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第192話 100円のおもちゃの指輪

 東京駅に着くと、乗り換えのためにも、一度ホームから下りる。

 通路は、頭上に走るたくさんの線路を横から貫くようにのびているのか、一定間隔でホームに上る階段が設えられており、またどの階段がどの路線に通じているのかが分かりやすいように、色で差別化された電飾看板が、教室プレートのように階段脇に取り付けられている。

 まだ朝の早い時間にもかかわらず、結構人がいるように見える。しかしよく見てみると、長い通路をただ横から見ただけで、その分人が重なって見えるから、多く感じているだけなのだと気づく。まさしく最近はやりの、人出調査・比較画像の手法だ。


「うにゃ、次のにょりかえは~」


 識さんが、スマホを見ながらも首を傾げる。


「あっちのホームだにゃ」

「うん。でもその前に」


 キヨスクを指さす。


「なにか飲み物でも買っていかない? さっき細谷からもらったサンドイッチもあるし」

「では、私めが買ってくるにゃ。にゃんといっても、メイドにゃのだから」

「あ、じゃあお願いしようかな」


 その格好……一緒にいくの恥ずかしいし。


「はいお金」


 財布をそのまま差し出す。


「いいのかにゃ?」

「もちろん。というか今回かかったお金は、あとで全部払うから」


 もちろんくるみを──ようは家族を、連れ戻すためにかかった経費として、親から請求するけど。


「分かったにゃ。助かるにゃ。じゃあひとっ走り、いってくるんだにゃ」


 お尻についたしっぽをふりふりしながらも、高級感の漂う本場のメイド服に身を包んだ識さんが、キヨクスの中に入ってゆく。

 俺と一華はそんな様子をはたから見ていたが、お客さんも、店員さんも、特に驚くような素振りを見せない。

 慣れているのかもしれない。あるいはメイド……というかコスプレが、想像以上に定着して、受け入れられているのかもしれない。いずれにしてもこれだけは言える。東京は、第三者から見ると、非常にクレイジーであると。


 乗り換えの電車に乗り、しばらくすると、都会の喧騒はなくなり、住宅街になった。その住宅街も、ほどなくして木々が目立つようになり、やがては畑などの、田舎の風景に様変わりした。

 列車は乗客が向かい合う、いわゆるロングシートだったので、俺は窓側に一人で、一華と識さんは俺の正面に二人で座った。

 眠いのか、うつらうつらしている一華に、メイドらしく、識さんが肩を貸す。

 一華はというと、眠気に耐えられないのか、抗うこともなく、識さんの肩に首をのせて、すうすうと小さな寝息を立て始める。

 不思議と、同乗する男共の視線が集まる。猫耳メイド単体だとそんなに注目されないのに、美少女二人が身を寄せ合う光景には、まるで光に群がる羽虫のように、男共が群がってきやがる。


 潰すぞ!? その目、潰すぞ!?


「あ、一華、よだれ。よだれがたれているにゃ」

「……ふえ?」


 糸を引いたよだれが、制服のスカートの上に落ちる。


「あ……うう……どうしよう」

「大丈夫だにゃ」


 識さんはメイド服のエプロンをつかむと、一華のスカートにそっと当てる。


「ご、ごめん……。でもでも、日和の服……汚れちゃう」

「なにを言っているんだにゃ。エプロンは、汚すためにあるんだにゃ」

「でも……でも……」

「もっと、私に頼ってくれていいんだにゃ。メイドは、お嬢様にご奉仕するためにいるんだにゃ」

「ひ、日和……」


 よだれを拭き終わると、次に識さんはハンカチを取り出して、一華の口元を拭う。そしてそちらもきれいに拭き終わると、ハンカチをしまい、何度かそっと、一華の頭を優しく撫でる。

