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第183話 真夜中のカーニバル2-28

 なるほど。そっちが出たか。

 でもまあ、風呂で背中を流すということは、上田さんが指定した誰かが、上田さんの前で裸になるわけだし、こればっかりは俺の出番はないか。さすがに男であるこの俺が選ばれることはないだろうし。

 となると、一華か識さん。

 女同士なら別に普通だし、なにか問題が起こることもないだろうし。


「では夏木京矢。貴様に決めた」


 うんうん夏木京矢……って、俺!?


「ちょ……上田さん……一体なにを……」

「なにって、我の罰ゲームは誰かの背中を流すだ。その相手を、夏木京矢に指定しただけという話だ」

「いや、俺は、なんていうか男で……上田さんは女で……だから」

「だから?」


 マジで不思議そうに、上田さんが聞く。


「こういう場合はやっぱり同性である女子を選ぶべきというか」

「はあ? 別に風呂でセックスをするというわけではなかろうに」

「セッ!? ……ふええ」


 顔を真っ赤にした一華が、手で両頬を押さえる。

 なぜか識さんも、もじもじと脚を動かす。もちろんレイプ目で。


「風呂場で背中を流す。ただそれだけだ。それだけのことで男だから女だからとたじたじになるということは……もしや貴様、変なことを考えたな」

「うっ……」


 言わせてもらいますがねー、男はですねー、全員ド変態なんすよ!


「わ、分かったよ。流されるよ。背中を流されてあげますよ!」

「流してもらう側の台詞ではないな。まあいい。さっさとゆくぞ」

「ちょ、ちょっと待つのだにゃ」


 立ち上がった俺を、識さんが腕を引いて止める。

 というか手をつないでいたので、それがそのまま糸のように、ぴんと張る。


「京矢今、私との罰ゲーム中だにゃ。だからこの手を離すわけにはいかないにゃ」

「つまり識日和メイドは、我が夏木京矢の背中を流すのがご不満ということで間違いないか?」

「ち、違うにゃ。京矢は今は都合が悪いから、他の誰かを選べということだにゃ」


 それって消去法で、一華になるってことっすよね。

 つまりそれは一華が上田さんの前で裸になるわけでありまして……。

 つまりそれは……それは……先ほどの悲劇の再来!?

 いいぞおおおーこれはいいぞおおおー。


「ふっ」


 目を伏せて鼻から息を抜くと、上田さんはその美しい姫カットの横髪を、さっと手で払う。

 もちろん、髪が流れた進行方向へと向かい、女神特有の謎の風が吹き抜ける。きらきらとした、これまた女神特有の、光る粒子を振りまきながらも。


「残念だが、識日和メイドは夢から覚める時間だ」

「にゃ?」

「時刻は一時十五分」


 すっと、手で時計を示すと、小首を傾げる。


「手をつなぐ罰ゲームを始めて、ちょうど一時間だ」

「にゃにゃ!?」

「さあいいぞ。識日和メイドよ。貴様は自由だ。夏木京矢から、手を離すのだ」

「くっ……にゅっ……」


 ……そうか。いよいよこのアルティメット・エンペラータイムも、おしまいか。こんなエロかわいい猫耳メイドさんと手をつなげる機会なんて、俺の人生にもう二度とないだろうな。はあ……。心にしっかりと刻み込んでおこう。今日この日の記憶を、手と手の触れ合う感触を。温かさを、匂いを……それらを包み込む、全てを。


「京矢……すまないにゃ」


 ぐっと顔を近づけた識さんが、手を添えて、むずむずするようなウィスパーボイスで囁く。


 おおおぞくぞくぞく。


「なんとかかんとか理由をつけて回避できにゃいかと考えを巡らせてみたけど、無理だったにゃ」

「う、うん」

「どうか……」


 顔を落としてつないだ手を見ると、最後に両手で包み込んでから、そっと、手を離す。


「……ご無事で」


 一時間ぶりの外気。

 想像以上に汗をかいたのか、クーラーの風に冷えた空気に、手のひらがひんやりとする。

 もちろん、手のひらについた汗は、俺だけのものではない。必然、識さんの汗もまじり、一つになっているはずだ。


 ……ゴクリンコ。

 正直……超鼻に押し当てたい。押し当ててくんかくんかしたい! そんでもってぺろぺろして、そんでもってそんでもって。


「ふむ、どれどれ」


 いつの間にか俺の隣に座った上田さんが、俺と識さんの愛の結晶みたいな汗のついた手を取り、間髪を容れずに自分の鼻に押し当てる。


「――え!? なっ」


 くんかくんかすーはーすーはー。


「ふむふむ、男女が手をつないだあとは、こんな匂いがするのか」

「ちょっ、上田さんなにを――」


 ――ぺろっ。


 ひゃうっ!


