、包み込まれてゆく。
あ……本当だ。少し湿っているような気がする。
これは識さんの汗。そして俺も、今現在汗をかいている。それすなわち……汗と汗の融合!
エ……エロすぎる。エロいにも……ほどがある。
だってこう考えられないだろうか。
ようは今、俺は識さんに包まれていると。識さんの中に入っていると。
中に入っている? それすなわちセックスだろ!
ん? よく考えたら今着ているこの制服のシャツは、元はハーフ美少女上田さんのだよな。そしてつい先ほどまで一華が着ていて、やはり同様に汗で湿っている。
つまりこうは考えられないだろうか。
俺は今、三人の超絶美少女の中に入っている!
いわゆる間接3P状態!!
などと、俺が非常に気持ち悪いことを考えている間にも、無感情レ目猫耳メイド識さんは、着々と準備を進める。
「じゃあウィッグをかぶる前に、軽く化粧をするんだにゃ」
「あ、うん。お願い」
「顔は、色をごまかすだけにゃので、下地だけでいいかにゃ」
肌にクリームをなじませてから、その上に粉のファンデーションをのせる。
「あとは目を、少しだけいじるにゃ」
「オーケー」
「目を閉じてほしいにゃ」
「オーケー」
目の回りにチークをのせると、さささと指でのばしてなじませる。それから目を開けるように言われたのでその通りにすると、手にアイライナーを持った識さんが、ぐっと顔を近づける。
「少し上を向いて……」
顔が近いのの配慮なのか、囁き声で言う識さん。
「目を少し閉じて……」
「こ、こう?」
「うんにゃ」
他人の目だから、自分の時よりも慎重にやっているのかもしれない。
識さんは、真剣な眼差しで、慎重な手つきで、俺への化粧を進めてゆく。
なんとなく気まずかったので、俺は美容院よろしく、雑談をしてみることにする。
「というか識さんって、化粧するんだね」
「普段はあまりしにゃいにゃ。特別な時とかに、軽くする程度だにゃ」
「そうなんだ。まあ識さんは、そのままでもすごくきれいだから、そんなに必要ないかもね」
「ありがとうだにゃ」
うっすらと、口元に笑みを浮かべる。レイプ目で。
「ちなみに今って、化粧してるの?」
「軽くしているんだにゃ」
「してるんだ。あれ? でも確か化粧をする時って、特別な時だけなんだよね? 今って特別なの?」
「…………」
あれ? 無視? 俺なにかまずいことを聞いたのか? まあいいや。
場を取り繕うためにも、話を一華へと切り替える。
「一華は、全くしないよな。化粧」
「一華は、あれは特別にゃんだにゃ」
「特別?」
「そもそも色白だし、肌が赤ちゃんみたいにきめ細やかだし、化粧が必要どころか、むしろ邪魔ににゃるほどにゃんだにゃ」
だよな。足跡一つない処女雪に、一体誰がどんな理由で、好き好んでペンキを撒くというのだろうか。
「多分あれは、にゃにもしにゃかったからこそにゃんだと思うにゃ」
「というと?」
「化粧塗って、肌に湿疹とかできて、それを隠すために余計に化粧塗って、症状がひどくにゃって、クスリでにゃおすけど、また化粧塗って……。肌荒れってくせににゃるから、無限ループに陥るんだにゃ」
「なるほど。そういうこともあるかもしれない」
経験ないからよく分かんねえけど。
「うにゃ。化粧はこんな感じかにゃ。頬のチークとハイライトは、一華っぽさが消えちゃうから、やめとくにゃ」
「うっす。了解」
やっぱよく分かんねえけど。
最後に俺は、途中で取れないように、しっかりとピンで固定をして、長い黒髪のウィッグをかぶる。
これにて女装──もとい、一華の変装の完成だ。
鏡の前に立つと、俺は肩を左右に振るようにして、自分の姿を確認してみる。
ぼさぼさの黒髪、女子の制服、タイツによりしなやかに見える、すらっとした脚。
ふむ……不本意ながらも、なかなかのできではないだろうか。
識さんの言う通り、化粧のおかげで肌が白くなったのもあり、より一華の変装に、磨きがかかったような気がする。
重ね重ね言うが、不本意ながらも。
「あとは声だよなー」
喉に手を当てながらも、俺は不平を漏らす。
「まあ、こればっかりはどうしようもないけど」
「確かに『一華の声』というのは、無理かもしれにゃいにゃ。でも女の子っぽい声にゃら、練習次第では、結構いいところまでいけるかもしれにゃいにゃ」
「と、いうと?」
「声量を落として、裏声でしゃべれば、あとはおとなしめにゃ女の子にゃんだという先入観が手伝って、多分ごまかせるにゃ」
「マジで? ちょっとやってみるわ」
声量を落として、裏声で声を発してみる。
「……どう?」
「うにゃ。気持ち悪いにゃ」
……こ、こいつ……。
「にゃんていうか、一歩引いちゃっているところが、いけにゃいんだにゃ」
「どういうこと?」
「私はこういう声にゃんだって、自信を持ってはにゃすことが大事にゃんだにゃ。英語だってそうだにゃ。レベルが低くても、低いにゃりに自信を持ってはにゃせば、それなりに通じるし、かっこいいんだにゃ」
……な、なんという説得力なんだ。
もはや猫語になんら違和感もなくなった識さんにそんなことを言われてしまった日には、信じる他あるまい。
「分かったよ。これからちょくちょく練習してみるよ」
「ファイトだにゃ」ぞいっ!
識さんは、一華、もとい、とあるニューゲームの主人公の構えをすると、俺に対してにこっと眩しい笑みを浮かべてから、その場にしゃがみ、脱いだズボンとシャツを拾い上げて、その豊満なお胸を台にして、器用にも折りたたみ始める。
「あっ、いいよ。俺がやるから」
「なにを言っているんだにゃ? これこそメイドたる、私の務めなんだにゃ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「うにゃ?」
なにかに気づいたような声を出すと、識さんがズボンのポケットに手を入れて、中に入っていたいくらかの物を取り出す。
「ポケットになんか色々と入っているんだにゃ」
「ああそっか。入れ替えないと。財布とか、スマホとか」
「もう、しっかりしてほしいんだにゃ。財布とかスマホとか、なくしたら大変にゃんだにゃ」
識さんは、手に取ったそれら私物の類を、俺のスカートのポケットに突っ込む。
いやあ……本当になにからなにまですみません。至れり尽くせりって、まさにこのことだよな。