 もちろん一華は、気持ちよさそうに目を閉じて、されるがままにしている。



・特殊スキル 百合フィールド。

・効果 発動時、同じ車両に乗っていた全ての者の、腕力・体力・素早さ・知力・精神・魅力を上昇させて、さらにHPならびにBPを回復(確率極大)する。



 おそらくは今この時、この車両に乗っている全ての男共は、学生ならばテストで満点を、社会人ならば会社から期待された以上のパフォーマンスを、今日一日で上げることになるだろう。


 最後の乗り換えの駅に着いたので、俺たちは列車から降りる。その頃にはだいぶ日が高くなっていたので、夏特有の強い日差しが、線路を、その向こうにあるアスファルトを、じりじりと焼いている。


「乗り換えまでに、結構時間があるんだにゃ。暑いし、どこかで休むかにゃ?」

「いや……ちょっと出ていい?」


 俺は改札の方を指さす。


「寄りたい所があるんだ」

「別にいいけど、一体どこにいくんだにゃ?」

「指輪とかネックレスとか、ジュエリーが売ってる店」

「そ、そそそ、それって……」


 胸に手を当てて、俺の袖をちょんとつまんだ一華が、目をうるうるさせて言う。


「もしかして、くるみちゃんの……ため?」

「そうだ。くるみのためだ」


 ガーンといった、絶望感に満ちた表情を浮かべる一華。

 なにを思ったのか識さんが、まるでゴミを見るようなレイプ目で、俺に忠告の言葉を口にする。


「実の妹を選ぶって……どういうことか分かっているのかにゃ? 覚悟はあるのかにゃ?」

「実の妹を選ぶ……? ちっ、違うし! そうじゃないし!」

「違う? じゃあにゃにをしにジュエリーショップにいくのかにゃ?」

「うーんなんていうか……」


 ぼりぼりと頭をかき、言葉を探す。しかし実際に見てもらった方が分かりやすいだろうと思ったので、あとから説明をすることにする。


「とにかくきてくれ。説明は、あとでするから」


 改札を出て、駅の正面にいくと、そこには楕円型の、簡素なロータリーがある。ロータリーの中央にはピラミッドのような石のモニュメントが建っており、上部に銀の、陽の光をきらりと反射する、時計が鎮座している。

 ロータリーを挟んだ駅の向かい側には、いかにも土産屋然とした個人店が軒を連ねており、歩道の車道側には、やってきた観光客を楽しませる計らいとして、草花の植えられた長方形の鉢が、一定の間隔をおいて並べられている。

 目当ての店は、その一角にあった。

 ジュエリーショップというよりかは、どちらかといえば天然石やパワーストーンなどが売っているアクセサリーショップみたいな店構えではあるが、まあ問題ないだろう。俺がほしいのは、指輪でもネックレスでもなければ、ピアスでもなくて、それらを入れる『箱』なのだから。


「いらっしゃいませー……え?」


 店員の女の人が、俺たちを一度見……二度見……三度見……そしてなんとK点越えの四度見をかましてくる。

 当然といえば当然だ。猫耳メイドのギャル美少女に、肌が雪のように白い陰気でおとなしげな制服美少女、そしてどこにでもいるごく普通の男子高校生という、謎の組み合わせなのだから。