「こ、これは……青酸カリ!」


 ぺろぺろぺろぺろぺろ。


「ちょっと上田さん! 一体なにを!?」


 手を挙げるようにして、上田さんの口から手を遠ざけると、俺は半ば叫ぶようにして聞く。


「なにをって、貴様の手についた、夏木京矢と識日和の体液の混合物を嗅ぎ、そして味わっていたのだが、なにか?」


 言い方っ!


「なにか? じゃない! どうしてそんなことを!?」

「実はな、先日山崎鈴が持ってきたシナリオに、主人公とヒロインが手をつなぐシーンがあるのだよ。だから嗅ぎ、ぺろぺろした」


 説明下手か!?


「手をつなぐシーンがあるというのは分かった。でもそれで、どうして匂いと味が必要なの? もしかして登場人物の誰かが、匂いを嗅いで、ペロペロするの?」


 どんな漫画だよそれ。逆に興味深いわ。


「いやしない。だがどんな匂いがしてどんな味がするのか、知らないで描くよりかは、知っているで描いた方が、より作画に深みが出るのは間違いないはずだ」


 そーかああああ?? この世に手をつなぐシーンのある漫画って星の数ほどあると思うけれども、匂いとか味とかまで意識して描いている人って、そんなにいるのかああああ??


「と、いうことはもしかして……」


 はたと気づいたので、俺は聞く。


「さっき一華とベロチューしたのは、シナリオにキスのシーンがあるから?」

「いかにも」


 目を伏せると、腰に手を当てて、ドヤ顔をする。


「漫画家というものは、この世にある全てがネタであり、また取材対象だ。知らない方がいい……なんてものは、漫画家には一切ないのだよ」


 なるほど。あるいはそうかもしれない。


「ちなみにだが」


 ドヤ顔のままの状態で、片目を開けて俺を見る。


「あ、うん」

「シナリオにはセックスシーンもあった」

「そうかそうかセックスシーンか。大事だよなセックスシーン」っておい!

「知っての通り我は処女だ。セックスがいかなるものか正直想像することしかできない」

「お、おう……」


 嫌な予感が……いや、いい予感?


「どうだ?」


 俺の腕に手を回すと、上田さんは微笑を浮かべて、首を傾げる。


「やはりヤルか? 我と」



 ヤルか? ……ヤルか? …………ヤルか? ………………ヤルか?



 ああああああああ! 理性が! 俺の理性があああああ!

 こんなんどっかの漫画のイケメン主人公みたいに、

『いや。だめだよ。きみはもっと、自分を大事にしないと。ね?』

 なんて、言えるわけがないだろ!

 あんなのはフィクションだ!

 断言する!

 あんな王子様みたいな男は、この世に存在しない!


「あ……あ……あ……あ……あ……」


 圧倒的葛藤により、まるでロボトミー手術に失敗して、廃人みたいになってしまった人のような声を出す俺氏。

 上田さんは、俺の腕を自分の胸に押し当てると、からかうような細めた目を、ゆっくりとゆっくりと近づける。


「――だ、だだだ、だめええええ!」


 理性が崩壊する寸前で、俺と上田さんの間に割って入ったのが、やはりというかなんというか、一華その人だった。

 一華は前から俺に抱きつくと、肩越しに上田さんを見ながらも、叫ぶようにして言う。


「きょ、京矢は私の! し、しおんにあげない! 絶対に……私の!」

「い、一華……」


 正気を取り戻した俺は、両腕で一華を思いっきり抱きしめてから、頭をなでなでする。


「そうだ。俺は一華のものだ。そして同時に一華は、俺のものだ」

「きょ、京矢……」


 一度顔を離して、俺の顔を見つめてから、もう一度胸に顔を埋める。


「ということだから。わるい……上田さん。セックスは、他の誰かとしてくれ」

「他の誰かか。……我とセックスをしてくれる者など、誰もおらんよ」


 ――は? なに言ってんの?

 引く手あまただろ。

 たとえ相手を選んだとしても、引く手あまたの洪水だろ。


「まあよい。ではそろそろ風呂場にいこうか。罰ゲームは、絶対だからな」

「あ、ああ」


 一華の両肩をつかみ、俺から離れさせると、上田さんのあとに続いて、歩き出す。


「きょ、きょうやー……」


 すがるような一華の声に、後ろ髪を引かれながらも、俺はリビングを出ると、音もなくドアを閉めた。

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