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第178話 真夜中のカーニバル2-23

「では、決まりだな」


 すっと立ち上がった上田さんが、一華へと歩み寄り、立たせようと手を差し伸べる。


「罰ゲームの相手は、大した友達ではない、我で」


「そ、そういう意味じゃ……」


 上田さんの手を取ると、一華はソファから立ち上がり、上田さんに正対する。


「分かっている。だが事実だ。なにを隠そう我々は、初めて言葉を交わしてから、まだ一日ぐらいしかたっていないのだからな」


「う、うん」


「なに、キスから始まる友人生活というのも、また乙ではないか」


 いや、ゼロから始めるうんたら生活みたいな言い方しても、別に全然乙じゃないからね。


「夏休みが明けて学校が始まっても、キス友として、堂々とキスをしようではないか」


 なに言ってんだこいつ?

 その立ち位置は俺だから。

 つかそんなの堂々と学校でやられたら、おそらくは一ノ瀬さんが憤慨しまくること間違いなしだし。


 ……ん?

 一ノ瀬さん?


 なにを思ったのか、この時俺は、自然とスマホを取り出すと、深く考えることなく、気がつけば一ノ瀬さんに、電話をかけていた。


『もしもし』


「あ、一ノ瀬さん?」


『誰かしら』


「俺だよ。夏木京矢。つか名前出ているよね」


『ああ、夏木くんね。私の右腕の。男とかマジで消滅してほしいから、つい記憶をデリートしてしまったわごめんなさい』


 こんなテキトーなごめんなさい初めて聞いたよ。


『で、こんな非常識な時間に、一体なんの用かしら。まさか妹さん捜しで、なにか進展があったとか』


「うん。なんとか居場所が分かったよ。明日の朝、始発で向かうつもり」


『そう。うまくいくといいわね』


「ありがとう」


『それを伝えるためだけに、わざわざ電話をしてきたというの?』


「ううん。違うよ」


『違う? じゃあなに?』


「実はね、一華なんだけれど」


『一華さん!?』


 一華の名前を出した途端に、電話の向こうでガラガラドッシャンと、なにか物凄い音が響き渡る。


『一華さんがどうしたっていうの!? まさか私のことが好きって!?』


「今からキスするよ」


『――くぁwせdrftgyふじこlp!?』


 ぶちっと、電話を切った。

 そして俺はそのままスマホの電源を落とすと、まるで何事もなかったかのように、ズボンのポケットに入れた。


「京矢は鬼畜だにゃ」


 レイプ目の識さんが、にいっと白い歯を見せて笑ってから、同じくスマホの電源を落とす。


 ぽけーっと成り行きを見守っていた一華も、気づいたようにスマホを取り出すと、俺と識さんにならい、スマホの電源を落とす。


 これで一ノ瀬さんは、今現在俺たちと、一切連絡を取れなくなったわけだが……もちろんこれらの行為になんの意味もない。

 正直、どうしてこんなことをしたのか、自分自身でもよく分からない。


 きっとあれだ。

 これが正真正銘純度百パーセントの、『魔が差した』ということなのだろう。

 だから俺は悪くない。

 悪いのは俺をそそのかした、悪魔なのだから。


「して、小笠原一華よ」


 仕切り直すように、上田さんが赤い髪をさっと流しながらも、言う。


「そろそろ始めるとするか」


「ふえ……う、うん……」


「さあこちらにくるのだ。もっと近づけ」


「え? え? 私……から?」


 胸に手を当てて、焦ったように目をきょろきょろさせる。

 目を凝らせばぴゅっぴゅと飛ぶ、汗かなんかも見えそうだ。


「当たり前であろう。この罰ゲームはあくまでも小笠原一華、貴様が受けるものなのだからな。貴様が主体でやる。それが道理というものだ」


「そ、そう……かもしれないけど……うう」


「なにをしている。早くするのだ」


「でも……でもでもやっぱり」


「分かっているのか。小笠原一華がうだうだしているうちにも」


 びしっと俺を指さす。


「貴様の彼氏かつ最も大切な人の睡眠時間がどんどんと削られていっているのだぞ」


「ふえ!? 京矢の……睡眠時間が?」


「夏木京矢にとって明日は、今後の家族の命運を分ける、とても重要な日だ。小笠原一華の下らぬちっぽけな羞恥心のせいで、夏木京矢の家族が、未来が、人生が、めちゃくちゃになってもいいというのか」


「京矢の人生が……めちゃくちゃ……。い……いや……いやだよぉ……」


 じわーっと目に涙を浮かべて、ぶんぶんと首を横に振る。


「ならば早くするのだ。さあ、こい!」


「わ……分かった」


 一華は一歩二歩と歩み寄ると、一度足元に顔を落としてから、上目遣いで上田さんを見上げる。


 上田さんは小さく首を傾げてから、一華の顔にかかった長い髪を、まるで花嫁のヴェールを上げるように、そっと手で耳へとかける。


「ふむ。こうやって間近で見ると、小笠原一華は、本当に整った顔立ちをしているな」


「へ? ううう……嘘、言わないで……」


「肌も白くてきれいだ。雪のようとは、まさにこのことだな」


「うう……」


 顔を真っ赤にした一華が、崩れ落ちそうになる。

 それがよかったのかもしれない。

 体を支えるために上田さんに寄りかかったものだから、結果的に一気に距離を詰めることになる。


「……小笠原一華」


 一華の両肩を持ち、見下ろす上田さん。


「し、しおん……」


 上田さんのワンピースを両手で握り、すがるように見上げる一華。


「あのあの……」


「なんだ?」


「最後に……確認」


「ああ」


「しおんは、したこと……ある?」


「キスをか? 安心しろ、小笠原一華が初めてだ」


「わ……私も」


 なぜか安堵の表情を浮かべた一華が、目をつむり肩をすくめる。


「い、いいの? 初めてのキス……私となんかで」


「私となんか?」


 一華のあごを指でつまむと、まるで少女漫画のきざな男主人公のように、クイッとする。


「やはり小笠原一華は自分自身を過小評価しているみたいだな。貴様の容姿なら、全宇宙のオスはおろか、メスでさえも、求めてやまぬであろう。それぐらいに、普遍的なかわいさを、その身に宿している」


「し、しおん……?」


「故に、我は貴様が初めての相手で大歓迎であるぞ。夏木京矢も、いいな」


 一華の目をのぞき込んだままの格好で、上田さんが俺に聞く。


 相手が美少女ならそれは……ノーカンです!


 俺は満面の笑みで、手を『b』にして答える。


「さあ、こい」


「う……うん」


 一華は、一度上田さんのワンピースから手を離して、自分の制服、スカートの乱れを整える。

 そしてもう一度ワンピースをつかむと、うるんだ瞳で上田さんを見上げてから、ゆっくりとゆっくりと、かかとを上げる。


 近づく美少女の唇と唇。


 寸前で、上田さんがわずかに首を傾けて、鼻と鼻との衝突を回避する。


 そこにはもう、二人の接吻を隔てる障壁はなにもない。


 あるのはユリの花の咲き乱れる空中庭園。


 生命の息吹がユリの花を揺らす、天上のコスモ。



 ――ちゅっ。

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