 というかおそらくは、驚きの九十八パーセントぐらいは、識さんのとんでもない格好のせいだろう。


 田舎は東京と違って正常だなあ。


「すみません。ええと……」


 店員に近づくと、俺は言葉を探す。

 遅れて一華もやってくると、不安そうにして俺の服の袖を指先でつまむ。


「あっ、指輪ですね」


 閃いたように手を打つと、店員はその後に、さっと人差し指を立てる。


「ペアリングですか? そちらの彼女さんとの」

「彼女?」

「いえ、ですから、そちらの彼女さんとの」


 店員が、一華を手で示してから、俺へと視線を送る。

 気づいたのだろう。一華はあわあわと口をくねらせて、顔を真っ赤にする。


 お……怒っていらっしゃる。一華さんが、こんな俺の彼女と勘違いされて、怒っていらっしゃる。


「いえ……ちがっ」

「違うんだにゃん」


 俺の代わりにうしろに立った識さんが言う。


「にゃ……にゃん?」


 店員さん……汗たらー。


 うん。自然であり、当然の反応。群馬……正常。誰だよ未開の地グンマー帝国とか言ったやつは。クレイジーマッドシティTO-KYO-じゃねえか。あそこは異常だ。


「この二人は恋人同士ではにゃいんだにゃん」

「え? そうなんですか? でも、どこからどう見ても……」

「今朝まではそうだったんだにゃん。でも、魔法が解けて、二人のにゃかは解消されてしまったんだにゃん」


 識さんの言葉を聞き、店員は、手で口を覆い、はうわっみたいな素振りで、顔を逸らす。


「あの……なんか……すみません…………」


 いやっ! 本気で謝らないで! なんかすげえ切ないから! つか本気の付き合いじゃなくて、ただのゲームの一環だから!


「では一体、なにをお買い求めで」

「箱を、売ってほしいんです。指輪を入れる、箱を」


 箱? という風に、一華が首を傾げる。識さんも。


「箱ですか? ええ、ケースだけでも大丈夫ですよ。どのような物をお求めでしょうか」

「普通ので大丈夫です。安めのやつで」

「でしたら……」


 店員はカウンターの下からいくつか、サンプルと思しき箱を取り出す。


「この辺りでしょうか」


 箱は三つあった。

 一つはシンプルな白の箱。一つは若干大きい黒の箱。一つは赤が目を引く長方形の箱。


 値段は注文通りどれもお手頃価格なのだろうが、はたして……。


 試しに俺は、赤の長方形の箱を手に取り開けてみる。


 ペアリング用か? だったら今回はこれじゃないな……。


 次に俺は、黒の箱を開けてみる。


 ……中は白になっているのか。だとすると白の箱の方は……。


 最後の一つ、白の箱を開けてみる。

 予想通りに、白の箱の中は、黒のヴェルベット素材になっている。


 光を連想する白の外装に、お先真っ暗、絶望や死を表すだろう黒の中身……まさしく天国から地獄! これだな。


「ではこれをいただいてもいいですか」

「はい。ありがとうございます」


 店員は、カウンターの下から新しい箱を取り出すと、包装を始める。

 ふと、一華がいなくなっているのに気づいたので、店内を見回す。

 一華は、ガラスケースの前に立っており、中にある指輪を、一華らしからぬきらきらとした眼差しで、見つめている。

 もちろんガラスケースの中にある指輪は、数十万円、数百万円の世界であるので、一介の高校生でしかない俺には、手も足も出ない。ましてや何の準備もしていない、今のような緊急事態でなら、なおさらだ。


 とはいえ、なにかできないだろうか。一華には、これからもたくさん償っていかなければならないし、なによりも今回、いや現在進行系で、ものすごくお世話になっているわけだし……。


 そんな俺の思いに気づいたのか、店員が手を動かしながらも口を開く。


「やっぱり、プレゼント……したいですよね」

「あ……いえ……」

「今もまだ、好きなんですよね? 制服のあの子」

「いえ……その……」


 というかその、『今もまだ』っていう、言い方っ!


 くすりと笑うと、店員は、レジの脇に置いてあったトレイを手で示す。

 中にはおもちゃみたいな、たくさんの指輪が入っている。


「多分あの子なら……この指輪でも、すごく喜ぶと思いますよ」

「でもこれ、おもちゃだし……ガラスケースの中にある物と違って、百円って書いてあるし」

「確かにそうですね。でも勘違いしないでください」

「え?」

「価値を決めるのは、結局はあの子自身ですよ」

「…………」


 正直迷った。十代の前半、青春の始まりであり、同時にある種の分岐点で、地の底に突き落とした元凶……そんなやつからプレゼントをもらって嬉しいのか? と。嫌悪するんじゃあないのか? と。逆に迷惑なんじゃあないのか? と。

 でも結局、俺はその百円の、おもちゃみたいな指輪を買うことにした。

 別に百円だし、渡せなかったら渡せなかったで、あとで捨てればいいかという、そんな軽い気持ちを装って。

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