第176話 真夜中のカーニバル2-21
「一華?」
「い、今の表情……怖かった。ぶ、ぶぶぶ、不気味」
「まあ、確かにな」
「京矢もする?」
「え?」
指で涙を拭ってから、恐る恐るといったていで、一華が聞く。
「同じ状況だったら、京矢もあんな顔……する?」
同じ状況だったら……。
想像してみた。
一華が死に、自分だけが残された世界。
それはどこまでもモノクロで、どこまでも温度のない、まさしく灰色の世界。
そんな中、もしも一華が蘇る可能性を見つけたなら、俺は――
「あ……当たり前だろ」
「きょ……京矢?」
「あだ……あだ……あだりまでだろおおお……おえっ……」
「どうして泣いてるの?」
「ぞうぞうしたら……うでぢぐで……うでぢぐで……」
「京矢……」
一華は手で俺の涙を拭うと、不器用な笑みを浮かべてから、そっと、俺の胸に顔を埋める。
服を通して、一華の体温が伝わってきた。
生きている。
一華が生きて、俺のすぐそばにいてくれる。
それが一体、どれだけ尊いことなのか。
ああ! 神様ありがとう!
ただそれだけでいい!
生きてそばにいてくれる!
ただそれだけでいいんだ!
「……一華」
「う、うん。……なに?」
顔を離して、俺を見上げる。
「ありがとな」
「う、うん」
「大好きだぞ」
かーっと顔を紅潮させて、目をうるうるさせる。
そしてそんな感情丸出しな顔を隠すようにもう一度俺の胸に顔を埋めてから、絞り出すようなか細い声で、言う。
「わ……わたしもぉ……」
わたしもぉ……わたしもぉ……わたしもぉ……わたしもぉ……。
頭の中で、一華の言葉が反響する。
それはまさしく、純度一万パーセントの、意思の疎通。
互いの気持ちと気持ちが、心と心が、奇跡のように合致した、至高でいて最上級のマリアージュ。
ぶわーっと、えも言われぬ幸福感が、まるで生命の息吹のように、頭頂から足の先にまで行き渡る。
どくんどくんと、落ち着いてはいるが強い心臓の高鳴りが、まるで希望に満ちた未来への扉を打つように、俺を内側から躍動させる。
誰かが言った。
人生愛が全てだと。
誰が言ったかは知らんけど、多分誰かが言っていることだろう。
……今ならその言葉の意味が、身にしみて分かる。分かりまくる!
愛……愛愛愛――ラブ!
これはなにものにも代えがたいほどに尊くて、また同時になにものにも代えがたいほどに崇高だ!
抱きしめたい!
今ここで、一華をぎゅっと抱きしめたい!
でもできない!
運命的に二本しかない腕は、今現在二人の美少女につながれて、自由がきかないから。
ああなんてことだ!
神よ!
あなたは鬼か!
あるいは俺に嫉妬しているのか!?
神の嫉妬か!?
よろしい……ならば戦争だ!
「あと六回だ」
ぼそりと呟いた上田さんの声に、俺の意識が現実に戻ってくる。
六回?
なんのことだ?
なんだっけ?
まあいいや。
幸せだからまあいいや。
「して小笠原一華よ。悲鳴のペナルティとして、くじを引いてもらうぞ」
「う、うん。分かってる」
一華は胸に手を当てて、不安そうにきょろきょろしてから、割り箸を手に取り、上田さんにより突き出されたくじの袋へと手を突っ込む。
「大丈夫だ」
「う、うん」
「俺がついているから」
「うん」
「俺がすぐそばにいるから」
「うん…」
一華は俺の胸に頭を預けると、軽く顔をこすりつけてから、再びくじの袋へと臨む。
おいおい戦争にでもいくのかwww
まるで世界が終わるみたいだなwww
とかいう上田さんの冷やかしが聞こえたような気もしたが、そんなものは知らない。
神と同じく嫉妬でもしているのかな?
女神様の嫉妬かな?
はっ!
「こ……これにする」
か細い、守ってあげたくなるようなかわいらしい声で控えめに言うと、一華は引いたくじを一度胸の前で握りしめてから、おもむろに開く。
「……へ?」
「なんて書いてあるんだ?」
「こ、これ……」
――キスをする
なん……だと……だと……だと……だと……。
キスってあれだよな。好きな人同士がする、愛情表現の究極系の一つ。
粘膜と粘膜が直接引っ付き合う、言ってしまえばセックスの前段階の、超濃密接触。
だが一体、この『キスをする』というのは、誰を示しているんだ?
くじを引いた一華は確定として、相手は?
指定されるのか?
もしくは指定できるのか?
「うむ。ようやく出たか」
にんまりとした上田さんが、腕を組んでうんうんと頷く。
「上田さんが書いたのか?」
「いかにも」
返事を聞き、すかさず聞く。
「これは、誰と誰がするの?」
「決まっておろう。罰ゲームの当人……今回は小笠原一華だな。と、小笠原一華が指定する誰かだ」
一華が指定する誰か!?
俺と一華は現在恋人同士だ。
じゃあ……じゃあじゃあじゃあ……。
期待を込めて、俺は一華を見る。
はあはあと息を切らせて、まるでお猿さんのように。
「へ? ……え?」
はあはあ……はあはあ……。
「…………」
はあはあ……はあはあ……。
「だ……」
……だ?
「だめええええええええっ!」
柿の種の塩だれ味、うますぎるから期間限定じゃなくて定番にしてほしい。