第19話 付き合っているのを証明したいなら、クラスメイトの前でキスをしろって、それはないでしょう
唐突に締め上げられる胸倉。
勢いが強かったため、座っていた椅子が机に当たり、がたんという大きな音が響き渡る。
目を見張る識さんに驚きおののく一華――。
教室には沈黙が広がり、何事かと皆の視線がこちらに集まっている。
何がなんだか分からない俺は、目の前にいる大男を、ただ呆然と見続けることしかできない。
「え? ちょっ、剛? 何でここにいるん?」
立ち上がった識さんが、慌てながら言う。
剛?
ああ、山田剛か。バスケ部だった。
ということはこの先輩が、識さんに交際を迫っているという張本人……。
「お前が夏木京矢か?」
識さんを無視して、山田先輩が聞いた。
「は、はい。……夏木です」
「日和と付き合ってるってのは、本当か?」
「え、あ、はい。お付き合い、させていただいてます」
「ちょっと剛……」
駆け寄ってきた識さんが、山田先輩の腕をつかみ揺する。
「皆見てるから、お願いやめてよ」
「おい日和、本当にこんなやつがお前の彼氏なのか? 冗談だろ?」
「本当だし。……だから、もうそっとしといてよ」
「嘘だろ!? こんな女々しいやつとお前が付き合うなんてあり得ねえ! 信じられるか! 不釣合いだ!」
「だから本当に付き合ってるんだって! 女々しいとか背が低いとか、そんなの関係ないし! ……剛も私の友達なら、私たちのこと祝福してよ」
識さんと山田先輩の言い合いのはずなのに、なんだかどんどん俺が傷ついていってるのはどういうことでしょうか……。
あと背が低いなんて山田先輩言ってない!
でもまあ、そろそろ潮時だろう。
俺が役目を果たすには、ちょうどいい頃合だ。
俺は小さく息をはくと、意を決して山田先輩に話しかけた。
「山田先輩、日和の言うことは全て本当ですよ」
「あ!?」
「俺と日和は、しっかり付き合っています」
「お前……」
舌打ちすると、眉間にしわを寄せ、ぐっとその強面を近づけてくる。
そして次のような言葉を口にした。
それは俺にとって思わぬ一言であった。
「だったら」
「はい」
「だったら今ここで、日和とキスしてみろよ」
「……はい?」
――はい?
キス?
何でそうなるんだ?
一体この男は何を言ってるんだ?
あまりの意外さに、もしかしたら俺は呆けた顔をしていたのかもしれない。
山田先輩は鼻から息を抜くと、識さんの方に顔を向け言った。
「日和、お前中学の時言ったよな? ファーストキスは、本当に好きなやつとじゃないとしないって」
「ちょっ! 剛、それ、言わないで……」
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにうつむく識さん。
――え?
何その反応?
ということは識さんって、まさか……。
頭に血が上っており気遣えないのか、山田先輩がずけずけと続ける。
「付き合ってるってことは、こいつが本当に好きなやつってことだよな!? だったらキスできるよな!? つか付き合ってるんなら、別に普通だよな!?」
迫る山田先輩。
押し黙る識さん。
その場に固まる一華。
ざわざさとする野次馬たち。
これはあれだ。
ここで俺がキスをしないと、山田先輩に付き合っていると証明できないばかりか、識さんの恋愛経験のなさを露呈してしまうという、極限状態というやつだ。
じゃあ今ここでキスをするのか?
――否!
できるわけがない。
つい今しがた識さんのファーストキスに対する想いを聞いたばかりだぞ。なおさらだ。
だったら、残された道は……これしかないか。
覚悟を決めると、俺はゆっくり腰を曲げ、その場でお辞儀をした。
九十度に曲がった、深々としたお辞儀を。